最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)155号 判決 1997年11月13日
兵庫県尼崎市東難波町五丁目一七番二三号
上告人
株式会社大産建設
右代表者代表取締役
高鍋萬里子
右訴訟代理人弁護士
木原邦夫
木原康子
山口忠文
兵庫県尼崎市西難波町一丁目八番一号
被上告人
尼崎税務署長 中村成明
右指定代理人
山岡徳光
右当事者間の大阪高等裁判所平成六年(行コ)第三三号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成八年四月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人木原邦夫、同木原康子、同山口忠文の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って、若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)
(平成八年(行ツ)第一五五号 上告人 株式会社大産建設)
上告代理人木原邦夫、同木原康子、同山口忠文の上告理由
一 原判決は、争点1について、その要点事実につき実際上一審判決に事実誤認があることを認めている。
それは、一審被告が「五〇万円以下の取引の場合」(一審判決「事実及び理由」第三「争点に対する裁判所の判断」一、2、(三)、(1))としていたのを、「五〇万円以上の取引の場合は、たいてい」と改め(原判決八頁)、「キャタピラー三菱が精算見積りを原告に提示し、両者間で値決め交渉を行っても主張が折り合わずに保留になったものについては、後の話し合いで原告からキャタピラー三菱に支払われることもあるが、値引き交渉があって額が決定したものについてはその額で確定していた(証人大薮実)」(一審判決の右同(3))を、「キャタピラー三菱と原告とが値決め交渉を行っても、購入後二年位の間に発生した重機の故障で重機の設計上(メーカーの責任)の問題や、一度重機を修理したにもかかわらず再度発生した故障でキャタピラー三菱(修理業者)と原告(使用者)の責任問題が絡むなどして、両者の主張が折り合わずにクレーム分として保留になったものについては、後日の話し合いで原告からキャタピラー三菱に修理費が支払われることもあるが、値引交渉が成立したものについては、その後、原告が右交渉で決められた金額を超える修理費をキャタピラー三菱に支払うことはなかった(乙第八号証、原審証人大薮実)。」と改めている(原判決九~一〇頁)ことで明らかである。とまれ、そのように一審判決の事実誤認が糊塗されようと、原判決引用の証拠によっても、依然事実上保留になったものが多数、多額に及んで存することは疑いの余地がない実情であり、それを強引に「クレーム分として保留になったもの」と「値引交渉が成立したもの」の二とし、全てをそのいずれかであると恣意的な認定をすることは到底許されないはずである。
争点1は、重機修理費について、修理業者各社からの請求額と右各社が実際に集金した額との差額が未払金として認められるかという点であるが、経験則上もグレーゾーンのないというようなこと、殊に各期末毎に、その期においては事実上保留になっているもの(グレーゾーンに属するもの)がないというようなことはあり得ないところである。
してみれば、原判決は、なお判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があることに左右なく、それは判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反があることによるものであるといわねばならない。
二、争点1に関連し、重機修理費/架空計上について、原判決は、期首未払金額の算定方法以下につき控訴人のいうような誤りがあるとはいえないので、控訴人の主張はできないとした。
しかしながら、原判決は、故なく税務当局の勘定の建て方を前提にし、漫然架空計上であるとしている。結果的に、「未払金」は架空だといっているのである。勿論、税務当局の勘定の建て方に拠ること自体を不当とはいわないが、現に別異の勘定の建て方、いわゆる現金主義(動くたびに決済する)で経理処理されている場合を律するには、当然税務当局の勘定の建て方を批判的に検討するという見識を持つべきであるところ、税務行政一辺倒の画一的な考え方しかしていない疑問がある。まして、夙に指摘せるように、本件にかかる法人税法違反けん疑事件は、昭和五六年一二月六日大掛りな査察が入り、関係資料のことごとくが押収され、同時に原判決の言葉によっても「事実上の経営責任者であった」専務取締役山下正一が逮捕され、引き続き同人と会社に対する法人税法違反被告事件(事件番号神戸地方裁判所昭和五七年(わ)第九一七号、昭和六〇年九月六日判決)、右控訴事件(事件番号大阪高等裁判所昭和六〇年(う)第一一三〇号、昭和六一年六月二七日判決)が係属し、関係資料が返されたのは、ようやくその後数ケ月を経てであり、かつこの間に散逸した不十分なものであった。当局による関係者等の調査と更正及び重加算税等の各賦課決定は、右のような異常な状況下において一方的になされたものであるとともに、これに対する異議申立や審査請求は、自然徒手空拳ともいうべき状況下でなされたものである。しかも、当局の対応も、ほとんど実質的審理のないままというべき経過であった。特筆すべきは、税務当局は、この間、重機修理業者の売掛金元帳、手形受入明細書等の書類を調査したうえで作成した、あるいは認定したとしているものの、全て査察官による調査書や表のみを証拠としているに過ぎず、そこに至る関係書類自体の添付は一切なされていないのである。一審判決も、そしてこれを認容している原判決も、このような乙号証を漫然援用しているものであることに留意されるべきである。
例えば原判決は、このような税務当局の主張をそのまま容れ「昭和五四年七月一日から昭和五四年一〇月一〇日までに発生した重機修理費(本来、同年一一月末日までに支払わなければならない分)については全く決済されていないことになり極めて不自然である」(二一頁)としている。しかし、この昭和五〇年七月一日から同年一一月末日までの期間、未払金/支払手形の取引のみなのである。それは、前期損金に計上した未払金で、当事業年度の損益に影響を与えない取引分であり、昭和五四年七月一日から昭和五五年末日までの(昭和五五年六月期)期首未払金相当額である。ここで税務当局も、遠廻しに主張しているが、この期における期首未払金二五一六万三五五八円に相当する支払手形が損金計上されていないことが十分理解されているはずである。すなわち、昭和五四年六月期の期首未払金二五一六万三五五八円は全く損金計上されていないのである。ここで念のため付言すると、そもそも重機修理費は相当前に益金計上された完成工事高に対応する損金科目(原価科目)であり、当然完成工事高と重機修理費とが時系列的に対応するはずもなく、完成工事高計上後相当後に発生するものであり、相手方債権(売掛金等)と対応させることは非常に不自然である。特に重機械のみで生計を立てている上告人は、多数の各機械毎、その故障修理及び保守をしなければならないが、何日、何処の工事現場で、誰れの管理下、どのオペレーターが運転し、その時の施工状態等をしっかりと把握し、社内資料(重機械経歴書)にて継続的に管理している実情である。その場合、例えば前期機械がフル稼働し、今期は稼働が落ちたときなど、損益対応の原則からすれば今期の重機修理費は前期の損金に該当することが多々あり得る。ただしかし、上告人は、益金・損金の対応のみで、未払金計上が架空重機修理費でないと主張しているのではなく、当期未払金は翌期には全額決済されている事実の上で重機修理費の損金算入時期について主張しているものである。これを要するに、未払金計上によって、架空重機修理費であるとされた(否認された)ことに対し、上告人が自らの正当性を強く主張する根拠は、重機修理費の相手科目を引当金的視野に立って経理処理したとしても元来不都合ではないものを、債権の確定した未払金にて経理したこと、かつそれは決済されていることにより、この経理処理は正当であると主張しているにすぎず、そもそもそれは法人税法基本通達二-二-一の損益対応の原則によるものであって、いささかの誤りもないことを強調しているものである。
とまれ、極めて限られた証拠資料に基づきながらであれ、逐一証拠を引用しながら、当該未払金は手形決済されていることにかんがみ架空計上にあらざること、それは勘定の建て方の相違によるだけであることを控訴人が主張せるに対し、一顧だにしないのは、明らかに採証法則違反があり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
三 争点3について、原判決は、ここでも前記した状況のもと作成されたに過ぎない査察官調査書を批判的に検討するという見識を全く持たず、加えて、帳端完成工事高に関し、要するに進行基準経理に基づく一つの方法を、まるで税務当局のいう方法しかないとして、漫然これを容れている。
そもそも帳端収入の益金算入につき、収益の帰属時期については、法人税の課税所得計算の基本的規定である法人税法二二条において「当該事業年度の収益の額」と規定するのみであり、また同条四項でも、収益の額及び費用等の額は一般に公平妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとする旨規定しているに過ぎず、法令上明らかにされていないのである。従って、収益の帰属事業年度、すなわち計上時期については、一般に公平妥当と認められる会計処理の基準によるものと考えられるし、加えて、企業会計における収益計上の基準については、「未実現収益は、原則として、当期の損益計算に計上してはならない」(企業会計原則第二の一のA)と定められ、さらに売上高の計上基準について「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」(同原則第二の三のB)と定められているところから、企業会計においては、販売収益の計上時期は、その販売の事実をもって収益の計上時期としているのであって、法人税においても収益計上時期に関する基本的考え方は同様である(基本通達二-一-一、二-一-五、二-一-一四等参照)のであるから、例え進行基準に拠ったとしても、これを工事現場の具体的状況を考慮した査定に拠って修正し、これを決算上の金額とすることは右法令等の趣旨に沿いこそすれ、直ちに利益調整がされていると短略することは不当である。
それは、就中、上告人が夙に詳述した、土木工事業の実態を初歩的に理解していないとしか評せず、畢竟、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反があるばかりか、これら関係法令の違反を免れないといわねばならない。
四 争点4について、一審判決も原判決も全くの形式論に終始している。
なるほど、本件では偶々初めに扶養控除等申告書を提出しなかったいきさつこそあるものの、上告人が主たる給与の支払者であること紛れもないのである。
元来、所得税法一九四条一項が所轄税務署長に提出しなければならないとしている「給与所得者の扶養控除等申告書」は、扶養控除・配偶者控除等を受けるためのものであると同時に主たる給与の支払者を決定するためのものであること、一審判決、原判決とも認めているところである。してみれば、一般的に、これを提出しないことで扶養控除・配偶者控除等を手続的に受けられない不利を蒙るは別条、本件のように、査察の結果、税務当局は社員在職状況をつぶさに把握し、その実態が従たる所得を得ることのできない者であること、いいかえれば上告人が主たる給与の支払者であると決定することができたこと(そのことは関係証拠から明らかであり、争いのないところというべきである。)に徴し、いわば税務当局は甲欄を適用して然るべき場合であることを知悉せるものである。然るに、税務当局は乙欄を適用して顧みないのであり、原判決もまたこれに追従し、漫然「扶養控除等申告書を提出しない場合は主たる給与の支払者を決定することができないのであるから、月額表等の乙欄を適用せざるを得ない」(一審判決、第三、四の2(二))とする(三九頁)のである。
因みに、指摘済みのように、本税だけでも、甲欄であれば三二一〇万三四一五円であるのに、乙欄によれば一億二八五一万九六一一円、差引き実に九六〇〇余万円という多額になるのであり、さらにこれに不納付加算税九六三万八九〇〇円まで付しているのは、まさに懲罰的課税というほかなく、甲、乙欄いずれによるにせよ源泉徴収義務を果たし、単にその適用を誤っただけ(今、ここでは誤ったとして)の場合を律するに極めて疑問がある。
これを要するに、原判決は、「主たる給与の支払者を決定することができない」としている点で、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとともに、右所得税法一九四条一項及び同法一八五条、一八六条の各項二号イ並びに関係法令たる所得税基本通達一九四・一九五-二及び所得税関係個別通達(昭四一直審(源)五四)の趣旨に沿う判断と思われず、この点でも判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
以上いずれの点よりするも原判決は既に違法であり、破棄させるべきである。
以上