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最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)802号 判決 1998年2月26日

上告人

若松盈子

右訴訟代理人弁護士

鶴田岬

被上告人

平賀タマノ

右訴訟代理人弁護士

久行敏夫

久行康夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鶴田岬の上告理由二の1について

相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては、右遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが、民法一〇三四条にいう目的の価額に当たるものというべきである。けだし、右の場合には受遺者も遺留分を有するものであるところ、遺贈の全額が減殺の対象となるものとすると減殺を受けた受遺者の遺留分が侵害されることが起こり得るが、このような結果は遺留分制度の趣旨に反すると考えられるからである。そして、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言による当該遺産の相続が遺留分減殺の対象となる場合においても、以上と同様に解すべきである。以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人鶴田岬の上告理由

原判決には、次のとおり法律の解釈適用を誤った違法があり、それが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

一 実体法上の遺留分減殺請求権の不行使

1、被上告人(原告)及び第一審裁判所は、本件訴訟に先行する調停においてされた不動産鑑定を無批判に受け入れようとしたが、上告人(被告)は、控訴審において、この鑑定は偏った不公平な手法と意図をもってされたものと主張し、再鑑定の結果、各数額が大幅に修正され上告人(被告)の意見が正しかったことが証明された。

2、よって被上告人(原告)の実体法上の遺留分減殺請求権の不行使というかねてからの上告人(被告)の主張にも耳を傾けられたい。

3、すなわち被上告人(原告)の遺留分減殺請求権は、それが存在したとしても実体法上、少なくともその一部―東平塚町の物件に関して―が行使されていないので、すでに時効により全部(本件遺留分減殺請求権行使が不可分でなければならないとすれば)または一部が消滅しているということである。

4、遺留分減殺請求権が実体法上行使されたか否かは、調停、訴訟、内容証明その他明確な形式での意思表示がされたか、遺留分に相当する財産の移転を受けたかにより判断される。口先だけで行使したといっても無意味である。とくに本件では、被上告人(原告)は、上告人(被告)に対して、訴訟前に調停まで提起しており、このとき調停の当事者としなかった他の受益相続人も相手方にすることは容易であったし、そうするのが合理的であるにもかかわらず、あえてこれをしなかったのであるから、被上告人(原告)の他相続人に対する遺留分減殺請求権の実体法上不行使の事実はますます明らかであるといわなければならない。

5、被上告人(原告)は、東平塚町のマンションを遺言で相続したとする相続人からもらう同マンションの賃料を、遺留分減殺請求の結果であり証拠だと主張したことがある。

6、しかしこれは事実上の主張にとどまるだけでなく、上告人(被告)も被上告人(原告)が住居を移転するまでは無償で自己の相続建物に居住させ、賃料相当の利益を与えていたのであるから、何の理由にもならないし、現実にその賃料が相続前と違う形で確定的に被上告人(原告)の所有に期しているかどうかの証拠はまったくなく、審理、証拠調べさえされていないので、これをもって遺留分減殺請求権の実体法上の行使の有無を認定するのは不可能である。上告人(被告)の得ている情報では、原告の主張するような遺留分減殺請求の事実はないということができるし、被上告人(原告)代理人自身、東平塚町の物件に関して減殺請求がされていないことを第一審の和解の席上自認している。

7、以上のとおりであるから、被上告人(原告)の遺留分減殺請求権は、その全部または一部が時効によって消滅したということができる。よって、たとえ第一審での鑑定を採用するとしても、この鑑定結果そのまま被上告人(原告)の遺留分として認めることはできないといわねばならない。

二 被上告人が行使したと主張する遺留分減殺請求の無効性

1、不平等減殺が許されないこと

民法一〇三四条によれば、遺留分減殺に当たって、松川町の物件と東平塚町の物件はその価額の割合に従って減殺されなければならないのであって、たとえ遺留分減殺請求権の一部行使であっても、片方だけから減殺するとか右と異なる割合で減殺することは許されない。

2、本件遺言の法的性質

本件遺言の法的性質が、遺産分割方法の指定と法定相続分と異なる相続分の指定の性質を持つ法律行為であることはいうまでもない。

ところで遺留分減殺は、遺留分を回復するために必要な限度でのみ、遺言を一部失効させることが可能であるに過ぎない。しかるに本件請求について松川町の物件のみから減殺を認めると、被相続人が定めた相続人間の遺産取得割合を減殺請求権を行使する相続人の恣意によって変更することを許し、同じ遺言による利益を受けた受益相続人間に不平等を来し、被相続人のみが有するはずの遺産の処分権限が一部にせよ減殺請求権者に認められることになる。このようなことが許されないのはいうまでもない。

3、本件遺言の一方的意思表示性と減殺が相続人に及ぼす影響

本件遺言は、被相続人が相続人の意思と関係なく一方的にした行為である。よってこれを減殺する行為の効果も、遺言による利益を受ける相続人全員が平等に受けなければならないのであって、減殺請求権を行使する相続人の恣意によってこれを左右することは許されない。本件請求について松川町の物件のみから減殺を認めると、まさに減殺請求者の恣意によって、不平等な減殺がされることになり、許されない。

4、遺言が一個であること

本件遺言は被相続人の一個の行為により、遺産分割方法の指定と相続分の指定がされたものである。この一個の行為を、物件ごとにであろうと受益相続人ごとであろうと、減殺請求権行使相続人が勝手に二分して、一方からのみ減殺するということはできない。

5、結語

以上は、法律上余りにも当然のことであって、減殺請求権行使者が遺留分確保の必要性を越えて、遺留分権者の自由な意思によって恣に各相続人間の遺産取得割合まで変えて、遺言の内容を被相続人の意思とかけ離れたものにしてしまうことができるなどという解釈が許されるわけがない。むしろ本件においては、被相続人の一方的行為により相続人全員がその効果を一体として受けているのであるから、これを減殺する行為の効果も不可分一体として発生すると考えなければならない。したがって実体法上はもちろん、訴訟上も必要的共同訴訟とすべきだったのである。

三 第一審での分離和解について

1、分離和解の法的性質

第一審では、上告人(被告)以外の共同被告らについて分離して和解することとされた。これについては遺留分減殺請求の結果被告らに対する実体法上の請求権が別々に生じ、その一部について和解したのだと形式的には説明するのであろうが、実質的には遺留分減殺を一部しか行使しなかったというのと変わるところはない。そうであるならば、残った上告人(被告)についても、これに対する減殺を一部にとどめるべきである。

2、免除の絶対効

右の点は、少なくとも確定判決前の一部の者に対する遺留分減殺負担の全部または一部の免除は、他の者にも絶対効を及ぼすという解釈で解決することができる。そして、これが民法一〇三四条による遺留分割合減殺の趣旨を正しく実現する解釈である。

3、共同被告らに対する減殺免除

しかるときは前記共同被告らの和解においては、被上告人(原告)が減殺取得した土地共有権(または所有権)上に共同被告らの借地権を認めた点において、減殺を借地権割合である七〇パーセント分免除したということができるのであるから、上告人(被告)に対するそれも七〇パーセント分免除されたと考えるべきである。

四 結論

上告人(被告)は控訴審で以上と同趣旨の主張をしたが、これと異なる判断がされた。これは第一審と同じく法令の解釈適用を誤ったものである。

よって、冒頭記載のとおり原判決は、いずれの点から見ても、破棄を免れないものである。

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