最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)124号 判決 1998年9月10日
東京都中野区江古田一丁目三八番六号
上告人
株式会社 マーク
右代表者代表取締役
中島良雄
右訴訟代理人弁護士
中平健吉
中平望
同弁理士
井ノ口壽
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 伊佐山建志
右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第二四八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年二月二〇日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中平健吉、同中平望、同井ノ口壽の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)
(平成九年(行ツ)第一二四号 上告人 株式会社マーク)
上告代理人中平健吉、同中平望、同井ノ口壽の上告理由
第一 はじめに、
一、 原判決には、原判決の判断に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤り、原審訴訟手続における法令の違背、経験則違背及び理由齟齬の違法がある。
二、 行政事件訴訟法第七条は、行政事件に関し同法に定めがない事項については、民事訴訟法の例によるものとしているから、民事訴訟法第二五七条、同法第一四〇条により規定され民事訴訟法の大原則である弁論主義は、本件にも当然適用されるところ、原判決は、累乗係数を適宜選定することが慣用技術であるか否かという本件の中心問題について、上告人が原審において、そのような主張をしておらず、累乗係数を適宜選定することは慣用技術でないとして、明確に否認して、これを争っていたにもかかわらず、これを自白したと認定し、これを理由として上告人の主張を棄却したものであり、原審の右判示は民事訴訟法第一四〇条、第二五七条および民事訴訟手続の大原則である弁論主義に違背した違法な認定であり、原判決には、この点につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
三、 原判決は累乗係数の選択は、これが本願出願前から広く行われている慣用技術でなかったにもかかわらず、結論においてその判断を誤り、非球面レンズの設計にあたって求められる性能を得るために、累乗係数の範囲を適宜選定することは、本願出願前より広く行われている慣用技術であると認定したが、これは経験則に違反する。
四、 原審引用例に係る無限系レンズと本件出願の有限系レンズについて、無限系レンズはコリメータレンズという他のレンズ(通常ガラスの凸レンズと凹レンズの貼り合わせレンズ)と組み合わせなければ使用できないレンズであり、有限系レンズは単独で使用することを目的とするレンズであり、これらが光学系を異にし、したがって、これらが同一形状のものであることはあり得ないことは原審の証拠上明らかであるにもかかわらず、原判決は、無限系レンズと有限系レンズの設計について抽象的にこれを規定した一般式が共通であることを理由として、この一般式により規定される無限系レンズと有限系レンズが同一形状のものであると判示しているが、一般式という抽象的レベルの規定により、レンズの形状という具体的レベルのことについて判断することは、論理上、不可能なことであるから、原判決には人間理性の合理的な判断としては論理上、不可能な理由をもって本件の理由としているものであり、この点につき、原判決には理由に齟齬ある判決と言わざるを得ない。
五、 原判決は、レンズの発明につき重要な意味を持つ、開口数NAについて、上告人が本件特許出願において数値を明示して、これを記載していたにもかかわらず、特許法第三六条の解釈適用を誤り、本件には改正前の同条が適用されるものであるのに、誤って改正後の同条を適用した結果、同条第三項第三号所定の発明の詳細な説明の欄に、適法に開口数NAが記載されているのに、これは同条第三項第四号所定の特許請求の範囲の項に記載されるべき事項であると誤解した結果、開口数NAが明記されているのを看過して、開口数NAに条件が付されていないことを理由として、本件発明が、当業者が容易に予想し得るものと判断したもので、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな特許法第三六条の解釈適用の誤りがある。
第二 民事訴訟法第一四〇条、第二五七条および弁論主義違背の違法
一、 原判決は、前記第一、二の点について、上告人はそのような主張をしていないのに、非球面レンズの設計にあたって、求められる性能を得るために、累乗係数の範囲を適宜選定することは、本願出願前から広く行われている慣用技術であると上告人が認めた旨判示し、その結果累乗係数を選定するにあたって、これを適宜に行うことなどできなかったし、ましてや、これが本願出願前から広く行われている慣用技術でなかったにもかかわらず、結論においてその判断を誤り、非球面レンズの設計にあたって、求められる性能を得るために、累乗係数の範囲を適宜選定することは、本願出願前より広く行われている慣用技術であると認定し、これは上告人がそのような事実を主張していないのに、前記の点について、裁判上の自白をしたものとしたものであって、これが弁論主義に違背する違法な認定であることは明白である。
原判決が弁論主義に違背したものであることは、以下に引用する原判決及び原審における上告人の準備書面における主張を一読すれば、一見して明白なものである。
まず、原判決は、審決に対する上告人の認否につき以下のとおり述べている。
「審決の理由の要点(1)は認める。同(2)<1>は認め、同<2>は争う。同(3)は争う。同(4)<1>は認め、同<2>は争う。同(5)、(6)は争う。」(原判決第八丁第七行乃至同第八行)
しかしながら、上告人は原審で前記(4)<1>を認めたことはないばかりでなく、これを争っていたものである。
そこで、前記判決中のまず前記(4)<1>を引用すると「(4)・・・・(中略)・・・<1>・・・・(中略)・・・・・本願発明と同様の計算式を用いた非球面レンズの設計にあたって、求められる性能を得るために、累乗係数の範囲を適宜選定することは、本願出願前より広く行われている慣用技術である・・・(以下略)」(原判決第六丁第一六行乃至同第七丁第一一行)。
そして、前記のとおり、原判決は、上告人が審決の理由の要点(4)<1>を認めたと判示しているのだから、上告人が、本願発明と同様の計算式を用いた非球面レンズの設計にあたって、求められる性能を得るために累乗係数の範囲を適宜選定することが、本願出願前より広く行われている慣用技術であると認めたと判示しているものである。
しかしながら、上告人は原審において、前記の点を認めたことはないばかりでなく、前記の点を誤りであるとして、明確に否認しているものである。
このことは、原審上告人第四準備書面に「審決は、・・・・・・との判断の根拠として・・・・・(中略)・・・・・・<2>求められる性能を得るために、累乗係数の範囲を適宜選定することは、本願出願前より広く行われている慣用技術であること、に求められている。しかしながら、これは誤りである。」(原審上告人第四準備書面の第九頁第一三行乃至同第二一行)と明記されているとおりである。
右記の引用の記載において「累乗係数の範囲を適宜選定することは、本願出願前より広く行われている慣用技術であること」について「これは誤りである」と明確に述べているのであり、この点につき誤解の余地が生ずることはあり得ない。
したがって原判決が、上告人が主張していない事実について、これを上告人が自白したものと判示していることは、前記の原判決及び原審上告人、第四準備書面の各記載自体から明白である。
そして、本件において、累乗係数の範囲を適宜選定することが、本願出願前より広く行われている慣用技術であるか否かは、本件の結論を左右する重大問題であり、この点につき、原審は当事者である上告人が、いかなる事実を主張しているかについての判断を誤り、自白していない事実を自白したと認定したものであり、訴訟手続上、これが弁論主義に違背するものであるのみならず、前記問題の重要性からして、判決の結論自体に影響を及ぼす違法事由が存在したことも明白である。
第三 累乗係数の決定に関する判断の経験則違背
一、 原判決は、「引用例に記載されているレンズの非球面を規定する一般式は、非球面項(2次曲面項では表しきれない非球面の形状を表す項)の累乗係数の上限値は任意に選択でき、それが高次であればあるほど精度が高いレンズが得られるものであることを意味するものであることは前記説示のとおりであり、また、有限系レンズにおいても無限系レンズにおいてもレンズの非球面を規定する一般式は同じものであることは本願明細書の記載及び引用例の記載に照らして明らかである。
そして、引用例記載の実施例では累乗係数iの値を4以下の整数、5以下の整数等を採用していること、本願発明と同様の計算式を用いた非球面レンズの設計にあたって、求められる性能を得るために累乗係数の範囲を適宜選択することは、本願出願前より広く行われている慣用技術であり・・」(原判決第二六丁第一三行から同第二七丁第八行)と判示している。
そして、文中の前記説示のとおりであるとは「しかし、引用例の特許請求の範囲には、引用例の大口径非球面単レンズの面の形状を規定する数式として、
<省略>
と明確に記載されているのであり、上記数式が、非球面項(2次曲面項では表しきれない非球面の形状を表す項)において累乗係数を高次にすればより精度が高いレンズが得られ、累乗係数の上限値は理論上無限に選択できることを意味するものであることは明らかである。」(原判決第二五丁第一二行乃至同第二六丁第三行)を指すものである。
しかしながら、累乗係数の範囲を適宜選択することなどは到底できるものではなく、まさに累乗係数を選択することこそが、レンズの設計における発明そのものである。それにもかかわらず、原判決はあたかも累乗係数を適宜に選択でき、しかも、これが当業者における慣用技術であり、したがって、上告人の本件発明について当業者が容易に成し得る旨判示しているものである。
累乗係数を選択することが、レンズの発明そのものであり、これを適宜に選択することなどできないものであることは以下に述べるとおりである。
前記判決に言う「累乗係数の上限値は理論上無限に選択できること」(原判決第二六丁第一行乃至同第二行)としても、無限に選択(・・・・あるいは累乗係数の指数を増加)すれば、良いレンズが得られるかというと必ずしもそうではないことは甲第四号証の一八の記載を参照すれば、明らかである。
甲第四号証の一八には、「またこれを高次の非球面係数を使って補正しようとしてもあまり効果はなく・・・」(甲第四号証の一八第五五頁、左上欄第三行から同第六行)と、つまり高次の非球面係数を使用してもレンズの収差の補正が旨く行かないとの判断が明確に述べられているのである。甲第四号証の一八ではA21第2i次(iは2以上の整数)と定義しているので、ここに言う非球面係数とは原判決に言う累乗係数と同義である。
甲第四号証の一八の発明者の前記の記載こそが、高次の累乗係数を任意に選択できないことを述べており、発明者の経験または推測を如実に物語っているのである。
甲第四号証の一八におけるレンズ設計の例を参照してさらに説明する。
甲第四号証の一八の発明者は無限系のレンズにおいて非球面の一般式
<省略>
を利用して
実施例一では、
レンズの第一面の非球面を、実施例記載の
K、非球面係数A4(i=2)、A8(i=3)、A8(i=4)を選択した次の式によって決定した。
<省略>
第二面の非球面は同様にK、非球面係数A4(i=2)を選択し、
<省略>
実施例二では、
レンズの第一面の非球面を、実施例記載の
K、非球面係数A4(i=2)、A6(i=3)、A8(i=4)、A10(i=5)を選択した次の式によって決定した。
<省略>
第二面の非球面は同様に
<省略>
実施例三では、
レンズの第一面の非球面を、実施例記載のK、非球面係数A4(i=2)、A8(i=3)、A8(i=4)を選択した次の式によって決定した。
<省略>
第二面の非球面は同様に
<省略>
実施例四では、
レンズの第一面の非球面を、実施例記載の
K、非球面係数A4(i=2)、A8(i=3)、A8(i=4)を選択した次の式によって決定した。
<省略>
第二面の非球面は実施例記載のK、とi=0として
<省略>
実施例四の第二面では非球面係数が利用されていない点にご留意されたい。
そして、それらの諸元により規定されるレンズを計算により評価することにより、各実施例レンズごとに各種の収差曲線を得ているのである。
そこで、引用例(特開昭五七-七六五一二、甲第四号証の一八)の発明者はこれを満足すべきものとして、これ以上の高次の係数(i=6以上)を導入しても、収差の補正は困難であると判断し、発明を完成したものとして出願したのである。
二、 これに対して、上告人の会社における発明者は甲第四号証の一八の発明者が諦めた領域について研究を重ね、次の式を有限系非球面レンズの第一面だけではなく両面に適用したのである。
<省略>
<省略>
これは、引用例(甲第四号証の一八)に示されていない高次の非球面係数(i=6以上9以下)をさらに導入して、レンズの両面でi=2~9として発明を完成したのである。これは、先人未踏の領域での成果である。
このことは有限系のレンズの全ての先行技術に照らし、非球面レンズの片面においてさえ累乗係数(i=6)以上の実施例の発表のないこと、第二面はそれより低次または球面で構成されている例から見ても明らかである。
すなわち、非球面レンズの設計における累乗係数の決定は慣用技術ではないのである。
三、 原判決は、前記累乗係数を高次にすればより精度の高いレンズが得られることは引用例の数式自体が意味するところであるから、上告人の主張する、より明るく、しかも収差の少ないレンズを提供するという本願発明の効果は当業者が予測できる程度のものというべきである、と判示し、累乗係数を高次にすればより精度の高いレンズが得られるとするがこれは誤りである。
これはあたかも、設計の目的に対して、ある理想のレンズ(そのレンズは数式により規定することができないか・・あるいは未知の関数で規定されるものであるが、・・)があることを前提にし、それに近似するためには累乗係数を高次にすればより高い精度で近似が得られるというように理解しているのではないかと思われる。
しかしこれは、レンズの設計の理論(経験)に反する空論である。
非球面レンズの形状を規定するのはまさに非球面レンズの式であり、その式のパラメータを決めること自体が発明なのである。
実験で得られたグラフを数式化するために次のような多項式
y≒a0+a1x1+a2x2+a3x3+a4x4+a5x5・・+anxnの係数a1指数x1を決定して近似するような場合、項数が多い方がより良い近似が得られることは良く知られているが、しかしこれは、非球面レンズの設計とは全く別の世界の話である。
電子計算機を利用する非球面のレンズの設計は、一般に次のようにして行われている。
非球面レンズの電子計算機を用いる設計においては、まず使用条件に対して、設計されるべきレンズの形状の諸元(NA値、レンズの材質、多項式の定数、累乗係数等)を発明者の経験(ノウハウ)および従来の例を参照して選択するのである。
そしてその諸元に基づいて決められた(設計された)レンズの性能を計算機を用いる光線追跡により評価し(収差を計算して)満足すべき収差の範囲にあるかを検討するのである。満足すべき範囲に入らないときは新しい諸元(NA値、レンズの材質、多項式の定数、累乗係数等)を選定するか、部分的な修正を行い再評価を行うのであり、何らかの具体的な非球面が予め存在し、それに近似するために、累乗係数を高次にし・・より精度の高いレンズが得られるということは有り得ないことであり空論である。
すなわち、原判決(原判決第二六丁第一三行乃至同第一六行)の「引用例に記載されているレンズの非球面を規定する一般式は、非球面項(2次曲面項では表しきれない非球面の形状を表す項)の累乗係数の上限値は任意に選択でき、それが高次であればあるほど精度の高いレンズが得られるものである」とする前提は架空のものであり、レンズの設計上あり得ない空論であり、原判決には、この点につき経験則違背の違法がある。したがって、原判決の累乗係数の決定は慣用技術であるとするのは誤りがあることは明白であり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
第四 レンズの光学系および形状に関する判断における理由の齟齬
一、 原判決は、「・・そうすると、有限系レンズも無限系レンズも、レンズ自体の非球面の形状は同じ数式を用いて規定するものであるから、上記相違点は同一形状の非球面レンズを有限系として使用するのか、無限系として使用するのかの相違に帰するといえるところ、無限系レンズはコリメータを併用すれば有限系レンズとして使用できることは、甲第一一号証により技術常識ともいえることであるから、上記相違点は実質的な相違点とはいえず、本願発明が引用発明に基づいて容易に想到し得たものであるという点で変わるところはなく、上記相違点が審決の結論に影響を及ぼすものとは認められない。」(原判決第二四丁第一二行乃至同第二五丁第四行、傍線は引用者による)と判示して、無限系レンズはコリメータレンズを併用すれば、有限系レンズとして使用できるということをもって、原審における上告人の主張を斥けたものであるが、無限系レンズと有限系レンズは互換性がないのであるから、これは明らかな誤りであり、これは原審における証拠上明白である。
原判決は、本件発明の進歩性を否定する理由の一つとして、あたかも有限系レンズと無限系レンズが同一形状のレンズであり、また、無限系レンズにコリメータレンズを併用すれば有限系レンズと同様にみなせる旨判示しているが、有限系対物レンズと無限系対物レンズは全く種類の異なるレンズであり、互換性はない。
またコリメータレンズを併用しなければ使用できないか、これを併用しないで単独で使用できるか否かは、物像間の距離を短縮し、部品を簡略化できるかどうかというレンズの性質に致命的な重要性を有する事柄であり、レンズの本質的作用に係わることであって、原判決の判示は、この点において失当である。
有限系レンズ(対物レンズ)光学系は、無限系レンズ(対物レンズ)とコリメータレンズを組み合わせた光学系の問題を解決するためになされたものである。そして有限系対物レンズは前記無限系対物レンズとコリメータの機能を単一の有限系レンズで実現するようにしたのである。したがって、有限系対物レンズは無限系対物レンズとコリメータレンズを組み合わせた能力を持つ光学系であるから、当然に無限系レンズとは異なる形状でなければならない。
なぜならば、もし同じ形状であれば、コリメータレンズを使用しなければ使用できないことになるから無限系レンズであり、有限系レンズとは言えないのである。
有限系のレンズは、本願発明の出願書類、甲第二号証の第二頁の〔産業上の利用分野〕の記載のとおり「有限距離にある物体を縮小結像する対物レンズ」である。
そして、この有限系レンズは、CD読み取り装置などに従来使用されている無限系のレンズとコリメータレンズの組み合わせ光学系の問題を解決することを目的として開発された新しい技術に属するものである。
端的に述べるならば、無限系レンズは、コリメータレンズという別のレンズを用いて、これと組み合わせなければ使用できないレンズであり、これに対して有限系レンズは、これのみ単独で使用することを目的とするレンズである。
すなわち、有限系レンズには半導体レーザからの光をコリメータレンズを使用せず、直接結像させるレンズである。コリメータレンズという、他のレンズ(通常二枚の貼り合わせレンズ、甲第一〇号証の図6.83、甲第一一号証図6.85(a)、および図6.86(a)参照)を使用しないで済むので、部品が簡略化でき、また対象物との間にコリメータレンズを使用しないで済むため、物・像間の距離の短縮化に効果があり、技術上、これらの点が無限系レンズと全く異なるものである。コリメータレンズを組み合わせて使用せず、単独で使用できるため、部品点数を少なくすることが可能となり、また、物・像間の距離が短縮化できることが、有限系レンズの大いなる利点である。
これに関する発明が無限系レンズと全く異なる由縁であるが、逆に設計技術上は、このような高性能の効果を一枚のレンズに担わせなければならないので、無限系レンズの設計に比べて、この点に著しい困難が存するものである。
このことは、本願発明の出願書類、甲第二号証の第三頁第四行乃至同第8行に「半導体レーザからの光をコリメータを使用せずに直接縮小結像させる単レンズ(注:有限系レンズ)は、部品の簡略化と物・像間距離の短縮化に効果があるので、最近注目されており、その具体例も示されるようになってきた。」と記載されていることから、明らかである。
また本願発明の審査の過程で引用された引用例の一つ、甲第四号証の一(甲第四号証の一、第一二五頁右下欄第六行乃至同第一二六頁左上欄第九行)にも同様の記載がなされている。
「従来、この種のピックアップ光学系には、第三図に示すように対物レンズが単レンズで構成されていても、入射する光束を平行光束にするために、対物レンズ以外にコリメータレンズ(C)を必要とした。あるいは、コリメータレンズを必要としない場合は、第四図に示すように、対物レンズが四枚で構成されていた。第三図においてコリメータレンズは固定状態で使用されるが対物レンズは可動状態で使用されるので、二本のレンズ鏡胴が必要であり、全体の光学系としての光軸の調整が大変である。ここで対物レンズが単レンズである場合、このレンズは通常非球面レンズであるので、偏心に対する性能劣下が著しく大きく光軸の調整にはきびしい精度が必要となる。一方、第四図のように対物レンズが複数のレンズより構成される場合、性能劣下を避けるために鏡胴のきびしい精度が必要となる。また、単レンズに比べて、鏡胴面積も大きくせねばならず、温度変化による鏡胴のひずみからレンズに偏心がおこり、性能が劣下するという問題が生じる。
本発明は、これらの問題を軽減するために、コリメータレンズを必要とせず、半導体レーザからの光を直接うけとり、ディスクに集光させる単レンズを具体的に提供することを目的とする。」
前記引用中の鏡筒とは、レンズを支持する金属の環状の枠であり、当業者は、図示を省略することが多いが光学系のコストの一部として無視できないものである。また、甲第四号証の一の第四図に示されているレンズは四枚で構成された有限系レンズであり、甲第四号証の一の発明者はこれを先行技術として示しているのである。
二、 本願発明の実施例、または前記甲第四号証の一に示されるピックアップ光学系(CDの読み取り装置)に応用した場合の有限系レンズと無限系レンズを比較をする。
無限系対物レンズは無限系光について収差が少なくなるようにしてあるから、有限系対物レンズとは異なり、コリメータを使用して光源からの光を一旦、平行光線(無限遠光)にしなければ使用できないものであり、コリメータなしで無限系レンズを有限系レンズに変えて使用しても有限光に対して収差が大きくなって分解が悪くなり読み取り不能になり使用できない。
つまり、有限系対物レンズと無限系対物レンズの互換性はないのである。
このように、有限系対物レンズと無限系対物レンズは光学系が異なるから同一形状であり得ないのに先に引用したように原判決が、同一形状の非球面レンズを有限系として使用するのか、無限系として使用するのかの相違に帰するといえるところ、無限系レンズはコリメータを併用すれば有限系レンズとして使用できる、と判断したのは誤りである。本発明による有限系レンズと引用例の無限系レンズが同一形状になり得ないものである。
原判決は、「そうすると、有限系レンズも無限系レンズも、レンズ自体の非球面の形状は同じ数式を用いて規定するものであるから、上記相違点は同一形状の非球面レンズを有限系として使用するのか、無限系として使用するのかの相違に帰するといえるところ、無限系レンズはコリメータを併用すれば有限系レンズとして使用できることは、甲第一一号証により技術常識ともいえることであるから、上記相違点は実質的な相違点とはいえず、本願発明が引用発明に基づいて容易に想到し得たものであるという点で変わるところはなく、上記相違点が審決の結諭に影響を及ぼすものとは認められない。
したがって、被告の主張は理由があり、審決が上記相違点を看過して、一致点の認定を誤ったことをもって、審決を取り消すべき違法があると認められない。」(原判決第二四丁第一〇行から同第二五丁第七行)と判示して、有限系レンズと無限系レンズは同一形状の非球面レンズを有限系として使用するのか無限系として使用するのかの差にすぎないと述べている。
しかしながら判決の引用する一般式で規定される無限系レンズと有限系レンズが同一形状のものであることはあり得ないし、一方のレンズをそのまま他方のレンズに転用することは不可能である。
すなわち先に述べたように無限系のレンズはコリメータレンズという別のレンズと組み合わせて使用するもの、換言すればコリメータレンズを併用して像を結像させるレンズであり、有限系のレンズは同様の性能を一枚のレンズに担わせるものである。
コリメータレンズと組み合わせなければ像を結像しないように設計製作されているものから、コリメータレンズを取り去って使用すれば、換言すれば、判決で述べるように無限系レンズを有限系レンズとして使用すれば像を結像しなくなり、レンズとしての用を成さないことになってしまう。
また、一枚だけで像を結像する有限系レンズに、コリメータレンズを組み合わせることは単に余計なことと言うだけでなく、コリメータレンズが結像を妨害する状態を惹起することとなり、これまたレンズとしての用を成さなくなってしまう。
これは、いわば度の合っている眼鏡のうえに更にもう一つの眼鏡をかけた場合、物がぼやけて見えたり、歪んで見えたりすることと同じことであり、原判決はこのような非常識な論理を述べているものである。
原判決はその引用する一般式で規定される無限系レンズと有限系レンズは同一形状であると述べるが、コリメータレンズと併用しなければ使用できないレンズと一枚だけで像を結ぶレンズの形状が同じであることはあり得ないのである。
原判決がこのような誤った結論に陥った理由につき、更に原判決を引用して述べれば原判決は、先に引用した部分の直前で、
「本願発明は有限系大口径単レンズの両面を非球面の形状とし、その非球面形状を
<省略>
の数式で限定するものである。
一方、引用発明は無限系の大口径単レンズではあるが、その両面の非球面の形状は、
<省略>
の数式で規定されるものである。』(原判決第二四丁第二行乃至同第九行)と判示している。
原判決は、これを理由として先に引用したように、第一に、有限系レンズも無限系レンズもレンズ自体の非球面の形状は同じ数式を用いて規定するものであること、第二に、したがって、有限系レンズも無限系レンズもその非球面の形状は同一であることを述べている。
上記引用の数式および上記第一の点は正しいが上記第二の点は誤りである。上記引用の数式のうち、xは非球面の点のレンズ面頂点における接平面からの距離、hは光軸からの高さ、cは非球面頂点の曲率、kは円錐定数、A21は非球面係数であることは原判決の第五丁及び同第六丁の記載から明らかである。
そして具体的なレンズの設計において、無限系レンズにおいてはコリメータレンズと組み合わせることを前提として、累乗係数iの範囲の決定とともにc、k(K)、A21を、求められる性能に最も適するように、具体的数値を定めていくものであり、有限系レンズにおいては一枚のレンズ単独で求められる性能に最も適するように累乗係数iの範囲と、c、k、A21の数値を具体的に定めていくのである。そして求められる性能が同じである場合、コリメータレンズを併用する無限系レンズと一枚のレンズである有限系レンズでは当然c、k、A21の具体的数値が異なるものであり、したがって、レンズの形状も当然異なるものである。原判決は、
<省略>
という一般式が共通することをもって無限系レンズと有限系レンズでは求められる性能に応じて具体的に選択される、累乗係数の範囲とc、k、A21の具体的数値が異なるものであることを看過した結果、上記の式を使えば無限系レンズも有限系レンズも形状が同一となるという誤った結論に陥ったものである。すなわち原判決は非球面を決める一般式が共通するならばその式を利用するレンズの形状は同一であるという有り得ない結論を述べているものである。
ピタゴラスの定理を例にとって述べるならば、原判決の結論は、ピタゴラスの定理が適用される三角形は同一の三角形であるというのにも等しい。
ピタゴラスの定理が適用される三角形は、二つの三角定規(二等辺直角三角形や30度、90度、60度の三角形)を含む無数の直角三角形を含むものであり、それらは到底同一の形状とはいえないのである。
したがって、原判決のこの点についての判断その理由に、人間理性の合理的判断にそわない齟齬あるものといわざるを得ないのである。
第五 特許法第三六条の解釈適用を誤った違法
一、 原判決は「本願発明は、前記のとおり、非球面単レンズの面の形状を規定する数式の非球面項の累乗係数を限定するものであって、開口数NAについて何らの条件を付しているものではない」(原判決第二九丁第七行乃至同第一〇行)として本願発明は、開口数NAについて何らの条件を付していない旨判示し、このことを理由として、本願発明の効果は当業者の予測できる程度のものであると判示しているが、これは明らかに誤りであり、上告人は本件特許出願において、開口数NAを0.45乃至0.53と明記して、開口数NAに条件を付している。
上告人が本件特許出願において、開口数NAについて0.45乃至0.53との条件を付していたことは、特許法第三六条に基づく本件特許出願の際の申請書(昭和六二年七月二一日付特許願、甲第二号証)添付の明細書、「3.発明の詳細な説明」、〔従来の技術と発明が解決しようとする問題点〕の項に「さらに詳しく言えば、本発明は、焦点距離が3~3.7と短く結像倍率の大きさ一m一か1/7.5~1/2と大きいため、物・像間の距離が短く、NAは0.45乃至0.53と大きくしかも収差の良好な有限系大口経単レンズを提供するものである」(甲第二号証の第四頁第一一行乃至同第一五行)として、開口数NAを0.45乃至0.53と明記していることから明らかである。
原判決がこのような明らかな誤りを犯したのは本件特許申請後、特許出願に関する特許法第三六条が改正されたため、本件については改正前の特許法第三六条が適用されなければならなかったのに、原判決が誤って、現行法である改正後の特許法第三六条を本件に適用したもので、原判決には特許法第三六条の解釈、適用を誤った違法がある。
特許法第三六条は、特許出願に関し、その第一項に特許出願に関する願書の提出先、願書の記載事項等を、その第二項に願書に明細書その他の書面等を添付すべきことを、その第三項において、前記明細書の記載事項として、一号:発明の名称、二号:図面の簡単な説明、三号:発明の詳細な説明、四号:特許請求の範囲を記載すべきことを定めている。
同条四項には、上記発明の詳細な説明につき規定されており、これも改正されているが、改正前の特許法第三六条第五項は、
「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一号:特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること、
二号:特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下、「請求項」という。)に区分してあること、
三号:その他通商産業省令で定めるところにより記載されていること。」
と定められていたのが、現行法では特許法第三六条第五項は、
「 第三項第四号の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ことに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。この場合において、一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。」
と改正されている。
すなわち、特許法第三六条第一項乃至同第三項により、特許出願に際し、その願書に添付を要する明細書の記載事項である特許請求の範囲について、改正前の特許法第三六条第五項第二号が特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項(請求項)のみを記載すべきことを定め、それ以外の記載が許されなかったのに対し、改正された現行法においては、特許を受けようとする発明を特定するために必要な記載をすべて記載しなければならないものと改められたものである。
右記開口数NAは、そのレンズの収差とともにそのレンズの性能を示すものであるから効果を示すものという理由から、発明の構成に欠くことのできない事項とは認められていなかったため、改正前の特許法第三六条第五項第二号による、同条第三項第四号所定の特許請求の範囲に、これを記載することが許されていなかったものである。
特許請求の範囲の請求項にNAの記載が認められた例は、実施例そのものを特許請求の範囲として請求する場合とか、NAを以て他の条件を定義するような極めて例外的な場合に限られていた。
現行の特許法第三六条五項では、同条三項四号の特許請求の範囲の記載について、特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載することを要するものと定められている。
原判決は、前記の理由により、これらについて特許法第三六条の解釈適用を誤った結果、本件特許出願に開口数NAが記載されているのに、誤ってこれが記載されていないと判断した結果、本件発明が当業者が予測できるとの誤った結論に陥ったものであり、原判決にはこの点につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。
第六 本願発明に係るレンズの効果等
一、 以上述べた原判決の違法性を判断するためには以下の諸事情も十分斟酌されるべきである。
原判決(原判決第二八丁第一四行乃至同第二九丁第一四行)は、「原告は、非球面レンズの発明の効果は決定された条件により・・(中略)・・・・本願発明の効果は当業者が予測できる程度のものというべきである。」としている。
しかしながら、レンズの発明の効果は、その発明の構成に基づいて製造されるレンズの性能にほかならない。
本願発明の「・・・有限距離にある物体を縮小結像する対物レンズであって・・・大口径非球面単レンズに関し、特に光ディスク装置用単レンズ」(本願発明の出願書類、甲第二号証、明細書第二頁第一五行乃至同第三頁第二行)の効果は、その特許請求の範囲中の請求項記載の構成に基づくレンズの特性にほかならず、それはそのレンズの明るさと収差の程度の問題に帰結する。
本願発明では第一~第八の実施例を示す各レンズの有限系での開口数NAと、各実施例レンズの収差(添付図面を参照して)を詳細に説明している。
なお発明の詳細な説明記載のレンズの収差が特許庁で効果として認定されていることは、審査の過程における拒絶理由通知(甲第三号証の第二頁第一四乃至同第一六行)の記載「(前略)・・両者の差及びそれに基づく収差曲線図上等での効果上の差異を主張することにより本願発明の特徴・効果を主張されたい。」からも明らかである。
これに対して、上告人は、意見書(甲第五号証)において詳細な説明を行い、本願発明にかかるレンズが引用例(甲第四号証の一乃至一八)に示されているレンズに比較して最も明るく、かつ、収差が少ないことを明細書の記載により明確に述べている。つまり本願発明では十分な効果の説明が行われているのである。
この効果は上告人の前記レンズの製造販売の成功によって裏付けられている。
二、 上告人は、前記発明に係るレンズを出願後ただちに製造販売し市場において高い評価を得ており、現在も製造販売され将来の需要の見込みも大きい。
用途は、本願発明の明細書(甲第二号証の第二頁第一六行乃至同第三頁第二行)の〔産業上の利用分野〕中の記載『・・・回折限界の結像性能を有する大口径非球面単レンズに関し、特に光ディスク装置用単レンズに関する。』が示すように、CDプレーヤーの読み取りレンズである。
主要な顧客は、シャープ株式会社、株式会社ケンウッド、ミツミ株式会社で、生産個数は月産百万個乃至一一〇万個であり、延べ生産数は約二五〇〇万個にも達しており、原告の会社の主要な生産品の一つとなっている。
このように長年にわたり好評を博している理由は、
本件発明に係るレンズが
A 有限系大口径単レンズで特性が優れていること、
B 製造しやすく優れた品質を保証できていること、
C 無限系レンズではなく有限系のレンズであるからレンズ系を簡単に構成できることにあると思われる。
三、 有限系大口径単レンズで特性が優れている点
本願発明に係るレンズの実施例のNAおよび収差は、(甲第四号証の各表および、収差曲線図参照)従来例(引用例)に示されているものから抜き出ている。
例えばレンズの明るさを示し、レンズの解像力に寄与するNAに着目すると、それは後述するようにNA=0.45~0.53の範囲であり、レンズの解像力が最も優れていると言うことができる。NAが大きく収差が少ないことは、CDプレーヤーの読み取りレンズとしては読み取りの誤りがなくなると言うことで、CDプレーヤーの性能に直接結びつくものである。なお、NAがNA=0.53と大きいので、読み取り用のみならず書き込み用のレンズとしても期待されている。
四、 製造が容易なレンズであること
本願発明に係るレンズの実施品は右記三で述べたように優れた品質をもち、製造の過程において、殆ど不良品がないばかりか納入後にも殆ど返品されたことがないのである。これまでの不良率は、五%と小さい。これは、従前の常識または予想に反する効果、意外性のある効果である。
上告人は、上告人の第四回の準備書面の第九頁第二一行乃至同第一〇頁第五行で甲第四号証の一八を引用して次のように述べている。「引用例甲第四号証の一八には累乗係数が2以上5以下の整数である実施例を示し、その引用例の第五四頁右下欄第一三行から同第一七行で「これらの残留収差を高次の係数を使って補正しようとしても効果は薄く、その上、高次の係数の絶対値が大きくなり、作りづらいレンズとなってしまう。」および同第五五頁左上欄第三行から同第六行にも「またこれを高次の非球面係数を使って補正しようとしてもあまり効果はなく、高次の係数の絶対値が大きくなり作りづらいレンズとなってしまう。」
つまり、引用例に係る無限系レンズの発明者はi=2~5の実施例を示しているから、本願発明のようなレンズ、累乗係数をi=2~9のもの、すなわちi=6~9の高次の係数を使用するものは、
作りづらい上に収差の補正もままならないとするものである。
本願発明による有限系レンズを対象とするレンズは、一般的には無限系よりは設計が困難である有限系のレンズにおいて、引用例の記載に反して、十分に量産が可能なレンズを発明し、その結果市場で高い評価を受けているのである。
五、 レンズ系が簡単になりコストの低減、小型化に寄与できること
本願発明によるレンズはすでに述べたように、無限系レンズとは、全く光学系が異なる有限系のレンズである。
CDプレーヤーに利用する場合のレンズ系を比較すると、甲第一一号証に示されているように、引用例の無限系レンズはコリメータレンズと無限系レンズを必要とする。なおコリメータレンズは、一枚では球面収差がとれないので、通常二枚のガラスの貼り合わせレンズを用いているから合計三枚のレンズを必要とする。甲第一〇号証の図6.83、甲第一一号証の図6.85(a)、図6.86(a)にコリメータレンズとしての凸レンズと凹レンズの貼り合わせレンズが示されている。コリメータはこの応用例においては、レーザ光源(熱源でもある。)からの発散光を無収差の無限遠光に変換するため、球面収差を完全に補正せねばならないため、正負二枚のガラスレンズを必要とし、また温度変化による無限遠光の誤差の発生をなくするためプラスチックの非球面レンズを使用できないため、高屈折率の正、負二枚のガラスレンズが使われている。
これに対して、本願発明によるレンズは前記の性能を単一の有限系レンズで同等以上の光学特性を得ることができるものである。
これを単純にレンズ系のコストに着目して比較すると、無限系の場合のレンズのコストは
無限系レンズの単価+コリメータレンズ(二枚構成)の単価
+無限系レンズの枠および支持構造の単価
+コリメータレンズ(二枚構成)の枠および支持構造の単価の和となる。
有限系の場合のレンズのコストは有限系レンズの単価+有限系レンズの枠および支持構造の単価の和となり、有限系のレンズが有利であることは論を待たない。判決は「無限系レンズはコリメータを併用すれば有限系レンズとして使用できる」(原判決第二四丁第一四行乃至同第一五行)として、無限系レンズでは有限系レンズに比べて、コリメータを使用しなければならないことを認めた上で、「いずれで使用するかは単なる使用状態の差にすぎず」(原判決第一六丁第一一行乃至同第一二行)とする判断は当業者としては全く納得できない結論である。このように有限系レンズがコリメータの能力を併せ持つためには、有限系レンズの第一面に、光源からの発散光を無限光に変換するコリメータの機能および結像作用を与える強い集光能力を負担させ、第二面において、第一面によって生じた収差をも補正する能力を持たせているのである。これにより、従来の無限系レンズの問題を解決し、前述した経済的な効果を得ているのである。
次に、有限系レンズを使用する方が光学部品点数も少ないこと等の理由から、光学系の占有するスペースが少なく装置をコンパクトにまとめることができるのである。
携帯用の装置において有限系の良いレンズがあればそれを使用することが有利であることは明らかである。
すなわち、有限系大口径単レンズは、前記無限系レンズとコリメータレンズの組み合わせによる前記コストとスペースに関する問題を解決したものあり、解決しようとする技術的課題が、引用例とは異なるのである。有限系レンズは無限系のレンズとコリメータを使用するものと比較して、CDプレーヤーの部品点数を無限系に比べて圧倒的に少なくすることができるから、熾烈な値下げ競争とコンパクト化に寄与している。
以上のことから、本願発明の、発明の詳細な説明記載の効果が現実のものであることが理解できる。
以上