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最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)130号 判決 1998年6月25日

東京都町田市つくし野二丁目一六番地二

上告人

小岸和澄

鳥取県八頭郡郡家町大字郡家二三四番地

上告人

小岸和明

右両名訴訟代理人弁護士

古川景一

東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号

被上告人

北沢税務署長 町田宏

右指定代理人

山岡徳光

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行コ)第三六号課税処分取消請求事件について、同裁判所が平成九年二月二六日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人古川景一の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき、原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎)

(平成九年(行ツ)第一三〇号上告人小岸和澄外一名)

上告代理人古川景一の上告理由

第一点 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」(租税特別措置法第六九条の三第一項)は、その適用要件の一つとして「居住の用に供されていた宅地等」を掲げており、右文言は、使用目的・利用目的・使途が居住用であってこの目的に即して使用・利用が可能な状態におかれていた宅地等を意味するところ、個別事案毎に宅地が右要件に該当するか否かを判断する際、通常一般的には、居住用建物の存否とそこに居住していた事実の有無によって判断されるのが通例であるが、

大地震その他の自然災害による建物滅失、火災延焼による建物滅失、建て替え工事のための建物取り壊し、買い換え時の一時的仮住まい等の諸事情と、被相続人死亡の事実とが連続して発生することにより、相続開始時点において宅地上に土台や柱等の骨格構造を備えた建築中建物が存在せず、宅地が更地状態であることも往々にしてあり得るのであり、

かかる場合においては、土台や柱等の骨格構造を備えた建築中建物が存在せず更地状態であるからと言って、その事実だけで直ちに当該宅地が「居住の用に供されていた宅地等」の要件に該当しないと即断することはできないのであって、

こうした場合においては、当該宅地の形状や位置、当該土地を取得するに至った経緯、被相続人の年齢や社会的地位、被相続人の宅地所有の状況とりわけ所有箇所数、居住用の宅地を過去に所有していた事実の有無、居住用建物が相続開始時以前に滅失した経緯、相続開始時における居住用建物の必要性、当該土地の利用に関して建物建築業者との建物建築請負契約の有無やこれに基づく作業の進捗状況等の諸要素を、総合勘案した上で、当該宅地が法所定の、「居住の用に供されていた宅地等」との要件に該当するか否かを判断する必要があり、

原審において、控訴人は、右判断要素に即して具体的に、被相続人は六〇歳台前半の歯科医師でありその社会的地位と年齢に照らし特段の事情かない限り居住用の建物を自己所有するのが通例であること、被相続人は死亡に至るまで常時一箇所の宅地しか所有しておらず被相続人の死亡時において被相続人は本件宅地以外に土地を所有していなかったこと、本件宅地は住宅用宅地として造成済であり居住用のために使用するのが一般的であること、被相続人は旧自宅敷地を売却するのと同時に本件宅地を購入して買い換えを行なったものであること、被相続人が右買い換えを行なったのは、旧自宅建替工事に着手して旧自宅を取り壊した直後に、本人の癌罹患が判明して手術と長期入院療養を余儀なくされた上に、さらに妻が死亡するという不幸が重なったことから、退院後に子供夫婦と同居可能な住居を取得する必要があったためであること、被相続人の死亡前に本件宅地上に建設する建物について建築業者と請負契約が締結されて代金の支払も一部なされ、建築業者においては地盤強度調査を行ない、家族の構成と希望に即した設計図面が作成され、建物完成までの作業日程も確定させていたこと、被相続人の意識は死亡数日前まで明瞭であって、自らの意思と判断で諸契約に関与し、退院後に帰るための自宅の取得を希望し続けていたこと、被相続人の死後に従前の予定とおりに建物建築工事が完了していること等の事実を証拠に基づき摘示し、これらの事実を総合すれば当該宅地が「居住用建物の敷地として使用されることが外形的客観的に明らかになっている状態にあった」と主張していたのであるから、

原審においては、これらの事実について当事者の主張として事実摘示した上で、当事者間で争いのある事実については事実認定を行ない、それらの事実を総合勘案して当該土地が「居住の用に供されていた宅地等」の要件に該当するか否かを判断すべきであるにもかかわらず、

原判決は、右諸要素の多くについて、当事者の主張として事実摘示を行なわず、判決理由中で事実認定も行なわず、右諸要素に基づき「居住の用に供されていた宅地等」に該当するか否かを判断することをしないばかりか、

原判決は、「居住の用に供されていた宅地等」の要件の意味内容について、「少なくとも相続開始時に当該土地上において現実的に居住用建物の建築工事が着工され、当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが外形的・客観的に明らかになっている状態にあるといえることが必要である」との解釈を行ない、

原判決は、本件宅地について、居住用建物の建築工事が着手されていないことを理由に「居住用宅地として扱うことができない」との判断を下して、上告人の請求を棄却したものであるから、

右原判決には、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令違背、すなわち、租税特別措置法の前記条文についての解釈の誤り、経験則違反、審理不尽、理由不備の違法の誤りがあり、原判決は破棄を免れ得ない。

一 本件訴訟の争点の概要

1 原処分の存在とその基本的争点

(一) 亡小岸三男(以下「亡三男」という)は、平成三年五月二五日死亡し、その子である上告人小岸和澄(以下「上告人和澄」という)及び上告人小岸和明が亡三男の遺産を相続した(以下「本件相続」という)。

(二) 上告人両名は、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という)の申告をなしたが、その際、相続財産である東京都町田市つくし野二丁目所在の宅地二一七・一二平方メートル(以下「本件宅地」という)につき、次の二つの法条を適用して課税価格を算出した。

<1> 路線価による財産価額評価

(根拠法条) 相続税法第二二条、及び、これに基づく財産評価基本通達

(内容) 相続により取得した財産の価額は、相続発生時の時価によるものとされ、本件宅地の相続発生時の時価は「路線価」によって表示されている。

<2> 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」

(根拠法条) 租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの。以下「法」という)六九条の三第一項

(適用要件) 「居住の用に供されていた宅地等で………建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」

(効果) 居住の用に供されていた二〇〇平方メートルに該当する部分については、本件宅地の「路線価」に百分の五〇を乗じた金額が、相続税の課税価格に算入される。

(三) しかしながら、被上告人税務署長は、前掲(二)<2>記載の小規模宅地等についての本件特例の適用を受けるためには、「相続開始の時点で、当該土地上において、現実に居住用建物の建築工事が着手され、当該土地が居住用建物の敷地として利用されることが外形的、客観的に明らかになっている状態にあることを必要とすべきと解するべきである」(原審における被控訴人の平成八年一〇月一六日付準備書面第三項 五ないし六頁)と主張し、本件宅地については居住用建物の建築工事の着手がなされていないとして、右特例の適用を否認して、課税処分を行なった。

また、被上告人税務署長は、前掲(二)<1>記載の路線価による課税価格評価についても否認し、売買価格を基礎に課税価格の評価を行ない、課税処分を行なった。その理由は、本件宅地が「被相続人の居住の用に供されていた土地」(法第六九条の四第二項括弧書)に該当せず、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法六九条の四第一項)が適用されるので、路線価による財産価額の算定は排除され、売買価格を基礎に財産価額を算定するというものであった。

(四) 上告人両名は、被上告人税務署長による右課税処分を不服としてその取消を求め、行政不服審査手続を経て、訴訟提起に至ったものである。

2 各特例の立法趣旨との関係

(一) 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の制度の立法趣旨は、「事業又は居住の用に供されていた宅地のうち最小限必要な部分については、相続人の生活基盤維持のため欠くことのできないものであって、その処分について相当の制約を受けるのが通常である。このような処分に制約のある財産について通常の取引価格を基とする評価額をそのまま適用することは、必ずしも実情に合致しない向きがあるので、これについて評価上、所要のしんしゃくを加えることとしたものである。」(乙一三七〇ないし三七一頁)とされている。

すなわち、地価高騰の状況下で、小規模宅地への相続税課税を軽減し、相続人に必要な最小限の宅地を維持できるようにするための制度である。

(二) これに対し、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」は、昭和六三年一二月の税制改正により創設されたものであり、不動産価格の急騰に伴い、不動産の課税価格と取得価格とが垂離し、その差が大きくなったことを利用した負担回避問題、すなわち、相続税を軽減する目的で現金、預貯金、有価証券等を不動産に買い換える問題が顕著となったため、これを抑制し、節税効果を減殺するために制定された制度である。

すなわち、これは、いわゆるバブルによる地価高騰を利用して相続税の「節税」を図ろうとした者に対する重課税の制度である。

3 原審における控訴人の事実主張と原判決の事実摘示・事実認定との関係

原審において、控訴人は、次の(一)ないし(一六)の事実経過を詳細に主張し、これらの事実を総合勘案すれば、本件宅地は法所定の要件すなわち「居住の用に供されていた宅地」及び「建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」に該当すると主張した。

しかし、原判決は、そのうちの(一)ないし(四)、(七)、(八)、(一一)、(一五)、(一六)で指摘した事実の大半について、事実摘示から除外し、判断も行なわなかった。その詳細は、次の各項の括弧書に示すとおりである。

(一) 亡三男は、昭和二年生まれであり、歯科医師の資格を有し、世田谷区大原にて、自宅兼歯科医院用の建物(以下「旧自宅」という)を所有していたものである。旧自宅の敷地(以下「旧自宅敷地」という)は、昭和三二年六月七日、交換により取得されたものであり、その実測面積は、宅地部分二〇五・六九平方メートル、私道部分四一・一六平方メートルであった。亡三男は、これ以降死亡に至るまでの間、どの時点においても、宅地を一箇所しか所有していない。

(原判決が引用する第一審判決は、その一四頁六行目以下で、亡三男が旧自宅敷地を所有していた事実のみを当事者の主張として事実摘示し、これについて争いのない事実として整理している。原判決が引用する第一審判決は、その二二頁二行目で、亡三男が「歯科診療所兼居宅」を所有していた事実は認定しているが、亡三男が歯科医であった事実については、触れていない。原判決が事実摘示を行なわなかった事実のうち、特に、亡三男の年齢と職業に関する事実、及び、昭和三二年以降常時宅地を一箇所しか所有していなかった事実は、本件宅地の用途を検討する上で重要な事実であるが、原判決では、この点について、事実摘示に掲げず、事実認定も行なっていない。)

(控訴人主張の右事実を裏付けるものとして、甲四の一ないし四 登記簿謄本、甲七の一 売買契約書、甲二二の二 除票、甲二七の一ないし三 写真が存在する。)。

(二) 亡三男は、旧自宅を一旦取り壊して、ここに歯科医院兼自宅の建物を新規に建築することを企画し、当該建築工事を訴外木下工務店に請け負わせることとし、平成二年一月二四日同社に建築工事請負契約金三〇万円を支払い、同年二月二八日には請負工事契約を正式に締結した。

(原判決が引用する第一審判決は、その二二頁二行目以下で、「旧自宅敷地上の老朽化した建物の立替を計画していた」との事実認定を行なっているだけである。「計画していた」というだけでは、頭の中で漠然と考えていただけなのか、より具体化して契約締結まで至っていたのかが不明である。請負契約を締結していた事実は、新たに居住用建物を新築して取得する予定であったことを示す重要な間接事実である。しかし、この点について、原判決は当時者の主張として事実摘示をせず、事実認定も行なっていない。)

(控訴人主張の右事実を裏付けるものとして、甲六の一 契約書、甲三四 契約書写し、が存在する。)

(三) 右請負契約締結の時点で、亡三男は、体の不調を覚え、寺田医院にて「感冒、喘息性気管支炎、右肋間神経痛」と診断されているが、重篤な疾病に罹患しているとは、全く想像できない状況であった。亡三男は、更に体の不調を覚え、平成二年四月二日には、背部から腰部の疼痛を訴えて山崎整形外科で受診した。その後、同年四月一六日から吉川内科病院に入院した。診断名は「胸膜炎、肋間神経痛、気管支喘息」であった。

吉川内科病院に入院中の四月二五日には、建設予定の建物について、世田谷区長より住宅設計審査合格通知が発せられた。そして、前記訴外木下工務店は、前記請負工事契約に基づき、平成二年五月九日から同月二四日の期間に建物解体工事を行なった。

そのため、亡三男(入院中)とその妻は、右解体工時開始前に、世田谷区大原所在の仮住まいに転居した。

(本件の争点は本件宅地が「居住用宅地」か否かという点にあるのであるから、旧自宅が取り壊されて、仮住まいをするに至った経緯は、重義な間接事実の筈である。

原告が右主張を行なったことは、原判決が引用する第一審判決の一五頁九行目以下で、簡単に三行分に要約して事実摘示がきれており、これについて、被告が不知と述べた旨の記載もある。

しかし、これについての事実認定は、極めて曖昧である。原判決、及び、原判決が引用する第一審判決は、いずれも、「体調を崩して入院」「病気」「死亡」という抽象的な事実認定をしているだけであって、その後に判明する「癌」についても、判決理由の事実認定では全く触れられていない。さらに、旧自宅が取り壊わきれた事実についても、原判決が引用する第一審判決の二二頁一一行目以下で「旧自宅敷地を売却した時点では、老朽化した亡三男の自宅は既に取り壊されており」と、取壊後一一カ月も経過した時点での旧自宅敷地の状況として事実認定をしているだけであって、その経緯については全く触れられていないのである。)

(控訴人主張の右事実を裏付けるものとして、甲二三 診断書写し、甲二四 診断書、甲二五の一 傷病手当金請求書の右下の医師意見欄、甲六の二 通知書、甲二六の一 質問書、甲二六の二 木下工務店からの回答書、甲二七 仮住まいの住所を示す郵便物、が存在する。)

(四) 建物取り壊し直後の、平成二年五月二九日、亡三男は、東邦大学医学部附厩大橋病院に入院し、前立腺癌による骨転移と診断された。同年六月二二日、手術(除睾術)がなされた。

亡三男に対しては、死亡に至るまで癌の告知はなされなかったが、長期入院となる見込みであったため、木下工務店による建物建設の着手は、見合わされ、その後、建物建築を取りやめることとなった。最終的に、平成二年九月一九日、木下工務店に対し、請負契約解除に伴う精算金の支払がなされ、契約は解除された。

(原判決の引用する第一審判決では、その二二頁三行目以下に「平成二年六月体調を崩して入院し」「右計画(注 建替えの計画)を取りやめ」たとの記載があるだけである。「癌」という重篤な疾病の発見は、本人に対する告知の有無にかかわらず、亡三男と家族の人生設計に重大な影響を及ぼすものであり、住宅に関する計画にも大きな影響を及ぼすが、原判決では、この事実について全く触れていない。また、建物建替のために旧自宅を解体した後に、請負工事契約の解除をせざるを得なくなったことについても、触れていない。)

(控訴人主張の右事実を裏付けるものとして、甲二五の二 傷病手当金請求書、甲二〇 死亡診断書、甲六の四 契約解除申入書、甲六の五 精算金領収証、甲三六の二 回答書が存在する。)

(五) 請負契約解除から一カ月も経過しない平成二年一〇月一四日、亡三男の妻が突然死亡した(原判決の引用する第一審判決書の二二頁四行目以下)。

(六) 右事情から、亡三男は、上告人和澄と話し合ったうえ、上告人和澄が歯科医を開業している東京都町田市に住宅を新築して上告人和澄一家と同居することとした(原判決が引用する第一審判決二二頁四行目以下)。

(七) 亡三男が右決断をした時点において、上告人和澄は、三五歳であり、居住用建物を所有しておらず、3DKのマンションを貸借していたのであるから、亡三男が上告人和澄の家族と同居するためには、上告人和澄の通勤をも考慮して、亡三男が居住用建物を新たに取得する必要があった。

(上告人和澄は、亡三男と同居できる住居を所有しておらず、貸借もしていなかった。この事実は、本件宅地の用途を客観的に明らかにする上で、重要な間接事実であるが、原判決は、この点について一切事実摘示も事実認定も行なっていない。)

(右事実は、第一審における原告本人尋問速記録一二一ないし一二三項によって、明らかである。)

(八) 亡三男の意識レベルは、後記の建物建築請負工事契約締結当日である平成三年五月二三日の時点まで、低下することかなかった。それまで、亡三男は、会話ができ、見当識障害もない状態であり、十分な判断能力を有していた。カルテにも退院後の住居を巡る不安を口にした旨の記載がある。そして、亡三男は、入院中のため外出は制限されていたが、それでも、旧自宅敷地を売却することに伴う税務処理について税理士を病院に招いて直接相談をしたり、また、売却のための媒介契約書に自署押印したりする等していた。

(本件宅地が居住用であるか否かを判断する上で、被相続人本人の意思も判断要素の一つである。特に、重篤な疾病で本人の意識レベルが低下している場合には、本人の意思によらずにその家族が采配を振るうことが往々にしてある。本人の意思や判断によらずに買い換えや建て替えが企図された可能性がある場合には、慎重な判断が要求されて当然である。

しかし、本件の場合は、被相続人本人の意識が明瞭であり、その意思と判断に基づき買い換えのなされたことが明らかであった。

しかるに、原判決は右事実について一切事実摘示も事実認定も行なっていない。そればかりか、原判決が引用する第一審判決の二二頁六行目以下には「旧自宅敷地の売却及び町田市内の適当な宅地の購入を原告和澄に委ね」との記載があり、亡三男の意思と判断を軽視している。)

(右事実は、甲三六の二 病院の回答書、甲三六の三ないし九 カルテ及び看護記録、甲三八 一般媒介契約書、甲二九の一 岩崎亨の手紙、甲三〇の一ないし三 三浦税理士の報告書と添付資料、甲三一三浦税理士の追加報告書、によって明らかである。)

(九) 亡三男は、平成三年四月二六日、旧自宅敷地を売却し、同日、「いわばその買換えとして」本件宅地を購入した(原判決善一一丁表一行目以下)。

(一〇) 本件宅地には、<1>本件宅地と外周の公道との牆壁、<2>上水道の給水管と量水器、<3>下水管と下水用マス、<4>ガス管の引込管、<5>雨水処理用のU字溝とマス、<6>本件宅地内の駐車スペースと建物敷地用地との間の階段等の各施設・設備が設置されており、これらの施設・設備は宅地分譲業者が宅地造成過程において設置したものであった(原判決書一三丁裏一行目以下、同七行目以下)。

(一一) 旧自宅敷地の売却代金と土地面積、及び、買い換えで取得した本件宅地の購入価格と面積は、次のとおりであった。

【代金】 【実測面積】

旧自宅敷地 二億六七〇〇万円 宅地二〇五・六九平方メートル

私道 四一・一六平方メートル

本件宅地 一億八九〇〇万円 宅地二一七・一二平方メートル

(右事実は、本件宅地の取得目的を明らかにする上で重要な事項である。なぜなら、自宅敷地売却代金と本件宅地取得価格との差額が約八〇〇〇万円あり、売却に伴う譲渡所得税を支払った上で残金を建物建築代金に当てる意向であったことが窺え、また、現金預金等を不動産に換えて「節税行為」を図ろうとするのではなく、逆に現金預金を生み出しているからである。しかるに、原判決では、その引用する第一審判決の一〇頁二行目で本件宅地の取得価格について、抗弁事実とし、て摘示した上で争いのない事実として整理しているものの、その、余の事実については、事実摘示も事実認定もしていない。)

(一二) 亡三男は、平成三年五月六日に、住友林業に対し建築工事申込をなし、申込金一〇万円を支払った。その前後の事実関係について、原判決書は、控訴人らが控訴審において以下の事実主張をしたとの事実整理を行なっている。

「既にその前の四月二一日に住友林業からは、亡三男が本件宅地を購入のうえ建物を建築することを予定した『配置図・案内図』、『敷地図』、『建物配置図』(縮尺百分の一)が控訴人和澄に交付されていた。そして、五月六日の建築工事申込のすぐ後の同月一〇日、敷地調査が実施された。この敷地調査の際には、地盤調査も行なわれ、スエーデン式サウンディング試験機を用いて土の貫入抵抗の測定がなされ、二・七五メートルの深さまで貫入させて調査がなされた(甲第三二号証)。」(原判決書三丁表六行目以下)

「住友林業は、五月一六日、前記敷地及び地盤調査についての報告書を作成、交付し、建物建築上の障害かないことを確認した。そして、五月二一日には仮契約金として二〇六万円(印紙代二万円を含む)が支払われ、同月二三日には本件建物の工事請負契約が締結された。なお、工事請負契約書に添付された『仕上・仕様書NO1」では、共用室と個室が区別され、亡三男が一階の和室Aを使用し、控訴人和澄の家族と同居する予定であることが明らかとなっており、同じく添付さ、れた『仕上・仕様書NO2』では、給排水・衛生設備の項に『浴槽L字型壁付手摺』の記載があるが、老人が風呂に入るときに転ばないようにするための施設であり、これによっても同居予定であることば明らかであった。なお、右工事請負契約にあたり、また五〇分の一の図面は作成きれていなかったが、住友林業においては、五〇分の一の図面を作成せずに契約締結をすることは、内部稟議の際の『契約締結状況』の『C類型』として定型的に扱われていたものであって(乙第六号証本文五枚目参照)、通常の契約締結様式である。そして、右にみたように、一〇〇分の一の図面であっても、亡三男と控訴人和澄が同居することを予定して、和室Aに仏壇置場を備えたり、風呂に手摺を、設けたりする等の個別事情を考慮した手が加わっており、『標準仕様』と言い切ることはできない。」(原判決書三丁裏一行目以下)。

原判決は、控訴人主張の右事実につき、逐一事実認定は行なっていないが、

「当裁判所も控訴人ら主張のような敷地調査や地盤調査が行なわれ、その関係報告書が存在し、請負契約が締結され、建物建築のための作業が無理なく迅速に進められていた事実を考慮しても」(原判決書一二丁六行目)と判示しており、控訴人主張の右各事実を概ね認めることを前提とした判断を行なっている。

(なお、控訴人主張の前記事実は、甲一〇の一 申込書、甲一〇の二 領収証、甲一一 敷地調査報告書、甲一二 領収証、甲一三 契約書 添付 図番4「仕上・仕様書No.1」及び図番4「仕上・仕様書No.2」の「Ⅵ設備仕様」「1 給排水・衛生設備」、甲三二地盤調査報告書により、明らかである。)

(一三) 亡三男及び上告人和燈は、平成三年五月二三日、住友林業との間において、本件建物の工事請負契約(代金四五九九万九八〇〇円)を締結した。

(原判決が引用する第一審判決二三頁二行目)

(一四) 亡三男は、右契約日から意識レベルが低下し(前掲(ハ)記載のとおり)、二日後の五月二五日癌により死亡した。

(一五) 亡三男死亡前の工事請負契約締結時点での作業進行予定と、亡三男死亡後の現実の作業進捗結果との関係は、次のとおりであった。

【契約締結時の予定】 【現実の結果】

確認申請 五月三〇日提出予定 七月一一日

六月二〇日許可予定(*) 八月七日

本体工事 八月一五日着工予定 八月一一日

二月一五日引渡予定(*) 二月一三日

(右事実のうち、*印を付した以外の事実については、原判決が引用する第一審判決二三頁七行目以下で事実認定がなされている。しかし、*印を付した事実については、原判決は事実摘示及び事実認定を行なっていない。亡三男が締結した工事請負契約では確認申諸の許可予定日について余裕があった。このため、亡三男の死去により確認申請手続が遅れたものの、本体工事の着工と引渡については本来の予定とおり進行させることができた。これをみれば、亡三男の契約意思に基づき、生前の予定どおりに建物が建設されるに至ったことが明らかなのである。このことは、生前に締結された工事請負契約が実体を伴った確実なものであったことを示す重要な間接事実である。)

(前記の事実については、乙六 三嶽からの聴取書添付別添3の内部稟議書、乙八 回答書、乙九 証明書によって、明らかである。)

(一六) 原処分庁は、本件宅地について、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の適用を否認するだけでなく、さらに、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」を適用して、原処分を行ない、七一一七万円もの高額な相続税を課した。上告人らには、現金による相続税支払能力がない。このため、上告人和澄は本件宅地による物納の手続を行なった。本件における控訴人の主張が斥けられた場合には、物納による所有権移転が確定する。これにより、相続財産中の唯一の不動産でありかつまた小規模な宅地に過ぎない本件宅地の所有権は相続税支払いのために国庫に帰属することになる。この場合、国は本件宅地の底地権を取得するのと引換えに、上告人に三〇〇〇万円を超える精算金の支払を行なう。国は、本件宅地の課税価格を高く評価したため、相続税額との差額の精算をしなければならないのである。国家財政の危機の折に、国が本件宅地の底地権を取得して上告人に三〇〇〇万円を超える金銭を支払うことは、健全な市民常識に照らして合理桂を見出すことができない。

(右事実は、本件課税処分の合理性を疑わせる重要な間接事実であるが、原判決は事実摘示をせず、事実認定も一切行なっていない。)

(本件課税処分が維持され、相続税物納申請が許可された場合に、国が上告人に対し三〇〇〇万円を超える精算金を支払うことについて、原審における被控訴人税務署長は、その平成八年一二月四日付準備書面第三項の三の尚書き部分で肯定している。)

4 法解釈を巡る基本的争点

(一) 「居住の用に供されていた」の要件について

(1) 被上告人税務署長は、各特例所定の「居住の用に供されていた」との要件の意味内容について少なくとも相続開始時点において『居住用建物』が建築中であることが必要であると主張し、本件宅地については、相続開始時点において更地であったとの理由で「居住の用に供されていた」との要件に該当しない旨を主張し、原処分を行なった。

原判決も、原処分庁の右法解釈及び本件宅地に関する判断を正当とした

(2) 原審において、控訴人は、もし仮に、相続開始時点において『居住用建物』が建築中であることが必要であるとの被上告人税務署長の主張を前提としても、本件の場合、地盤強度調査のために、宅地の深さ二・七五メートルまでのボーリング調査がなされた時点で、建築工事の着工があったとみるべきである旨を主張した。

しかし、原判決は、「建築工事の着手に先立つ準備調査と呼ぶべき程度のもの」であると判示して、控訴人の右主張を排斥した(原判決善一三丁表一行目以下)。

(二) 「構築物の敷地の用に供されている」の要件について

控訴審において、控訴人は、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の要件は「居住の用に供されていた宅地等で…………建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」であり、本件宅地には牆壁、ガス管、上水道、下水道、排水溝、階段等の構築物が存在し、その用に供せられている旨主張した。

しかし、原判決は、「これらの設備等は、本件宅地の宅地分譲業者が宅地造成過程において設置したものであり、、構築物として独立の効用を有するものでもなく、同種の分譲用宅地に関しても一般的に敷設されていることの多い性質のものであるから、これらの施設の存在をもって本件宅地が本件特例の適用対象となる『構築物の敷地』となっているとみることは困難である」と判示して(原判決書一三丁裏七行目以下)、控訴人の主張を排斥した。

二 「居住の用に供されていた宅地」の趣旨、意味内容について

1 条文の内容と趣旨、意味内容

(一) 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の条文に存在する「居住の用に供されていた宅地」との文言の意味内容が本件における第一の争点である。

(二) 『……の用に供する』という言葉は、次の如く様々に使われる。

<1> 利用目的、使用目的、使途、用途を示すと同時に、利用・使用が可能な状態におかれていることを意味する場合

(例)閲覧の用に供する。事業の用に供する。居住の用に供する。祝祭の用に供する。避難民援護の用に供する。

<2> 利用主体、使用主体を示す場合

(例)公衆の用に供する。

<3> 現実の利用形態、使用形態を示す場合

(例)道路の用に供する。公園の用に供する。建物の敷地の用に供する。構築物の敷地の用に供する。

条文中の「居住の用に供されていた宅地」との用語方法は、右<1>の用語例すなわち利用目的、使用目的、使途、用途を示すと同時に、利用・使用が可能な状態におかれていることを意味する場合に該当し、『……のために、役に立つようにする』『……のために使えるようにする』という意味である。『閲覧の用に供する』という言葉を例に挙げれば、『閲覧できる状態にしておく』という意味であり『現実に閲覧させている』場合に限定した意味を有するのではない。本件特例の条文にある「居住の用に供されていた宅地」という文言も、「居住のために、役に立つようにされていた宅地」「居住のために、使えるようにされていた宅地」を意味するのであって、現に居住して使っていた場合だけに限定されるのではない。

しかるに、原判決が引用する第一審判決は、「本特例が適用される居住用宅地は、相続開始直前において、被相続人等が現に居住の用に供していた宅地を意味」(原判決書二六頁七行目以下、傍線は上告人)すると判示した。この解釈は、「用に供する」という言葉の意味内容について、前記の<3>の用語例(現実の利用・形態、使用形態を示す場合)と混同、誤解しているのである。

原判決が引用する第一審判決は、「居住の用に供されていた宅地」という条文の文言の意味内容について、通常の国語解釈(利用目的、使用目的、使途、用途を示し、利用・使用可能な状態におくこと)から離れて、制限的かつ限定的な解釈(現実の利用形態、使用形態を示していること)を行なったのであるが、かかる解釈の根拠は全く示されていない。そして、このように制限的かつ限定的に解釈すべき合理的理由は皆無である。

(三) さらに条文の構造にも着目する必要がある。

条文の該当個所の文言は、「事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等で大蔵省令で定める建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」である。

もし、仮に、この条文が、「事業の用に供されていた宅地等であって大蔵省令で定める建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの、又は、居住の用に供されていた宅地等であって大蔵省令で定める建物の敷地の用に供されているもの」なのであれば、居住用宅地の場合には、構築物の存在だけでは足りず建物の存在が必須要件となるから、原判決のような解釈を行なう余地も生じてくる。

しかし、現実に存在する条文では、居住用宅地であって、建物が存在せず構築物の敷地となっている場合でも、要件を充たすこととされているのであり、建物の存在は必須要件ではないのである。

しかるに、原判決は、条文上の何の根拠もなく、建物の存在に拘泥する誤りを犯し、この誤りに起因して、「建築工事に着手していない場合は単なる建築予定地でしかなく(…………)、これを居住用宅地として扱うことはできない」(原判決が引用する第一審判決二八頁五行目以下)と判示したのである。

(四) これに加えて、さらに、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」によって、課税価格軽減の扱いを受けることができる相続財産は何かという点についても着目する必要がある。

「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」により相続税が軽減されるのは、条文上『宅地』に限定されており、『建物』を全く含まないのである。もう一つの「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」の適用対象が『土地』と『建物』であるのとは、異なる。

「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」は、その適用対象に『建物』を含まず、『土地』のみを適用対象としているのであり、これは、土地価格の急騰に対処するためという立法目的に照らしても当然のことであった。

したがって、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」は、その立法目的、及び、軽減の対象に照らしても、『建物』の存在を絶対的に必要と解すべき構造になってはいないのである。

であるからこそ、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」は、『建物』が存在せずアスファルト舗装されただけの有料自転車置場にも適用されるのである。(甲三九 大蔵省の通達「平成元年五月八日直資二―二〇八」の「六九の三―四」に関する解説4・5 参照)。

したがって、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」は、事業用宅地と居住用宅地の両方を対象としており、事業用宅地の場合には、建物の存在を絶対必要条件としてはいないのであるから、居住用宅地の場合についても、建物の存在を絶対必要条件と解すべき理由はないことになる。

(五) よって、『建物』又は『建築中の建物』が存在しなければ「居住の用に供されていた宅地」に該当しないとの原判決の条文解釈が誤りであることは、明らかである。

2 法律の条文と大蔵省の通達との関係

(一) そもそも、第一審における原告の主張は、本件宅地が大蔵省の通達の基準に適合するというものであった。すなわち、大蔵省の通達である平成元年五月八日直資二―二〇八「租税特別措置法(相続税法の特例のうち農地等に係る納税猶予の特例及び延納の特例以外)の取扱について」の中に「居住用建物の建築中に相続が発生した場合」に関する「六九の三―七」(以下「本件通達」という)が存在し、この通達は、標題のように居住用建物の建築中に相続が発生した場合についての扱いを定めており、本件宅地はこの通達でいう「居住用建物の建築中」に該当するというのが、第一審原告の主張であった。

原審に至って、控訴人は、従前の第一審原告の右主張が誤りであったとして、その主張を全面的に再構成した。その主張の骨格は、次のとおりであった。

<1> 被控訴人税務署長は、本件宅地が本件通達所定の「居住用建物の建築中」との要件に該当しないとの理由で、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の適用を否認して原処分を行なった。

<2> しかしながら、そもそも本件通達は、「居住用建物の建築中に相続が発生した場合」の扱いを定めたものにすぎず、建物が未完成の場合の一般的解釈基準、一般的判定基準を定めたものではない。

<3> よって、建物の土台の工事も始まっていない本件宅地について、本件通達を無理矢理当てはめる必要はなく、本件宅地が法の条文所定の要件を充足しているか否かについては、本件通達とは無関係に判断すべきであった。

<4> 第一審で、原告が『本件宅地が本件通達に適合する』との主張を行なっていたのは、法律より通達を優先させている原処分庁と同じ誤りに陥っていたものである。

右の主張変更の経緯によっても明らかなように、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の条文に明記されている適用要件である「居住の用に供されていた宅地」という文言の意味内容を明らにすることと、本件通達の構造、趣旨及び射程距離を明らかにすることとは、A一枚のコインの裏と表の関係ともいうべき、密接不可分な問題であった。

(二) 被控訴人税務署長は、原審において、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」に関する租税措置法の条文とこれに関する本件通達との関係について、次のとおり主張した。

「本件特例は、当該宅地を敷地とする建物が現に存在し、これを居住用として使用している場合を本来予定しているところ、本件通達により、例外的に、…………拡張して適用される。」「例外的に本件特例が適用されるのは、相続開始の時点で居住用建物が建築中の場合に限られる。」

(平成八年一二月二六日付準備書面四頁一二行目以下)

原判決が引用する第一審判決も、「本件特例が適用される居住用宅地は、相続開始直前に現に居住の用に供していた宅地を意味し、」(二六頁七行目以下)と判示し、また、「相続開始時には建築途上にあった居住用建物の敷地を一定の条件のもとで居住用宅地として扱うものとした本件通達」(二七頁五行目以下)と判示し、もって、原審における被控訴人税務署長の主張と同様に、法の定めでは本来なら建物が現に存在してこれを使用している場合でなければ特例の適用はないが、通達によって、建物が現に存在していなくとも、これを拡張適用する「扱い」がなされている、との解釈を示したのである。

(三) 原処分庁の右主張、及び、原判決が引用する第一審判決の判断は、いずれも、租税法律主義から逸脱するものであり、誤りである。

そもそも、租税法律主義の下では、法によって行政に委任されていない事項については、行政通達によって法の適用範囲を勝手に「拡張」することはできない。また、本来なら法の適用範囲外であるものを、行政通達によって法の規定に適合するものと勝手に「扱う」ことも、許されない。

原判決の判示は、租税法律主義から著しく逸脱するものである。なぜ、このような逸脱に至ったのか。それは、法の条文にある「居住の用に供されていた宅地」という文言の意味内容を、通常の国語辞典に掲載されている常識的な意味内容ではなく、限定的、制限的に解したためである。その結果として、一旦条文の適用範囲から排除された筈のものが、通達により救済されるという論理構成にならざるを得なくなったのである。

(四) さらに、原処分庁の前記主張、及び、原判決が引用する第一審判決の前記の判示は、本件通達を含む通達全体の構成及び本件通達の標題と内容に照らしても、失当であるといわねばならない。その理由は次のとおりである。

(1) そもそも、前記の平成元年五月八日直資二―二〇八「租税特別措置法(相続税法の特例のうち農地等に係る納税猶予の特例及び延納の特例以外)の取扱について」と題する通達全体の中で、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」(法六九条の三関係)に関する項目の標題は次のとおりであり、次の順序で配列されている。

六九の三―一 貸し付けられていた建物の敷地が事業用宅地等に当たるかとうかの判定

六九の三―二 建物の敷地として貸し付けられていた宅地等が事業用宅地等に当たるかどうかの判定

六九の三―三 貸家の敷地と貸宅地等の双方がある場合

六九の三―四 有料駐車場等の用に供されていた宅地等

六九の三―五 使用人の寄宿舎等の敷地

六九の三―六 同族会社の事業の用に供されていた宅地等

六九の三―七 居住用建物の建築中に相続が発生した場合【本件通達】

右のことき、通達の標題の付け方、及び、配列の仕方に照らして、右の各通達は、事案毎・事例毎に解釈指針を示すものに過ぎないこどが、明らかである。

(2) そして、本件通達は、その標題にもあるとおり「居住用建物の建築中に相続が発生した場合」の取扱について、大蔵省本省が指示を発したものにすぎないのである。

より具体的に言うなら、もしも、仮に、居住用建物が未完成の場合において宅地が居住用宅地に当たるか否かを判定するために一般的な判断基準・判定基準を示すために、通達が発せられているのであるならば、その通達の標題は、前記の六九の三―一の通達と同様に「………に当たるかどうかの判定」ときれている筈であるが、本件通達にこれに類する標題は付けられていないのである。

そして、居住用建物未完成の場合に宅地が「居住の用に供されていた宅地」に該当するか否かを判定するための、一般的解釈基準や判定基準を呈示している通達は、存在しないのである。

(五) 以上をまとめれば、本件通達は、「居住用建物の建築中に相続が発生した場合」の取扱についての行政解釈を示したものにすぎない。本件通達は、居住用建物が未完成の場合に、当該敷地が居住用の宅地に該当するか否かを判定するための、一般的な判断基準・判定基準を呈示したものではない。

そして、原処分庁の主張及び原判決の判断に示されているように、条文中の「居住の用に供されていた宅地」という文言の意味を国語的一般的な理解からかけ離れて限定解釈した上で、その限定解釈に従えば法適用から除外されることになる筈のものを、行政通達で「拡張」して法を適用することとしたり、これを行政通達で「居住用宅地として扱う」ことは、法律と通達の上下関係を逆転させるものであり、租税法律主義に反する。

原判決は、租税法律主義を強調しておきながら、その論述においては、法によって定められた筈の法適用範囲を通達によって拡張することとしている。かかる論理は、租税法律主義と相容れないものである。かかる論理矛盾に陥ったのは、条文にある「居住の用に供されていた宅地」という文言の意味を、国語の常識に基づく経験則からかけ離れて限定解釈したことに起因するのである。

よって、租税法律主義を貫徹し、法と行政通達との関係について正常な解釈を行なうためにも、「居住の用に供されていた宅地」という文言の意味、趣旨を、日常の国語解釈と経験則に即したものにする必要がある。建物もしくは建築中の建物の存在に拘泥することなく、更地の場合でも「居住の用に供されていた宅地」、と言える場合があり得ることを、肯定すべきなのである。

3 更地であっても「居住の用に供されていた宅地」が現実に存在すること

大地震その他の自然災害による建物滅失、火災延焼による建物滅失、建て替え工事のための建物取り壊し、買い換え時の一時的仮住まい等の諸事情により、相続開始時点において、土台や柱等の骨格構造を備えた建築中建物が存在せず、宅地が更地状態であることは、往々にしてあり得る。かかる場合においては、建築中の建物が存在せず更地状態であるからと言って、直ちに当該宅地が「居住の用に供されていた宅地等」の要件に該当しないと即断することはできない。この点について以下論じる。

(一) 原審において、控訴人は、阪神淡路大震災の例を挙げて論じた。すなわち、例として、自己の居住の目的で土地付建物を取得して居住を開始した直後、阪神淡路大震災で建物が全壊し、避難生活を開始して二年後に死亡し、死亡するまでの期間中建物の再建築を検討していたが、区画整理事業の関係上着工に至っていなかった場合を、挙げた。

この例について、原処分庁の論理、及び、第一審判決の論理を適用すれば、当該宅地は「居住の用に供されていた宅地」として扱われず、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の適用が否認されるばかりか、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」が適用され、重い相続税を課すことになることを指摘した。

(二) 原審において、被控訴人税務署長は右論点に対する答弁を一切行なわなかった。

被控訴人税務署長の主張に照らせば、右設例の当該宅地は、税務署によって「居住の用に供されていた宅地」として扱われず、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の適用が否認されるばかりか、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」が適用され、重い相続税を課されることとなるのが必定である。

この結論の不合理性は余りに明白である。そのため、被控訴人は答弁を一切回避したのである。

(三) すでに論じたとおり、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の対象は、『宅地』であって、『建物』ではない。

大地震その他の自然災害、建替え工事のための建物取り壊し、買い換え時の一時的仮住まい、その他の事情により『建物』が存在せず、『宅地』が更地となっていることは往々にしてあり得る。

そのような場合に、更地であるというだけの理由で「居住の用に供されていた宅地」に該当しないと即断することは、立法趣旨(土地価格高騰の下で、宅地だけを対象に、事業用または居住用の宅地の一定の面積までの部分について、課税評価額を軽減すること)から逸脱した解釈であると言わざるを得ない。

そればかりか、偶然の不幸な事態により隅々『建物』が存在せず、更地であるというだけの理由で「小規模宅地などにづいての相続税の課税価格の計算の特例」を受けられないというのでは、正義や公平の理念に反する結果となるのである。

4 「居住の用に供されていた宅地」に該当するか否かについての判断要素

(一) 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」は、相続税の課税価格を軽減し、もって、相続税額を軽減する制度であるから、その制度の適用に当たっては、租税負担回避等の不公正な行為に悪用されたり、納税者間の不公平を招くようなことがあってはならないのは当然のことである。

(二) もしも、仮に、原処分庁の主張、及び、原判決の判示のように、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の適用要件たる(住居の用に供されていた宅地」と認めるためには、居住用建物の存在と現に居住していることを原則とし、この原則を充たさない場合においては、『建築中の建物』が相続開始時に存在するならば、本来の場合に準じて扱うという『画一的統一基準』による行政運用がなされたと仮定してみた場合、この判定基準は、一見すると、明快で公正かつ公平らしそうに見える。

しかし、その実態は、公正さも公平さも欠如した行政運用となるのである。

既に論じたように、駅前の一等地で有料自転車置場を経営する資産家は、当該土地にアスファルト舗装をしておきさえすれば、この土地について「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」による相続税軽薄の恩恵を受けることができる。これに対し、地震や延焼被害その他これに類する事情により住居を失った庶民は、建物建築のためにどのように奔走し、建築計画がどのように具体化していようと、『建築中の建物』が相続開始時に存在しないというだけの理由で、同じ特例の適用を受けられないことになるのである。これでは、あまりに不公正かつ不公平である。

法はこのような不合理極まりない差別取扱を想定してはいない。

(三) 法は「居住の用に供されていた宅地」を適用要件としている。通常一般的には、居住用建物が存在してこれに居住している場合が多く、この宅地について、「居住の用に供されていた宅地」と認定されることが多いであろう。しかし、だからと言って、居住用建物が存在してこれに居住していなければ、「居住の用に供されていた宅地」と認められないということにはならない。

『居住用建物』またはこれに準じた『建築中の建物』が相続開始時に存在しない場合でも、「居住の用に供されていた宅地」はあり得る。

かような場合に、個別事案毎に、「居住の用に供されていた宅地」に該当するか否かを判断するためには、当該宅地の形状や位置、当該土地を取得するに至った経緯、被相続人の年齢や社会的地位、被相続人の宅地所有の状況とりわけ所有個所数、居住用の宅地を過去に所有していた事実の有無、住居用建物が相続開始時以前に滅失した経緯、相続開始時における居住用建物の必要性、当該土地の利用に関して建物建築業者との建物建築請負契約の有無やこれに基づく作業の進捗状況等の諸要素を、総合勘案した上で、相続開始時点で「当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが客観的・外形的に明らかになっている状態」(原判決が引用する第一審判決二八頁一行目以下)か否かを判断し、もって、当該宅地が法所定の「居住の用に供されていた宅地等」との要件に該当するか否かを判断する必要がある。

(四) なお、技相続人が複数箇所に宅地を所有している場合には、「小規模宅地等についての本件特例」が租税負担回避等の不公正な行為に悪用される危険がある。この場合においては、悪用を防止するため、被相続人の財産形成の経緯等をも総合勘案して慎重に判断すべきは当然のことである。

三 「居住の用に供されていた宅地」に関する原判決の誤り

1 法律解釈の誤り・経験則違反

「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の条文に存在する「居住の用に供されていた宅地」との要件に関して、更地の場合を一切除外する趣旨であることを窺わせる条文は存在しない。また、右特例の制度趣旨や条文の構造に照らし、そのように限定解釈すべき合理的理由も見当たらない。さらに、この要件の具体的内容について行政通達に解釈を委ねる旨の条文も存在しない。

また、一般市民の国語理解(経験則)に照らし、「居住の用に供されていた宅地」とは、利用目的、使用目的、使途、用途が居住用であって、そのために利用・使用が可能な状態となっていた宅地を意味する。換言すれば、「居住のために、役に立つようにされていた宅地」「居住のために、使えるようにされていた宅地」を意味する。右文言の意味内容は、現に居住用建物又は建築中建物が存在する場合だけに限定されてはいない。

にもかかわらず、第一審判決は、「少なくとも相続開始時に当該土地上において現実的に居住用建物の建築工事が着工され、当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが外形的・客観的に明らかになっている状態にあるといえることが必要である」(二七ページ一一行目以下)と判示し、また、相続開始時において「現実には未だにその建築工事に着手していない場合には、その土地は単なる建設予定地でしかなく(………)、これを居住用宅地として扱うことはできないというべきである。」(二八頁五行目以下)とも判示し、原判決もこれを全面的に引用して同じ判断を下した。

よって、原判決には、法令に違背し、租税特別措置法第六九条の三第一項の解釈を誤り、また、「居住の用に供されていた宅地」という文言の趣旨に関する経験則に違反し、もって、法令に違背している誤りがあり、この誤りが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。

2 審理不尽・理由不備

原審において、控訴人は、<1> 建築中の建物が存在しなくとも「居住の用に供されていた宅地等」の要件に該当する場合があり得ると主張し、<2> こうした場合において、個別事案毎に右要件に該当するか否かを判定するためには、当該宅地の形状や位置、当該土地を取得するに至った経緯、被相続人の年齢や社会的地位、被相続人の宅地所有の状況とりわけ所有箇所数、、居住用の宅地を過去に所有していた事実の有無、居住用建物が相続開始時以前に滅失した経緯、相続開始時における居住用建物の必要性、当該土地の利用に関して建物建築業者との建物建築請負契約の有無やこれに基づく作業の進捗状況等の諸要素を、総合勘案する必要があると主張し、<3> この諸要素について、具体的かつ詳細な事実を主張した。

それにもかかわらず、原審裁判所は、その審理過程において右事実主張に対する認否を求めなかった。

そして、原判決においては、右具体的主張事実の大半について事実摘示がなされず、判決理由でも事実認定と総合判断が回避されている。

よって、原判決には審理不尽、理由不備の違法があり、もって法令違背の誤りを犯しており、この誤りが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。

第二点 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」(租税特別措置法第六九条の三第一項)は、その適用要件の一つとして「建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」であることを掲げており、

法が右要件の充足を右特例適用の必要条件としているのは、条文の構造に照らし、宅地の利用目的、使用目的、又は、使途が事業用または居住用であると認めることができても、用途に対応した建物もしくは構築物が存在しない場合のあり得ることを想定し、かかる場合にまで相続税計算の際の課税価格を軽減するのは相当でないので、この場合には特例の適用を排除することとし、そのために、少なくとも事業用または居住用の用途に即して宅地に「建物若しくは構築物」が設置されて、宅地が「建物若しくは構築物」によって現実に使用又は利用されている状態であることを特例適用の必要条件としたものであると解されるのであるから、

「居住の用に供されていた宅地等」と認められる宅地については、「建物」が存在していなくても、居住の用途に即した「構築物」が設置されていて、この「構築物」によって宅地が現実に使用又は利用されている事実が認められれば、「建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」との要件をも充足しているものと判断すべきところ、

原判決は、宅地と外周の公道との牆壁、上水道の給水管と量水器、下水管と下水用マス、ガス管の引込管、雨水処理用のU字溝とマス、及び、宅地内の駐車スペースと建物敷地用地との間の階段等の施設が存在するだけでは、「『構築物の敷地』となっているとみることは困難である」と判示しており、

右判示に即して、総壁、上下水道、ガス管、雨水処理施設、及び、数地内階段が存在しても、それだけでは居住用の宅地の「構築物」としては足りないというなら、それ以外のものであって宅地の「構築物」として通常一般的に考え得るものは、建物の土台や柱以外には存在しないのであって、結局、判決は、「建物若しくは構築物」という法所定の要件を無視して、「建築中の建物」が存在しなければ「構築物」の存在を認めないと判示しているに等しいのであり、

さらに、原判決は、条文において「建物若しくは構築物」の設置者は全く問題とされていないにもかかわらず、宅地分譲業者が設置したものは条文所定の「建物若しくは構築物」に該当しないと判示しており、

結局、原判決の前記の各判示は、「建物若しくは構築物」を要件とする租税特別措置法第六九条の三第一項の解釈を誤り、また、経験則にも違反し、もって法令違背の誤りを犯したものであって、その誤りが判決の結論に影響することも明らかであり、原判決は破棄を免れ得ない。

一 条文の構造と趣旨

1 条文の文言

(一) 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の条文は、「事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等で大蔵省令で定める建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」である。

この後半の傍線を付した部分の解釈が、第二の争点である。

(二) もし、仮に、この条文が、「事業の用に供されていた宅地等であって大蔵省令で定める建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの、又は、居住の用に供されていた宅地等であって大蔵省令で定める建物の敷地の用に供されているもの」なのであれば、「居住の用に供されていた宅地」については、「建物」又は「建築中の建物」の存否のみを検討すべきこととなる。

しかし、現実の条文では、「居住の用に供されていた宅地」の場合、「建物若しくは構築物の敷地の用に供せられている」ことを要件としているのである。

なお、「大蔵省令で定める」との留保が付けられているが、この大蔵省令は、原審での控訴人の準備書面記載のとおり、農耕用地の場合の温室、家畜放牧用地の場合の暗渠等を排除する内容であり、本件の場合に全く問題とならない。

(三) 条文にある「建物若しくは構築物の敷地の用に供されていた」という文言の「用に供されていた」という部分の意味内容は、前掲第一点の二1(二)で詳細に論じた用語例の<3>すなわち現実の利用形態、使用形態を示すものである。したがって、「建物若しくは構築物の敷地の用に供されていた」という文言は、現実に建物もしくは構築物の敷地として宅地が使用又は利用されていたことを意味する。

2 「構築物」に関する具体例、

有料自転車置場の事業を営む場合、これについての大蔵省の行政解釈によれば、前掲第一点の二1(四)記載のとおり、土地に舗装がされていれば、この舗装をもって「構築物」の存在が肯定され、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」を適用することが認められる。

この例に照らしても、法が要求している「構築物」とは、総ての場合に共通な基準がある訳ではなく、当該土地利用目的に即して個別具体的に判断するしかないのである。

3 「建物若しくは構築物」の存在を必要とする立法の趣旨

「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の条文が、「建物若しくは構築物の敷地の用に供されている」ことを、特例適用の必要条件とした理由について、明記した文献は見当たらない。

ではあるが、租税関係法は、条文それ自体が法適用要件を厳密に定めており、条文所定の適用要件の中に立法目的と趣旨が端的に示されていることが多い。

このことに照らして、「建物若しくは構築物」の存在を必要とする条文の趣旨について案ずるに、条文にある「事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等」の要件に該当する土地、すなわち、利用目的、使用目的、又は、使途が事業用若しくは居住用と認められる土地であって、その目的に即して利用・使用が可能となっている土地であっても、「建物もしくは構築物」が存在しない場合は当然あり得る。居住用の宅地の場合であれば、例えば、結婚や分家、遺産分割等の事情により、建物新築が決まり、その敷地も決まり、分筆登記もなされたが、宅地造成が全くなされていない場合がこれに当たる。また、製造業の事業用の宅地の場合であれば、例えば、何もない空き地を資材置場として使っている場合がこれに当たる。かかる場合にまで相続税計算の際の課税価格評価を軽減するのは、土地の有効活用の促進という社会政策上の要求に照らして、相当ではないので、この場合には特例の適用を排除することとし、そのために、条文は、少なくとも事業用または居住用の用途に即して宅地に「建物若しくは構築物」が設置されて、この「建物若しくは構築物」によって土地が現実に利用されている状態となっていることを、特例適用の必要条件としたものであると解される。

二 原判決の論理構成とその誤り

1 原判決の判示内容

原判決は、<1>本件宅地と外周の公道との牆壁、<2>上水道の給水管と量水器、<3>下水間と下水用マス、<4>ガス管の引き込み管、<5>雨水処理用U字溝とマス、<6>本件宅地内の駐車スペースと建物敷地用地との間の階段等の施設が存在(一三丁裏一行目以下)するだけでは、「『構築物の敷地』となっているとみることは困難である」(一三丁裏一一行目以下)と判示している。

2 原判決の論理

(一) 原判決の右判示によれば、牆壁、上下水道、ガス管、雨水処理施設、及び、敷地内階段だけでは、宅地の「構築物」として足りないという。

それでは、居住用の土地に設置された「構築物」であって、牆壁、上下水道、ガス管、雨水処理施設、及び、敷地内階段以外の物とは、いったい何があり得るのであろうか。上告人としては井戸ぐらいしか思いつかないのである。井戸は余りに特殊であり、一般的とは言えない。

通常一般の居住用の宅地の場合、牆壁、上下水道、ガス管、雨水処理施設、及び、敷地内階段以外のものであって、宅地の「構築物」と呼べるものがあるとすれば、建物の土台や柱等しかないのである。これは、原判決のいう『建築中の建物』の一部であるが、それ以外には、考えられないのである。

結局、判決は「建物若しくは構築物」という法所定の要件を無視し「建築中の建物」の一部である土台や柱の類が存在しなければ、「構築物」の存在も認めないことを判示しているのに等しいのである。

(二) 原判決において、牆壁、上下水道、ガス管、雨水処理施設、及び、敷地内階段だけでは、宅地の「構築物」として足りず、土台や柱の類が存在しなければ「建物若しくは構築物」の要件に該当しないと判断したことを窺わせる記述が、原判決の中に存在する。

それは、「これらの設備等が本件宅地購入時に既に設定されていたことをもって建物の建築中であったとみることもできないことはいうまでもない」(原判決書一四頁一行目以下)との記述である。原審においては、控訴人がかかる主張を行なった事実はない。にもかかわらず、原判決が右のとおり判示しているのは、なぜか。原判決は、これらの施設が「建築中」の「建物」の構成要素となり得るかについて、深い関心を払い、これに着目して判断を行なったことを、積極的に自ら表明したのである。

3 原判決の条文解釈の誤り

(一) 原判決の条文解釈に従うと、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の条文は、同一趣旨の要件を二回重ねていることになる。

すなわち、原判決の論理に従えば、条文にある「居住の用に供されていた宅地」という文言は、少なくとも建設中の建物が存在することを必要とする意味であり、条文にある「建物若しくは構築物の敷地の用に供されている」という文言も土台や柱などの建築中の建物の一部の存在を意味することになり、結局、この条文は、同じ趣旨のことを反復していることになってしまうのである。

このような経験則に反する条文解釈を行なうのではなく、通常の国語理解に従って、前者の「居住の用に供されていた宅地」という文言は、利用目的・使用目的・使途が居住用であって、この目的に即して利用・使用が可能な状態にある宅地を意味するものと解し、後者の「建物若しくは構築物の敷地の用に供されていろ」という文言については現実の利用形態・使用形態を示すものと解せば、同義反復という不自然な解釈を回避できる。それにもかかわらず、原審は、かような解釈を行なわなかった。その結果、原判決では、条文の二つの要件について同義反復と解釈するに至ってしまったのである。

(二) さらに、原判決は、「建物若しくは構築物の敷地の用に供されている」という文言の意味について、致命的な誤りを犯している。

原判決は、前記の牆壁、上下水道等の諸施設について「本件宅地の宅地分譲業者が宅地造成過程において設置したもの」と指摘し(一三丁裏八行目以下)、これを理由の一つとして、「『構築物の敷地』となっているとみることは困難である」(一三丁裏一一行目以下)との結論を導いている。

右論理構成は、理解不可能である。

なぜなら、『建築中の建物』の場合でも、当該建物は建築請負工事業者が設置し、当該業者が所有権を有し、完成時に引渡と所有権移転がなされるのが通例である。このため、もし仮に、原判決の論理に従うなら、大半の『建築中の建物』は建物建築請負業者が設置したものであるから、その宅地は「『建物の敷地』となっているとみることは困難である」ということになる。その結果として、『建築中の建物』が存在する場合でも、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」が適用される場合は皆無に等しい結果となってしまう。

このような馬鹿げた結論になるのは、法においては「建物若しくは構築物」を誰が設置したかについて全く問題にしていないのにも関わらず、原判決が「構築物」設置者にこだわるという不自然かつ恣意的な解釈を行なったためである。

三 結論

法六九条の三第一項には、「建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」との要件が存在する。

右要件は、「事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等」との要件に該当する事業用宅地または居住用宅地であっても、その目的に即した「建物若しくは構築物」が存在せず、「建物若しくは構築物」によって土地が現実に使用・利用されていない場合には、特例の適用を排除するために存在するものである。

そして、条文では、居住用の宅地の場合でも「建物若しくは構築物」の存在が必要とされているのであって、建物若しくは建築中の建物の一部の存在が必要とされているのではない。

また、条文では「建物もしくは構築物」の設置者は全く問題にしておらず、その設置者が誰であれ、客観的に「建物若しくは構築物の敷地の用に供されている」か否かによって判断をなすこととしている。

しかるに、原判決は、牆壁、上下水道、ガス管、雨水処理施設、及び、敷地内階段だけでは、宅地の「構築物」としては足りないと判示している。この論理では、土台や柱などの「建築中の建物」の一部が存在しなければ「構築物」の存在も認めないと言うに等しい。条文にある「構築物」の意味についてこのように限定して解釈をなすべき理由はなく、また、原判決の論理では、結果的には、「建物」または「建築中の建物」が存在しなければ、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」を適用しないというに等しい。これは、法六九条の三第一項についての解釈と適用を誤り、また、経験則にも違反するものであり、これらの法令違背が判決の結論に影響を及ぼすことも明らかであるから、原判決は破棄を免れ得ない。

また、原判決では、宅地開発業者が設置したものを除外する趣旨であるとの誤った法解釈を行なっており、この点においても、原判決には、法令に違背し、法律の解釈と適用を誤った違法があり、これが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかであり、原判決は破棄を免れ得ない。

第三点 原処分が本件宅地につき「相続税開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四第一項)を適用したことに関して、控訴審において、控訴人は、本件宅地が法第六九条の四第二項所定の特例適用除外要件たる「被相続人の居住の用に供されていた土地」に該当すると主張していたのであり、この主張は再抗弁として扱われるべきであるにもかかわらず、

原判決は、控訴人の右主張について事実摘示を一切行なわず、これについての判断も行なわなかったのであるから、

原判決には、審理不尽、理由不備、理由齟齬、判断脱漏の違法があり、また、法第六九条の四に関する解釈と適用の誤りもあって、これらが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかであり、原判決は破棄を免れ得ない。

一 「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」の内容と要件

1 「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)の第一項は、個人が相続により取得した財産のうちに、当該相続の開始前三年以内に被相続人が取得した土地等がある場合には、相続税の課税価格に算入すべき財産の価額について、相続税法第二二条を適用せず、取得価額として政令で定めるものの金額とする旨を、定めている。

2 前同条の第二項は、第一項でいう「土地等」について定義する規定であり、「被相続人の居住の用に供されていた土地」については、第一項の適用除外とすることを定めている。

処分取消を求める行政訴訟において、第一項所定の要件については、原処分庁側が主張立証責任を負担する抗弁事由となり、第二項所定の適用除外の要件については、処分取消を求める側が主張立証責任を負担する再抗弁事由になると解するのが相当である

3 右適用除外の要件は、「被相続人の居住の用に供されていた土地」であることだけで足りる。

「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の三)の適用を受けるためには、「居住の用に供されていた宅地等」の要件を充たすだけでなく、「建物若しくは構築物の敷地の用に供されていた」との要件をも充たす必要がある。しかし、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)の場合には、「被相続人の居住の用に供されていた土地」であることたけで足りるのである。

4 さらに、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)の第二項は、土地とは別に建物についても定めている。具体的に言えば、「被相続人の居住の用に供されていた建物及びその附属設備又は構築物」について、第一項の適用除外となることを定めている。

すなわち、「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」の条文では、土地と建物を別々に分けて扱っており、「被相続人の居住の用に供されていた土地」の要件に該当すれば、建物又は構築物の存否と全く無関係に、特例を適用しないこととしているのである。

5 居住用建物が存在して被相続人がこれに現に居住していたのであれば、特段の事情がない限り、「被相続人の居住の用に供されていた土地」(第二項)に該当すると判断されて適用除外の扱いを受けることになる。

しかし、だからといって、土地上に建物、建築中建物、又は、構築物がなく、土地が更地の状態であるからと言って、直ちに「被相続人の居住の用に供されていた土地」(第二項)に該当しないということはできないのである。

個別事案毎に、「被相続人の居住の用に供されていた土地」(第二項)に該当するか否かを判断する際に、当該土地上に建物、建築中建物、又は、構築物があるか否かという点は重要な判断要素の一つとはなる。しかし、当該土地上に建物、建築中建物、又は、構築物の存在することが、「被相続人の居住の用に供されていた土地」(第二項)と認めるための絶対的必要条件であるということはできないのである。

6 「被相続人の居住の用に供されていた宅地」という文言の意味内容については、「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の条文にある「居住の用に供されていた宅地」と同様に、利用目的、使用目的、使途、用途が被相続人の居住用であって、その目的に即して利用・使用が可能な状態におかれていた宅地と解するのが相当である。

二 原審における控訴人の主張と原判決の内容

1 原判決が引用する第一審判決は、「事実」「第二 当事者の主張」「三 抗弁(課税処分の根拠)「2 原告和澄に係る本件相続税の課税価格」「(二) 本件宅地の価額」の(2)項(一〇頁五行目以下)において、法第六九条の四第一項所定の要件に即した第一審被告税務署長の主張を摘示している。

そして、原告判決が引用する第一審判決は、「四 抗弁に対する認否」の2項で、第一審被告が「争う」旨の主張をした旨摘示している。

右事実摘示によっても明らかなとおり、本件訴訟の第一審においては、原処分が「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」の適用を排除したことだけが当事者間の主要な争点とされ、右特例のみが判決文でも「本件特例」と呼ばれていた。そして、原処分がなされる際に「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)が適用されたことについて、第一審判決の事実摘示では、被告の抗弁として挙げられてはいるものの、法第六九条の四第二項所定の適用除外要件たる「被相続人の居住の用に供されていた土地」に該当するか否かについては、全く問題となっておらず、このため、第一審判決で争点として事実摘示されることもなかった。

2 控訴審に至り、控訴人は、従前の主張を全面的に整理し直した。

控訴人は、原処分において「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)を適用していることを指摘した上で、本件宅地は法第六九条の四第二項所定の適用除外要件たる「被相続人の居住の用に供されていた土地」に該当するのであるから、本件宅地に右特例を適用した原処分は誤りであると主張した。

また、控訴人は、大蔵省の「六九の四―二八」通達(甲四〇)を証拠提出し、この通達によれば、「建物の建築中」であって本件通達(六九の三―七)に該当する場合でなければ、法第六四条の四でいう「居住の用に供されていた」土地又は建物として扱わないとされている事実を指摘し、かかる条文解釈が誤りであることを指摘した(控訴審における準備書面(四)一七頁一三行目以下)。

3 しかるに、原判決は、本件宅地が法所定の適用除外要件たる「被相続人の居住の、されていた土地」に該当するか否かという論点について、事実摘示を一切行なわず、判断も回避した。

三 結論

控訴審において、控訴人は、本件宅地が法第六九条の四第二項所定の適用除外要件たる「被相続人の居住の用に供されていた土地」に該当すると積極的に主張した。この主張は再抗弁として扱われるべきである。

しかるに、原判決は、控訴人の右主張について事実摘示を一切行なわず、これについての判断も行なわなかった。

よって、原判決には、審理不尽、理由不備、理由齟齬、判断脱漏の違法があり、また、法第六九条の四に関する解釈と適用の誤りがあり、これらが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかであって、原判決は破棄を免れ得ない。

第四点 原判決は、本件宅地に「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)を適用し、「本件相続税の課税価格に算入すべき本件宅地の価額は、法六九条の四により、本件宅地の取得価額である一億九一五七万五〇〇〇円となる」と判示しているが、

法第六九条の四第二項は、「被相続人の居住の用に供されていた土地」については、右特例を適用しないことを定めており、

本件宅地は、右「被相続人の居住の用に供されていた土地」に該当するため右特例の適用を受けず、1本件宅地の取得価額をもって「本件相続税の課税価格に算入すべき本件宅地の価額」とされる理由もないのであるから、

原判決には、租税特別措置法第六九条の四の解釈と適用を誤った違法、経験則違反、審理不尽、理由不備の違法があり、この誤りが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかであって、原判決は破棄を免れ得ない。

一 法第六九条の四の構造について

「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)の条文の内容と趣旨については、前掲第三点の一記載のとおりである。

二 本件宅地が「被相続人の居住の用に供されていた土地」に該当すること

前掲第一点の一3で詳細に論じた事実関係に照らし、本件宅地が「被相続人の居住の用に供されていた土地」(法第六九条の四第二項)との要件を充足することは明らかである。

三 原判決の誤り

原判決が引用する第一審判決は、「本件相続税の課税価格に算入すべき本件宅地の価額は、法六九条の四により、本件宅地の取得価額である一億九一五七万五〇〇〇円となる」(三〇頁九行目)と判示している。

原判決が引用する第一審判決は、その理由として「本件宅地は更地の状態にあったものであるから、本件宅地が居住用宅地に該当しない」(三〇頁六行目以下)と判示するが、かかる法解釈と法の適用は誤りであり、また、経験則にも違反するものである。

さらに、原判決が、本件宅地について「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」(法第六九条の四)を適用したことには、審理不尽、理由不備の違法もある。

これらの違法が判決の結論に影響を及ぼすことも明らかであって、原判決は破棄を免れ得ない。

第五点 「小規模宅地などについての相続税の課税価格の計算の特例」または「相続開始前三年以内に取得した土地又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例」の要件とされている「居住の用に供されていた」との条文上の文言に関して、もし、仮に、原処分庁主張のとおり、「建築中の建物」が必要であるとしても、

原判決が認定している事実関係の下においては、遅くとも、地盤強度調査のために、宅地の深さ二・七五メートルまでのボーリング調査がなされた時点で、建築工事の着工があったとみるべきであるにもかかわらず、

これを否定した原判決には、法令違背、すなわち、法令解釈の誤り、審理不尽、理由不備、経験則違反の違法があって、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことも明らかであるので、原判決は、破棄を免れない。

以上

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