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最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)203号 判決 1999年2月04日

徳島市上八万町西山六二六番地

上告人

岩城功

右訴訟代理人弁護士

筒井豊

徳島市山城町東浜傍示五番地の三七

被上告人

堀田征右

右訴訟代理人弁護士

加藤静富

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第二四三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年五月二二日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人筒井豊の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

(平成九年(行ツ)第二〇三号 上告人 岩城功)

上告代理人筒井豊の上告理由

第一点 原判決には、特許法第三九条第二項の規定の解釈を誤った結果、同条同項の適用を誤った法令違背があり、右法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。理由は以下のとおりである。

一 原判決は、本件発明(特許第一六九七九四九号発明)と同願発明(特許第一六一一三九九号発明)とが特許法第三九条第二項の「同一の発明」に該当するか否かを判断するにあたり、本件発明のDの要件と同願発明のbの要件との同一性に関して次のように判示している。

「そうすると、「揺動腕」は、同願発明の内扉片を基箱の巾方向に、外扉片を基箱の奥行方向にそれぞれ収納する機能を有するものであり、この収納機能のみに着目するならば、同願発明のbの要件に係る「揺動腕」は、本件発明のDの要件と同一の機能を果たしているものということができ、その点において、本件発明のDの要件は、同願発明のbの要件と共通し、いわば、同願発明のbの要件を上位概念的に表現したものとも考えられ、審決も、その点において上記両要件を同一のものと判断したものと解される。」(原判決書二九頁一八行ないし三〇頁七行)

「しかしながら、特許法39条2項において、同日の出願に係る2以上の発明については、特許出願人間の協議が成立しなければ、一方のみならず、そのいずれについても特許を受けることができないとされている趣旨に鑑みるならば、同項における「同一の発明」とは、同日の出願に係る2以上の発明の一方の側からみた場合に、他方の発明と同一であるというだけでは足りず、同時に、他方の発明の側から見ても、一方の側の発明と同一であるとみなされる関係にあることを要するものと解すべきである。

そして、同願発明のbの要件については、前記のとおり、「揺動腕」が実際に果たす機能の面から見て、本件発明のDの要件の下位概念に相当するものであるとしても、仏壇の扉体の折曲げ、収納手段を、その構造面から本件明細書に具体的に開示されていない「揺動腕」として特定したものであり、それにより、前記2、才のとおり、仏壇の扉体の開閉、収納手段を簡単に構成することができ、その組立性、作業性を向上させるという、本件発明(第2、5)にはない作用効果を奏するものであることが明らかである(なお、本件発明の「案内溝」及び「ガイド片」に基づく作用効果は、本件発明の実施例によるものであることが明らかであるから、それらを本件発明の作用効果と認めることはできない。)。

そうすると、同願発明のbの要件は、上記のとおり、本件発明とは別個の作用効果を生じさせる構成を含むものである以上、同願発明から本件発明をみた場合においては、bの要件は、本件発明の要件から把握することができないものといわざるをえず、bの要件は、本件発明のDの要件に一致するものとはいえないというべきである。」(原判決書三〇頁八行ないし三一頁一七行)。

二 しかしながら、右判断において原判決が判示した特許法第三九条第二項の「同一の発明」に関する解釈(原判決書三〇頁八行ないし一七行)は、特許制度の基本原則に反するものであり、誤りである。すなわち、

1 特許制度は、特許出願をして発明を公開した者に対して、その発明が一定の特許要件を具備する場合に、発明公開の代償として一定期間独占権たる特許権を与える一方、一般公衆に対しては、特許権者から実施許諾を得て、また特許権消滅後においては何ら制約を受けることなく自由に発明を実施することができる権利を与えるものであることから、一つの発明に対しては一つの特許のみが付与されなければならず(一発明一特許の原則又は重複特許排除の原則)、一つの発明に対して二以上の特許を付与する重複特許(ダブルパテント)は、特許権の独占実施という期待を裏切り、また特許権の存続期間の実質的延長といった弊害を招くなど特許制度の本旨にもとるものである。

そして、重複特許排除の原則に基づき、特許法第三九条第一項は、同一の発明について異なった日に二以上の特許出願があったときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる旨を規定し、他方、同一の発明について同日に二以上の特許出願があったときは、日をもって先後願の優劣をつけることができないため、同条第二項前段において、特許出願人の協議により定めた一の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる旨を規定するとともに、同項後段において、協議が成立せず又は協議をすることができないときは、いずれもその発明について特許を受けることができない旨を規定する。

右の第二項後段の規定は、一見して特許出願人に過酷なようにも見えるが、協議が成立しなければいずれの特許出願人も特許を受けることができないとすることにより、同一の発明について同日に二以上の特許出願があった場合においても重複特許を排除するという特許制度の基本原則を貫くことを明らかにし、これにより、一般公衆が重複特許によって不測の不利益を被ることを防止したものと解され、他方、複数の特許出願の処理については、他の制度(抽選制)を採用した場合に一の出願人に多大な不利益が生じることも考慮して、特許出願人の協議(例えば、特許出願人間で一の特許出願の共有とその余の特許出願の放棄を合意する等)に委ね、特許出願人の協議という私的自治を尊重することによって、特許出願人間の衡平を図ることを目的としたものと解される。

2 ところで、原判決は、前記のように、「特許法39条2項において、同日の出願にかかる2以上の発明については、特許出願人間の協議が成立しなければ、一方のみならず、そのいずれについても特許を受けることができないとされている趣旨に鑑みるならば、同項における「同一の発明」とは、同日の出願に係る2以上の発明の一方の側からみた場合に、他方の発明と同一であるというだけでは足りず、同時に、他方の発明の側から見ても、一方の側の発明と同一であるとみなされる関係にあることを要するものと解すべきである。」(原判決書三〇頁八行~一七行)と判示したが、右のような解釈は、部分的にもせよ重複特許の存在を容認するものであって重複特許排除の原則に反し、また、何ら合理的な理由なく、特許法第三九条第一項の「同一の発明」と同条第二項の「同一の発明」について、それぞれの概念を異なったものと解するものであり、到底認めがたい。

すなわち、二以上の発明について「一方の発明」からみた場合に当該発明が「他方の発明」と同一と判断される場合には、互いの発明の中に重複した技術思想が存在することは否定できない事実であり、例えば右のような「一方の発明」と「他方の発明」について、異なった日に特許出願があった場合を考えれば、「他方の発明」が先願であるときは、特許法第三九条第一項の規定により、「他方の発明」と同一である「一方の発明」の特許出願は拒絶され、最先の「他方の発明」の特許出願人のみが特許を受けることができる。

他方、原判決がいうように、同条第二項における「同一の発明」とは、同日の出願に係る二以上の発明の「一方の発明」の側からみて「他方の発明」と同一であるだけでは足りず、同時に、「他方の発明」の側からみても「一方の発明」と同一であるとみなされる関係にあることを要するとの解釈に従えば、このような関係にないと判断される場合(「一方の発明」の側からみて同一と判断されるが、「他方の発明」の側からみて同一と判断されない場合)には、前記の例のように、異なった日の特許出願であれば、同条第一項により、「他方の発明」と同一の発明であるとして特許を付与されない「一方の発明」が、同日出願の場合には、「他方の発明」と同一の発明ではないとして、「他方の発明」とともに重複して特許が付与される結果となるが、このような結論が、特許法の基本原則である重複特許排除の原則に反することは明らかである。

そもそも、特許法において、原判決のいうように第三九条第一項と第二項とで「同一の発明」の概念を変えて解釈しなければならないような規定上の根拠はないとともに、右のような解釈を実質的に根拠づける合理的な理由もない(原判決は、同条第二項の「同一の発明」について前記のように解釈する理由として、「特許法39条2項において、同日の出願に係る2以上の発明については、特許出願人間の協議が成立しなければ、一方のみならず、そのいずれについても特許を受けることができないとされている趣旨に鑑みるならば」〔原判決書三〇頁八行ないし一二行〕と述べているだけであり、同条第二項後段の「趣旨」については何ら明らかにしていない。)。

本来、同一の発明について同日に二以上の特許出願があった場合の処理に関しては、原則として特許出願人間の協議という私的自治に委ねられているのであるから、特許出願人側の何らかの理由により右の私的自治が機能しない場合に、いずれの特許出願人も特許を受けることができないとするのは、決して過酷な取扱いとはいえず、むしろ特許制度の本旨にもとる重複特許を容認することにより一般公衆が受ける不測の不利益を防止することを考慮した結果、特許法第三九条第二項後段の規定が設けられたものと解すべきである。

したがって、原判決の判断から窺われるように、協議が成立しない場合にはいずれの特許出願人も特許を受けることができないとされていることを理由に、同条第二項の「同一の発明」の意味を同条第一項の「同一の発明」と異なった意味に解釈することに合理的な根拠は認められないというべきであり、かえって、原判決のような解釈は、部分的とはいえ重複特許を容認し、合理的理由なく、特許制度の基本原則である重複特許排除の原則に例外を認めるものであり、明らかに誤りである。

3 以上の点を具体的に本件についてみれば、原判決は、前記のような解釈に基づき、本件発明のDの要件の側からみた場合、Dの要件は同願発明のbの要件と共通するが、同願発明のbの要件の側からみた場合は、bの要件は本件発明のDの要件に一致するものとはいえないとの理由から、「本件においては、特許法39条2項を適用するにあたり、本件発明のDの要件と同願発明のbの要件とを同一のものとみなすことはできないものといわざるをえない。」(原判決書三一頁一八行ないし三二頁一行)と判断したものであるが、右判断は、言い換えれば、仮に同願発明と本件発明について異なった日に特許出願がなされ、同願発明が先願であった場合には、Dの要件がbの要件と共通であるがゆえに、本件発明は、同願発明と同一の発明であることを理由に特許を受けることができないことを明らかにしたものにほかならない(なお、原判決は、他の要件については触れていないが、一応他の要件も含めて両発明が同一であるとした審決の判断を前提とするものと解する。)。

しかるに、原判決は、前記のような法解釈に基づき、本件発明と同願発明とは、同日の特許出願に係るものであることから、特許法第三九条第二項でいう「同一の発明」には該当しないという理由で、両者の特許は有効に存続すると判断したものであるが、これは言い換えれば、本件発明の側からみた場合、同願発明と同一の発明であるにもかかわらず、重複特許を認めるということであり、右のような判断が特許法の基本原則である重複特許排除の原則に反することは明白である。

4 なお、原判決のように、部分的にもせよ重複特許を容認する判断を前提とすれば、本件において極めて不公正な結果が生じる可能性がある。

例えば同願発明の特許権者又は当該特許権者から通常実施権を許諾された第三者が同願発明の特許公報(甲第二号証)に記載された実施例(「内の開き扉」の構成を備えた仏壇)に相当する仏壇の製造販売等の実施を行った場合、同日出願であるにもかかわらず、右実施に対して本件発明の特許権の効力が及ぶと解される可能性がないとはいえない。なぜなら、本件審決は、本件発明のBの要件(内の開き扉に関するもの)を周知技術と判断したが、同願発明の特許権者等が同願発明の要件に「内の開き扉」に関する要件を付加したものを、自己実施権として当然に実施する権利があるかどうかは、特許法上必ずしも明らかではないからである。

このことは、元来同願発明と同一の発明である本件発明の特許権者が、同日出願であるにもかかわらず、同願発明の明細書に開示された同願発明の実施例に相当する仏壇の製造販売等の実施に対しても権利行使できる可能性があることを意味しており、このような結論が極めて不公正であることは明らかである。

5 さらに、特許出願人間の協議は、本件のように既に重複特許がなされた場合でも行うことは当然に可能であり(法律上の手続として保障されていいが、事実上特許権者間で協議を行うことは可能である。)、さらに、本件の場合は、本件発明の特許出願人において、同願発明との重複特許を解消するために訂正審判を請求する手続をとることも考えられる。

したがって、右のような協議、訂正審判請求等の手段により重複特許を解消する機会が与えられているにもかかわらず、これを活用しない特許出願人のために、部分的にもせよ重複特許を容認するような法解釈は明らかに違法というべきであり、原判決の判断はこの点からみても誤りといわざるをえない。

三 以上のとおり、原判決は、本件発明と同願発明とが本来特許法第三九条第二項でいう「同一の発明」であるにもかかわらず、同項の「同一の発明」の概念について前記のような誤った解釈を前提としたために、本件発明と同願発明とが同項の「同一の発明」に該当しないと誤って判断したものであり、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな同項の解釈及び適用を誤った法令違背があり、破棄を免れない。

第二点 原判決には、その判断の基礎となる事実について誤認があり、この結果特許法第三九条第二項の適用を誤った法令違背の違法がある。

一 既述のとおり、原判決は、「同願発明から本件発明をみた場合においては、bの要件は、本件発明の要件から把握することができないものといわざるをえず、bの要件は、本件発明のDの要件に一致するものとはいえないというべきである。」(原判決書三一頁一三行ないし一七行)と判断したが、右判断は、Dの要件についての誤った認定判断を前提としており、それ自体が誤りである。

1 すなわち、原判決は、本件発明のDの要件について、「本件発明のDの要件は、「扉体の開放時、前記収納部に前記扉体を前記蝶着した部分より折曲して前記内扉片は、前記基箱の巾方向に前記外扉片は、前記基箱の奥行方向に収納してなる」とあるように、扉体の開放時において、扉体を、その蝶着部分から折り曲げて収納部に収納するものとし、その際、内扉片については基箱の巾方向に、外扉片については奥行方向に収納することを内容とするものであるが、扉体を折り曲げた際に、外扉片を奥行方向に収納するための技術手段については、何ら限定していない。」(原判決二八頁一行ないし一〇行)と判断した。

しかし、特許出願の願書に添付する明細書の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない(特許法第三六条第四項)とされ、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない(同条第五項)とされているところ、本件発明のDの要件には、発明の構成に相当する技術手段は一切記載されておらず、「扉体の開放時、前記収納部に前記扉体を前記蝶着した部分より折曲して前記内扉片は、前記基箱の巾方向に前記外扉片は、前記基箱の奥行方向に収納」するという機能ないし作用のみが記載されているにすぎない。

したがって、右のように機能ないし作用のみを記載した本件発明のDの要件の記載は、本来特許法第三六条第五項の規定に違反するものであり、記載不備として排斥されるべきであるにもかかわらず(同法第四九条第一項第三号、第一二三条第一項第三号)、本件発明は、この点が看過されて特許が付与されたものである。

2 右のように、本件発明のDの要件の記載が機能ないし作用のみを記載したものであり、特許法の規定に違反する記載不備として排斥されるべきものであることを考慮すれば、本件発明のDの要件について、同法第三九条第二項の「同一の発明」に該当するか否かを検討する場合においても、Dの要件に記載された機能ないし作用のみに着目して、同願発明のbの要件と対比すべきものである。

なぜなら、Dの要件には、bの要件に記載された「揺動腕」のような発明の構成に相当する技術手段の記載が全くないうえ、原判決の前記判示から窺われるように、Dの要件には技術手段が限定されることなく記載されていると解することも不可能であることから、Dの要件とbの要件とを対比する場合に、Dの要件に唯一記載されていると認められる機能ないし作用に着目してbの要件と対比することは合理的と解されるからである。

そうだとすれば、原判決も認めるように、「同願発明のbの要件に記載された「揺動腕」は、同願発明の内扉片を基箱の巾方向に、外扉片を基箱の奥行方向にそれぞれ収納する機能を有するものであり、この収納機能のみに着目するならば、同願発明のbの要件に係る「揺動腕」は、本件発明のDの要件と同一の機能を果たしている」(原判決書二九頁一八行ないし三〇頁二行)のであるから、同願発明の側からみても、bの要件は、本件発明のDの要件と同一と認定判断されるべきである。

しかるに、原判決は、Dの要件には、発明の構成の記載がなく、機能ないし作用のみが記載されているにすぎないにもかかわらず、恐らくはDの要件には技術手段が限定されることなく記載されているとの誤った判断から、本来の技術手段が記載されたbの要件の側からみて、機能ないし作用のみが記載されたDの要件とは一致しないとの判断に至ったものであり、右の判断が誤りであることは明白というべきである。

3 なお、同願発明のbの要件は、表面上、本件発明のDの要件の下位概念に相当するように見られるが、これは本件発明がDの要件として、特許法の規定に反して、技術手段ではなく、機能ないし作用のみを記載した結果にすぎない(同願発明の明細書においても、「揺動腕」が、内扉片を基箱の巾方向に、外扉片を基箱の奥行方向にそれぞれ収納する機能を有すると記載していることからみれば、同願発明においても、本件発明のDの要件と同じように記載することができたことは明らかである。)。

二 原判決は、同願発明のbの要件に関して、「仏壇の扉体の折曲げ、収納手段を、その構造面から本件明細書に具体的に開示されていない「揺動腕」として特定したものであり、それにより、前記2、才のとおり、仏壇の扉体の開閉、収納手段を簡単に構成することができ、その組立性、作業性を向上させるという、本件発明(第2、5)にはない作用効果を奏するものであることが明らかである」(原判決書三一頁一行ないし七行)と判断しているが、右判断は誤りである。すなわち、

1 前述のとおり、本件発明のDの要件には、技術手段(発明の構成)に関する記載はなく、特許法の規定に反して、機能ないし作用のみを記載したものにすぎない。

したがって、このような機能ないし作用の記載のみからなるDの要件について、それ自体の作用効果を観念することは論理上極めて困難であり、実際にも原判決が判示するbの要件の作用効果に対応した、Dの要件自体の作用効果を観念することは不可能である(原判決も、本件発明の「案内溝」及び「ガイド片」に基づく作用効果は、本件発明の実施例によるものであり、これらを本件発明の作用効果と認めることはできない旨を述べているが(原判決書三一頁七行ないし一〇行)、本件発明ないしDの要件の作用効果については何ら明らかにしていない。)。

そうすると、本来作用効果を観念することが論理上困難ないし不可能であるDの要件ないし本件発明と、bの要件とを対比して、bの要件が本件発明(Dの要件)にない作用効果を奏するとするのは、明らかに論理矛盾であり、この点からみても原判決の前記判断が誤りであることは明らかである。

2 さらに、bの要件が本件発明にはない作用効果を奏するとする原判決の前記判断も認めがたい。

すなわち、同願発明の特許公報(甲第二号証)の発明の詳細な説明には次のように記載されている。

「〔産業上の利用分野〕

本発明は、障子式の扉体を有しかつ巾寸度を低減しうる仏壇に関する。

〔従来の技術〕

仏壇においては基箱内に設けた厨子の前面もしくは基箱全体の空間など基箱の空間を障子式の扉体を用いて開閉するものが知られている。

又このような扉体は、例えば電動機を用いた駆動装置によって被動する。

従来、障子を形成する内扉片、外扉片は、その空間の解放に際して、前後に折り重なるごとく取付けられる。

〔発明が解決しようとする問題点〕

その結果、各内、外扉片A、Bが摺動する2つのレールが必要となり、構造が複雑となる他、重なり合いのため前後長さを増し、又仏壇内部の空間を減じるという問題点がある。なお扉片を前後に重ねることなく空間を開閉するには、空間の側部での、扉片収納用のスペースが増し、仏壇の巾寸度を増大するという欠点が生じる。

本発明は、内扉片(注・「外扉片」の誤記と解される。)を空間側部内に折曲げ可能とすることによって、障子を用いて空間を開閉できかつ構造を簡易化するとともに、巾寸度の低減をも可能とする仏壇の提供を目的としている。」(同号証第一欄一一行ないし第二欄七行)

これに対し、本件発明の明細書(乙第一号証の特許公報)には、「揺動腕」の構成が具体的に示されてはいないものの、特許請求の範囲第二項及び発明の詳細な説明の欄には、外扉片を折り曲げる技術手段の例として、外扉片にガイド片を突設し、基箱に基箱の空間の側部に向かい奥方にのびる案内溝を設ける構成が記載されており、さらに、発明の詳細な説明の第一欄二三行ないし第二欄二二行には、本件発明に関する「産業上の利用分野」、「従来の技術」、「発明が解決しようとする問題点」について、同願発明に関する甲第二号証の前記記載とほとんど同旨の記載があり、また本件発明の実施例に関してではあるが、「簡易に構成できる」(乙第一号証第八欄一九行)との効果が記載されている。

以上を考慮すれば、原判決が述べる同願発明のbの要件の前記作用効果(「仏壇の扉体の開閉、収納手段を簡単に構成することができ、その組立性、作業性を向上させる」)は、従来の仏壇(甲第二号証第一欄一五行ないし二七行)との比較における相対的な効果と解するのが妥当であり、本件発明のように、扉体をその蝶着部分から折り曲げて収納部に収納するものとし、その際内扉片は基箱の巾方向に外扉片は基箱の奥行方向に収納するという機能を要件とする発明との比較において、bの要件の右作用効果を格別なものと解することはできない。

したがって、同願発明のbの要件の作用効果を本件発明にはないものと解した原判決の判断は誤りというべきである。

三 以上のとおり、原判決は、本件発明のDの要件の認定判断を誤り、かつ同願発明の作用効果を本件発明にはないものと誤って認定し、この結果、特許法第三九条第二項の適用を誤ったものであり、右の法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、破棄を免れない。

以上

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