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最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)239号 判決 1999年2月04日

アメリカ合衆国

ニューヨーク州コーニング

上告人

コーニング・インコーポレイテッド

右代表者

アルフレッド・L・マイケルセン

右訴訟代理人弁理士

藤村元彦

右訴訟復代理人弁護士

高橋隆二

同弁理士

西義之

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 伊佐山建志

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一月三〇日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤村元彦、同復代理人高橋隆二、同西義之の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

(平成九年(行ツ)第二三九号 上告人 コーニング・インコーポレイテッド)

上告代理人藤村元彦、同復代理人高橋隆二、同西義之の上告理由

原判決は、審理不尽及び特許法第二九条の解釈、適用を誤り、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があるから破棄されるべきである。

一. 本件審決取消請求事件は、上告人が特許出願した発明(その名称は「ファイバオプティク・カプラおよびその製造方法」である。以下その出願を「本件特許出願」、出願に係る発明を「本願発明」という。審査の対象は特許請求の範囲第一乃至八項に係る「ファイバオプティク・カプラ」の物の発明と、特許請求の範囲第九項に係る「ファイバオプティク・カプラの製造方法」の方法発明を含むものである。)のうち、特許請求の範囲第一項に係る発明につき、引用例一及び引用例二に基づき進歩性がない(特許法第二九条第二項)として、本件特許出願が拒絶査定された処分の取消を請求するものである。

特許法(以下単に「法」という。)第二九条第二項の特許要件(発明の進歩性)を審査する場合は、特許出願に係る発明を同条第1項各号の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならない。この発明の要旨認定は特許請求の範囲の記載に基づきなされ、その認定した事実と、引用例に記載された技術内容を認定した事実とを対比し、法第二九条第二項の「各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができた」か否かの判断(進歩性の判断という。)を行うが、出願に係る発明につきその要旨を認定する場合は特許請求の範囲の記載の適法な解釈に基づいて行うべきこと、また進歩性の判断においては法第二九条第二項の適法な解釈基準に基づいて行うべきことは当然要請されるところである。

原判決は特許請求の範囲の記載に基づく発明の要旨認定において審理不尽があり、さらに法第二九条第二項の解釈を誤り、その誤りに基づいて事実を認定した違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼす瑕疵がある。

二. (原判決の判示の要旨)

1、原判決は、本願発明(請求項一の発明)の要旨を特許請求の範囲に記載の通りであることは当事者間に争いがないとしつつ、本願発明と引用例一記載の発明との一致点につき、次のように判示している(以下「判示一」という。)。

しかしながら、審決は、本願発明のファイバオプティク・カプラと引用例一記載の光カプラとは、一定の所定直径を持つ2つの隣接領域の中間にそれより小さい直径までテーパした中央領域を有し、その中央領域においてコアが近接し光結合が行われる光回路素子である点において一致すると認定しているのであり、この認定自体は原告も争わないところであって、何ら誤りはない(判決書二一頁五~一一行目)。

2、そして、原判決は本願発明と引用例一との相違点<1>に関し、次のように判示し、その相違点<1>は本願発明の進歩性を認定する根拠となり得ないとした(以下「判示二」という。)。

このように、引用例二には、光学素子を三層構造とする技術が示されていることが明らかであるから、引用例二には本願発明のカプラの構成と格別差異のない構成が示されており、引用例一記載のカプラを引用例二記載のような構成にすることに困難性は認められないとした審決の相違点に係る判断は、是認できるものである。なお、審決が相違点<1>の判断に当たって、引用例二から援用した事項は、光学素子を三層構造とする技術のみである。従って、引用例二記載の光学素子が光結合を行うか否か、その構成部材の形状・機能が本願発明のそれと具体的に対応するか否かは、引用例二の記載から上記技術を把握することの妨げとはならないことは言うまでもない(判決書二四頁一三行目~二五頁五行目)。

三. (上告人が不服とする点)

1、上告理由一

第一に、原判決(判示一において、)は、本願発明の構成要件である「前記隣接領域は一定の所定直径を有しており」の技術的意味を特許法(平成六年法律一一六号改正後のもの)第七〇条第二項に準拠して明細書の詳細な説明および図面を考慮して認定すべきところ、これらを無視し、その技術的意義を認定しないままに、漫然と引用例一記載の光カプラの発明も「前記隣接領域は一定の所定直径を有しており」の構成があると認定した誤りがある。原判決は「この認定自体は原告も争わないところである」と言うが、上告人は、その点につき強く争つていたところであり、当事者の事実主張を誤認すること著しい。原判決には発明の要旨認定に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。

2、上告理由二

第二に、原判決(判示二において)は、本願発明と引用例一との相違点<1>につき、その相違点<1>は引用例二に記載があることのみを認定し、引用例一と引用例二との技術分野、技術的課題、効果の違いを論ずることなく、両引用例の組み合わせが容易とし、本願発明の進歩性を否定したものであって、複数の引用例の組み合わせが容易であることを根拠とする法第二九条第二項の進歩性の判断基準の解釈を誤った違法がある。

すなわち、引用例一と引用例二との組み合わせにより容易に発明をすることができたことを理由として法第二九条第二項の容易推考性を認定する場合は、両者の組み合わせがなぜ容易なのかを判示すべきところ、原判決はそれに関し一切審理することなく、漫然と法第二九条第二項を適用したのである。

四. (本願発明の説明)

右三項に主張した不服申立に関する詳しい上告理由を述べるにつき、まず、本願発明の技術を説明する。

1、本願発明は、現代文明を支える情報通信技術の根本的変革をもたらした「光ファイバ」に関連する発明であるから、まず「光ファイバ」について概要を説明する。

「光ファイバ」は、従来の銅線を用いた通信に代わる光通信用ファイバ、すなわち一本の線の太さが髪の毛よりも少し太い程度のガラス繊維であり、容易に曲げることもできるものであり、保護被覆した径一mm以下の一本のファイバケーブルで一〇万回線の電話回線に相当する通信能力を有する。

現在の情報化時代は、まさにこの光ファイバによって成り立っている。今やわが国の電話通信回線網は、この光ファイバを用い大量の情報の高速通信を実現したものとなっている。

原告は、一九七〇年に画期的発明により光ファイバを一躍世界的に普及させる貢献をなした企業であり、本願発明は、この光ファイバ通信システムを一般家庭などの末端まで構築するために必要となる多くの高精細で微小な各種光部品についての研究開発の貴重な成果の一つである。部品自体の構造は簡単なものとはいえ、シャープベンシルの芯の太さ程度の細い高精度のガラス製品であり、この製品構造についての発明は、多大な労力、投資を要する研究開発によって従来技術の欠点を克服して初めて完成したものである。

本願発明は、「ファイバオプティク・カプラ」という光部品の発明であり、これは「光ファイバ用の光結合器」のことである。

一本の光ファイバを通る光バワーあるいは信号を二本以上の光ファイバに分岐(分ける)する光部品を光分岐器(光デバイダ)といい、逆に、二本以上の光ファイバを通る光パワーあるいは信号を結合させて取り出す光部品を光結合器(光カプラ)という。

光ファイバを二点間の通信に利用するには、光の送信器と光ファイバケーブルと光の受信器とそれらを接続する技術があれば済む。しかし、現在急速に普及している家庭までの光ファイバの配線や、光LAN、光CATVといわれる地域網において、一本の光ファイバを分岐したり、一本の光ファイバに多数の波長の光信号を同時にのせたりする光回路技術が必要になっている。

そこで、従来の電気通信技術で用いられた電子回路技術に代わるものとして、光回路技術用の光部品の研究開発が一九八〇年代の後半から活発に行われてきた。光結合器は光部品の一つとして特に重要な部品である。

光結合器自体及びその製造法は、本願明細書中に先行技術として記載しているとおり、本願出願前よりいくつか知られている。

しかしながら、本願発明は、既存の物品を伸ばしたり、くっつけたり、曲げたりした改良品程度のものではなく、例えば、髪の毛よりも少し太い程度のガラス繊維を、例えば、そうめんの太さ、ほどのガラスマトリクスに埋め込んだプリフォーム(予備成形体)の中央部を加熱して軟化させながら両端を引っ張って中央部をより細くしてガラス繊維どうしを近接させることによって初めて形成され得る極めて微小で高精細な工業製品であって、マトリクスガラスを使うというユニークな発想によってこの世に誕生した歴史上かって存在したことのないガラス製品なのである。

本願発明は、米国出願を優先権主張の基礎として世界各国において特許出願され、米国においては米国特許第四、七九九、九四九号として、EC共同体においてはEPC特許第二一二九五四号として特許権が成立している。その他、韓国、カナダ及びオーストラリアにおいてもそれぞれ特許番号第五四二九八号、第一二七七一二四号及び第五八七八四六号として特許権が成立している。

2、本願発明は、右の技術的背景のもとに特許出願されたものであり、特許請求の範囲(第一項)に記載の通りであるが、特許請求の範囲に記載の文言を明細書添付の図面(FIG六及び九)と対比して説明した図を別紙図面(本願発明の説明図)として添付する。

特許請求の範囲の記載を段落ごとに説明する。

<1>第一段落「少なくとも一つの中央領域と、この中央領域に隣接して長手方向に配置された第一および第二の隣接領域を有している細長いマトリクスガラス体であって、前記隣接領域は一定の所定直径を有しており、前記マトリクスガラス体の直径が前記隣接領域における前記所定直径から前記中央領域におけるそれより小さい直径までテーパしている細長い細長いマトリクスガラス体と、」

この段落は、「マトリクスガラス」を規定している。

「マトリクスガラス」は、第六図に示されるとおり光ファイバをその中に埋め込んで母体(マトリクス)の役をする剛性体であるガラスの塊であり、本願発明のカプラの構造において特有の重要な役割を果たす物質である。「中央領域」、「第一及び第二の隣接領域」は、別紙「本願発明の説明図」に図示した箇所のことである。

<2>第二段落「前記マトリクスガラス体中を長手方向に延長しており、少なくとも一つのコアと、このコアの屈折率より低い屈折率を有するクラッドガラスの層を有しており、前記クラッドガラスの屈折率が前記マトリクスガラスの屈折率より大きい複数の光ファイバを具備しており、この段落は、」「光ファイバ」の状態を規定している。

第六図の六七、六八で示されるコア(芯)となるガラスとその表面をクラッド(被覆)しているガラスの層が「マトリクスガラス」の中に埋め込まれている状態を規定しているのである。なお、第六図は、クラッドの層を示す線は省略されているが、説明図には付加した。

<3>第三段落「前記ファイバは前記隣接領域内で互いに平行であり、前記隣接領域内における前記コア間の距離が前記ファイバのうちの一つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他の一つのファイバに結合できないように十分に大きく、前記マトリクスガラスが前記隣接領域全体にわたって前記ファイバに一体に接着され、それによって前記ファイバと前記マトリクスガラスとの間に間隙が存在しないようになされており、」

この段落は、隣接領域内のファイバの配置を規定している。

コアとコア間の距離を一つのファイバ中を伝播しているエネルギ(光)が他のファイバに結合できないように十分に大きくすることを規定している。

<4>第四段落「前記領域内における前記光ファイバの直径が前記隣接領域内における直径より小さく、前記コアは前記隣接領域においてよりも前記中央領域においてより近接しており、前記中央領域における前記コア間の距離は前記ファイバのうちの一つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他のファイバに結合するように十分に小さくなされているファイバオプティク・カプラ。

この段落は、中央領域内のファイバの配置を規定している。

コアとコア間の距離を一つのファイバ中を伝播しているエネルギ(光)が他のファイバに結合するように十分に小さくすることと、光ファイバの直径が隣接領域内における光ファイバの直径より小さくなっていることを規定している。

3、特許請求の範囲の第一段落で、特に、「前記隣接領域は一定の所定直径を有しており、前記マトリックスガラス体の直径が前記隣接領域におけるそれより小さい直径までテーパしている細長い細長いマトリクスガラス体」と記載されている点は、本願発明の重要な構成要件となっている。

この「前記隣接領域は一定の所定直径有しており」との記載の「所定の」意味は「定まっていること。定めてあること。」(岩波書店、広辞苑)であるが、それは明細書および図面の記載において定められているのであるから、「一定の所定直径」の意味する技術的意義は特許請求の範囲の記載だけからは一義的に明確ではない。

五. (発明の要旨認定の原則)

発明の要旨を認定する場合は、特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであり、その際そこに記載された事項を無視したりすることが許されない。

発明の要旨認定に関し、最判平成三年三月八日判決(昭和六二年(行ツ)第三号「リパーゼ事件」民集四五巻三号一二三頁)は、「特許法第二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係わる発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係わる発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」

と判示した。この判決は発明の要旨認定の原則を判示したものであるが、発明の要旨認定のあり方として、明細書の詳細な説明を参酌することを原則として禁止するかのようにも理解され、その判示の理解をめぐって混乱がみられた。

そのために工業所有権審議会の答申に基づき、平成六年の特許法改正により特許法第七〇条に第二項が追加され、特許請求の範囲の記載の解釈にあたっては、語義の明瞭化等のために、発明の詳細な説明の記載を参酌することが法定事項として明確化されたのである。

法七〇条一項の「特許発明の技術的範囲」とは、特許権の効力の及ぶ客観的範囲を意味するものであるが、審決取消訴訟において審理の対象である審決の違法性について判断するに当たり把握すべき発明の要旨とは区別して論ずる理由はなく両者は基本的には同一のものと考えなければならない。特許庁は右特許法改正の趣旨にのっとり、「平成六年改正特許法等における審査及び審判の運用」において、

「請求項に係わる発明の認定は、請求項の記載に基づいて行う。この場合においては、特許請求の範囲以外の明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載された発明を特定するための事項(用語)の意義を解釈する。」

と定め、法七〇条二項と同趣旨の原則に基づいて発明の要旨を認定することとしている。

六.上告理由一について。

1、原判決は、本願発明の必須不可欠の構成要件である「一定の所定直径を有しており」の文言上の意味を把握しただけで、その文言の技術的意義について、発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌した解釈を行わず、結果的にその技術的意義を無視し、引用例一記載の発明と対比して両者の構成が一致すると判断した。原審は平成六年改正特許法第七〇条第二項の規定の趣旨に明らかに違反する(「一定の所定直径」の文言は、その技術的意義が一義的に明確に理解することができないので、前記「リパーゼ」事件判決の判示に則っても、発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌しなければならない。)。

2、しからば特許請求の範囲に記載された「一定の所定直径を有しており」の文言は、発明の詳細な説明の記載及び図面の記載を参酌していかに解釈すべきであるか。

本願明細書には、本願発明の課題に関して、「本発明は上述した従来技術の難点を克服する方法を提供することを目的とする。他の目的は低損失のカプラを作成するための低コスト方法を提供することである。さらに他の目的は、ファイバを容易に連結しうる製造の容易な光ファイバ用カプラを提供することである。」(明細書一三頁一~六行)と記載されている。

この点につき原判決は、理由の第二(判決書第一九頁)において、「本願発明の技術的課題(目的)は、従来技術の難点を克服し、低損失のカプラを作成するための低コスト方法と、ファイバを容易に連結しうる製造の容易な光ファイバ用カプラを提供することである。」(判決書第二〇頁一〇~一三行)と把握し、「ファイバを容易に連結しうる」点も含めて、本願発明の課題についての本願明細書中の記載を適切に抽出している。

そして、「本願発明は、前記の技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書三枚目二行ないし四枚目一三行)。」(判決書第二〇頁一五~一七行)と述べた。

ここで「その要旨とする構成」とは、平成四年六月二四日付手続補正書三枚目二行ないし四枚目一三行に記載した特許請求の範囲に記載された本願発明の構成のことである。

本願発明の構成は、前記の技術的課題(目的)を解決するためのものであるから、構成の記載に不明瞭な点があれば、その記載をいかに解釈すれば技術的課題(目的)の解決につながるかという観点で合理的に構成を解釈し、確定すべきは当然であり、その不明瞭な記載を無視したり、看過して発明の要旨を認定することは許されない。

本願発明は、原判決で抽出した「ファイバを容易に連結しうる」という重要な課題を有する。してみれば、この課題がいかなる手段によって解決されたのかを審理究明すべきである。

3、この課題およびこの課題の解決手段に関連する明細書及び図面の記載は下記のとおりである。

「光ファイバはカプラ・コアと心合した状態でカプラの端面に単に接着されるだけでよい。端面に対する光ファイバの連結は、複数の穴を有するキャップをその端面に被着し、その穴のうちの一つを各端面で終端するカプラ・コアの各一つと心合させることによって、容易に行うことができる。光ファイバが上記キャップの各穴に一本ずつ挿入される。」(一六頁一四行~一七頁一行)。

「細化領域二三から離れたところでは、コアが結合距離よりも大きい距離だけ離間しているので、光は一つのコアから他のコアに結合しない。細化されていない領域におけるファイバの直径は、それに接続されるべきファイバの寸法によって決定される。効果的な結合を得るためには、コアはある最小限の程度だけ直径を減寸されなければならない(二二頁六~一四行)。

「第六図は光ファイバをカプラに接続するために用いられうる二つの異なる方法を示している。カプラ六六は二つのコア六七および六八を具備している。カプラ六六の一端にはファイバ六九および七〇が接着剤七一によって固着される。ファイバをこのような方法で接続する場合には、ファイバはカプラのコアに心合されそして接着剤が硬化するまでその心合状態に保持されねばならないから、この接続法は厄介でかつ時間がかかる。カプラ六六の他の端部にはキャップ七三が固着されており、このキャップ七三はカプラ・コア六七および六八に心合された二つの開孔七四を有している。ファイバ七五および七六は穴七四に挿入される場合、コア六七および六八にそれぞれ心合される。」(二九頁一五行~三〇頁九行)。

これらの記載および第六図の記載から明らかなように、「ファイバを容易に連結しうる」ということは、カプラの端部に連結される光ファイバの端部を削って細くするなどの特別の工夫をすることなく、第六図のカプラの両端に図示されているように接着剤七一を用いるかキャップ七三を用いて光ファイバを連結することが可能になることである。

「所定の一定の直径を有する」という構成は、具体的には第六図のように二本のファイバを接続するカプラの場合、二本のファイバの直径(通常一本のファイバの直径は一二五ミクロン)の合計である最低二五〇ミクロンと、それを接着剤で接着したり、キャップで固定するために余裕を設けた部分を合わせた直径、すなわち五〇〇ミクロン前後の太さ(つまり〇.五mmのシャープペンシルの芯程度の太さ)をいうことは明らかである。ファイバの数を増やせばそれに応じて所定の一定の直径を大きくしなければならない。

しかも、この所定の一定の直径は大きければ大きいほどよいというものではなく、中央領域ではファイバとファイバとの間の距離は近接させておかねばならず、隣接領域のファイバは互いに平行でなければならないという制約があるから、この「所定の一定の直径」はできるだけ小さい方が望ましいのである。

4、このように本願発明の「所定の一定の直径」とは、隣接領域のファイバとファイバとの間にマトリックスガラスの層を介在させることによってファイバ間の距離を大きくしてファイバの連結を容易にするのに必要な最小限の大きさの直径をいうものと解釈される。

このように、「所定の一定の直径を有する」という文言は、「マトリクスガラス」という物質を用いるだけで、ファイバとファイバとの間の距離が小さい結合部(中央領域)とファイバとファイバとの間の距離が大きい非結合領域(隣接領域)が形成されているのみならず、髪の毛ほどの極めて細い複数本の光ファイバの端とカプラの中の複数本のファイバの端との連結を容易にできる程度のカプラ断面が得られる大きさに隣接領域が形成されている、という技術的に重要な意義をもつ課題解決手段を規定するものである。ファイバとファイバとの間に「マトリクスガラス」を用いて隣接領域をこのような大きさの直径としなければ上記の課題の解決はできないのである。

5、これに対し、引用例一記載の光ミキサは細長い断面円形の繊維状のものであるから中央領域の両側の二つの隣接領域が「一定の直径を有している」と言える。しかし、本願発明が意味する「所定の直径」を有するものではない。

引用例一記載の発明は別紙「引用例1の説明図」に示すとおり、隣接領域を細く伸ばしているのに対し、本願発明は逆に隣接領域のファイバとファイバの間をマトリクスガラスの厚い層で広げて隣接領域を一定の直径以上にしたものである。引用例一の第五図のように七本のコアを光カプラ内に形成した場合は、第五図に七個の丸印で示されるファイバの配置では本願発明のような連結は不可能である。本願発明は、入射ファイバおよび/または出射ファイバとカプラの中のファイバとの連結を容易にできる程度にマトリクスガラスを用いて相当に大きい直径にしたものであり、「一定の所定の直径」の文言で規定された本願発明の光カプラの隣接領域の構成は、引用例一記載の発明の光ミキサの隣接領域の構成と相違することは明らかである。

6、上告人は、本願の明細書および図面の記載に基づいて解釈すべき「一定の所定の直径」の文言で規定された本願発明の構成は、引用例一記載の光ミキサの構成と明らかに相違することを一貫して争っているのである。

すなわち、原告第一回準備書面では、例えば下記のとおり主張した。

「また、本願発明は(2)隣接領域においてコア間の距離をエネルギが他の一つのファイバに結合しないように十分に大きくすることにより、<1>カプラの端面における、コア間の距離が大きいものとなり、複数の光ファイバを容易にカプラに接続できる(これに対して、引用例一のものでは、隣接領域においてもコア間に光結合が生じる程度ユア間の距離を小さくしているため、カプラの端面においてコアが近接しており、複数の光ファイバを接続するために新たな構成を付加しなければならない。)」(一六頁一四行~一七頁六行)。

また、原告第七回(最終)準備書面でも例えば下記のとおり主張した。

「(3)カプラ端面において光ファイバを接続しやすいものとできる。<1>本発明においては、隣接部において、コア間の距離は『光結合ができない程度に大きい』ものとしている。これに加えて『コア』の外側には『クラッド』が存在し、これが『マトリクスガラス』の中に配置されている。このため、カプラ端面において、内部の光ファイバどうしの間隔は十分に大きいものとなる。<2>従って、甲第二号証第六図(本願明細書添付の第六図)に示すように、ファイバオプティク・カプラの端面に直接他の光ファイバを取り付けるに際して、他の光ファイバどうしが接触したりすることがないので、他の光ファイバの直径を小さくしたり、特別の接続具を用いることなく光ファイバをファイバオプティク・カプラの端部に接続することができ、複数の光ファイバを容易にカプラに接続できる。<3>このようにカプラ端面に光ファイバを容易に接続できることにより『ファイバを容易に連結しうる製造の容易な光ファイバ用カプラを提供する』という目的が達成できる」(二七頁二七行~二八頁一三行)。

7.すなわち、上告人は、「一定の所定の直径」の技術的意義に関する事項について、上記のごとく争っているにもかかわらず、原判決は、本願発明の要旨を適法に認定せず、両者のこの点の文言上の「直径を有する」点の一致を認定しただけであり、両者の「一定の所定の直径」の技術的意義についての異同についての判断遺漏による理由不備の違法がある。

七.上告理由二について。

1.法第二九条第二項に関する発明の進歩性の判断にあたっては、当該発明のもつ技術的課題を重視すべきである。

この点につき、判例を下記に示す。

<1>東京高裁昭和五八年(行ケ)一五〇、昭和六一年六月三〇日判決

「本願発明の…を特定した点は、…を図るという技術的課題解決のためであると認められるところ、第一引用例には、上記技術的課題は存しない。そうであれば、少なくとも他に係る技術的課題を有する公知の技術が、本願出願前に存在したことが示され、それとの比較検討を経ない以上、本願発明の上記…の特定は容易になし得るものということはできない。」

<2>東京高裁昭和六一年(行ケ)六八号、昭和六三年四月一二日判決

「本願発明と第一引用例記載の発明の技術的課題及び技術的思想について…を対比検討すると、両者はその技術的課題及び技術的思想を異にすることが明らかである。…本願発明において…するのは、第一引用例の発明における技術的課題とは別個の前記認定の技術的課題を達成するために採用されたものであって、第一引用例の発明において…とすることとは技術的思想を異にするというべきである。…したがって、本願発明は第一引用例記載の発明とは異なる技術的課題を達成するために、…するという第一引用例記載の発明とは異なる技術的思想を有するものというべきである。

第二引用例記載のもののような…は、…程度のもので足りるが、…は…強く要求されるものであり、両者は要求される資質を異にし、それに伴い解決すべき技術的課題も当然に相違しているというべきであり、その結果、両者はその技術分野を異にするものというべきである。

従って、第二引用例に記載された…を…に転用し、これを第一引用例記載の発明における…に代えて採用することは当業者が容易に想到し得ることとはいえない。

そうであれば、第一引用例記載の発明において、本願発明の見いだした技術的課題を解決するために、…として第二引用例記載のものを採用し、本願発明を得ることは当業者が容易に想到し得たものではない。」

<3>東京高裁平成元年(行ケ)四 平成二年一二月二七日判決

「両発明は、その課題を異にしており、引用例には、本願発明の課題解決に関する事項はもとより、これを示唆する事項も見出し得ないものであるから、一見両者の構成に共通している如き点があったとしても、引用例記載の発明を本願発明の容易推考性判断のための対比資料とすること自体相当でないというべきであり、既にこの点において審決は失当である。」

<4>東京高裁平成六年(行ケ)三三、平成八年一一月二〇日判決

「前示のとおり、本願明細書には、本願発明の技術的課題であるブーミングの根拠及び内容が明らかにされ、その解決手段も開示されていると認められるのであるから、審決の上記認定は誤りといわなければならない。…本願発明が…という解決手段を見出し、前示相違点に係わる…構成を採用したものであるのに対し、引用例発明は、この構成を欠くものであるから、上記周知事項を考慮しても、…という本願発明と引用例発明とが、その構成の差異に基づき、作用効果において相違することは明らかである。」

2、以上のとおり、発明の進歩性の判断は、引用例に記載された技術的事項を基本にして、当業者がこれに他の引用例に記載された技術的事項を適用し、あるいは周知事項を付加して容易に想到し得るものにすぎないのかどうかを判断するのであり、引用例記載の技術と技術的課題が相違すれば、本願発明の技術的課題が新規なものでない場合でも、これを相当の理由なく容易ということはできないのである。

これを本願発明についてみるに、本願発明は、前述のとおり引用例一記載の技術とは明らかに技術的課題が相違するものであり、この技術的課題は引用例一にも引用例二(甲第七号証)にも開示のない新規なものであって、この課題の解決手段として見出した構成は、各引例に何ら開示または示唆はないものであるから、本願発明は、進歩性を有するものであり、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りはないとした原判決は特許法第二九条第二項の規定の適用を誤った違法がある。

八. まとめ

以上述べた上告理由は、単に原審の専権に属する事実認定の誤りを非難するものではなく、事実認定の判断基準に係る発明の要旨認定に関する原則の根拠となる特許法第七〇条の規定の趣旨に違反すること及び第二九条第二項の解釈の適用の誤りを指摘するものである。原審が法第七〇条第二項に従って本願発明の要旨を認定し、あるいは法第二九条第二項に従って進歩性の有無を判断すれば、当然判決の結論に影響を及ぼすものである。

よって、原判決は違法であり、その違法は判決に影響を及ぼす違法であるので原判決を破棄すべきである。

以上

本願発明の説明図

<省略>

引用例1の説明図

<省略>

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