大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)318号 判決

上告人(原告) 青木恵一郎 外三名

被上告人(被告) 長野県選挙管理委員会

一、主  文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

二、理  由

上告代理人青柳盛雄、小沢茂、岡林辰雄の上告理由は末尾記載のとおりである。

職権を以て調査するに、上告人等は夫々その主張の長野県選挙区における選挙人若は議員候補者として昭和二四年一月二三日施行の長野県第一乃至第四区における衆議院議員選挙を無効とする判決を求めるものである。然しながら右選挙は総選挙として行はれたものであるところ、昭和二七年八月二八日衆議院は解散せられ(このことは公知の事実である)、これによつて右昭和二四年一月二三日施行の総選挙による効力はすべて将来に向つて失われたものである。従つて上告人等は右選挙無効の判決を求める法律上の利益を失つたと言うべきで、本訴の請求はこれを棄却すべきであるから、原判決は結局正当といふべきである。

よつて民訴四〇一条、九五条を適用し裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。

(裁判官 岩松三郎 真野毅 斎藤悠輔)

上告代理人青柳盛雄、小沢茂、岡林辰雄の上告理由

原判決は「有権者の皆さん、愈々明二十三日は、総選挙と国民審判の日であります、世界各国はこの意義ある明二十三日に果して、日本国民がマツカーサー元帥から与へられた日の丸の旗を中心として、日本再建に対して熱と力を有し、独立国家として世界各国に列する資格を有するかどうかを示すバロメータとして注目しています。日本国を再建し皆さんの生活に光明を与えるためには一人残らず投票することと、極端なる過激分子のでたらめ宣伝に乗つて、自由公正な選挙をあやまつてはならないことであります、一部過激思想は日本においても、終戦後の再建に妨害を加えて来たことは皆さんよく知つているでしよう。皆さんは日本の現情では外国の援助がなければ経済の復興は望めないことを御存じでしようから、お互に棄権をしないようにし、日本の復興を自らなすということを、投票によつて表明しなければなりません。」という趣旨の内容を記載したポスター、ビラを貼付撒布し、また拡声機を用いて放送した本件行為はいわゆる選挙啓蒙運動としてなされたものに過ぎず、従つて特定の候補者または政党に投票を得または得させまいとする選挙運動ではないから、選挙運動の取締に関する法令に触れることはない旨を判示した。

原判決が本件行為を右のようにいわゆる選挙啓蒙運動と判断した根拠は(1)該文言自体は過激分子または過激思想に迷わされて選挙権の行使を誤ることのないよう勧告する趣旨であり、その過激分子または過激思想とは「目的たる社会革命を実現する為には敢て非合法手段を辞せず、暴力を以て社会秩序を破壊し、因て人心の不安と混乱を生ぜしめ、これに乗じて政治的権力を掌握せんことを企図するような矯激なる思想又はかかる主義、思想を抱いて社会運動に従事する者を指すのであつて」「その過激思想とは共産主義の謂であり、極端なる過激分子とは日本共産党に所属する者等を暗示するものに外ならぬ」という上告人等の主張は「確証を伴わぬ単なる推測若くは邪推に基くもの」であるということと、及び(2)本件行為は長野軍政部の立案計画に基く指令の実行として為されたものであるという二点である。第一の文言自体の解釈は若しわが国が占領下になく、且ついわゆる反ソ反共の宣伝活働が「過激思想」「過激分子」を排撃するという名のもとに活溌に行われていないならば、これを正当にして公平な判断として受け容れることができるであろうが、冷厳なる現実に照してこの文言を見るばあい、誰人もこれを原判決のいうような意味に解釈することはできない、「過激思想」「過激分子」という語が本件行為において用いられたことは、かりにその使用を立案計画した者の主観的意図がどうであつたにせよ、客観的には明白に「共産主義」「日本共産党に所属する者等」を指していると一般選挙民大衆から解釈されることは健全なる常識を以てすれば公知の事実と認めざるを得ない。原判決のいうように敢て「確証」を待つまでもなくわれわれの社会通念が当然にその結論を導き出してくれるのである。この点において原判決は事案の真相を極わめようとの意図を放棄し、抽象的な遁辞を弄して不合理な独断を敢て犯したものと見るの外なく、公正な裁判とは認めがたい、特に「過激思想」なるものの範疇を自己流に創造し(すなわち現実には原判決のいうような思想は終戦後のわが国には存在していない、それは原判決の空想である)、しかもかくのごとく想定したところの「過激思想」または「過激分子」「今次敗戦によつて極度に破壊されたわが国経済を復興し、新憲法の掲げる民主主義の理想に従つてわが国を平和的文化国家として再建するためには、極めて有害にして危険であることは、何人も疑を容れないところであろう。」と称して、憲法第十九条が思想の自由を保障していることにたいし挑戦するに者に絶好の口実を与えている点は明らかに憲法違反といわなければならない。けだし思想、言論、政治活動等の自由を蹂躙し、特定の思想、言論、政治活動等を弾圧するばあいには、つねに或る種の兇悪無惨、矯激にして暴力的な思想、言論、政治活動等を想定し、恰かもそれが現実に存在しているかのごとく特定の思想、言論、政治活動をこれに該当するものとして牽強附会するのが例となつているからである。かかる非民主的な見地に立つて本件行為を評価している原判決は既にこの点において違法である。

次に第二に、本件行為が長野軍政部によつて立案計画されその指令の実行として為されたものであることが、選挙啓蒙運動であつて、選挙運動でないと判断する根拠としていることの合理性についてわれわれはこれを承認することができない、すなわち軍政部は選挙運動を行うべき立場にないことは社会通念上これを容認することができるが、それは一般的、抽象的に統治機構の性格としてそうであるというだけのものであつて、現実的に立案計画し実施された行為がこの建前と合致しているかどうかはその現実を客観的に評価してはじめて断定できるにすぎない。

従つてそれが軍政部の指令に基く行動だという点で選挙運動でないとするのは現実に対する冷厳な認識を回避しようとする義務懈怠的態度といわなければならない。すなわち原判決はこの点で理由不備の違法を犯している。これを要するに原判決は日本民族の独立を保障したポツダム宣言の厳正実施としての司法権の独立的行使としては極わめて不徹底であるとの謗を免がれえないものと信ずる。

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