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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)35号 判決 1953年12月10日

佐賀市松原町八八番地

上告人

永田長円

同市水ケ江町南十間端

被上告人

酒井藤次

同所

糸山豊吉

佐賀市水ケ江町南水ケ江

龍進

右当事者間の賃貸借契約不存在及び転貸借契約無効確認並びに土地引渡請求事件について、福岡高等裁判所が昭和二三年一一月二九日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

上告人(原告、控訴人)は第一審において、「本件土地は何れも上告人の所有であつて訴外副島勝次に賃貸して小作せしめていたが同人は昭和二十年中に上告人の承諾を得ないで、本件土地の賃借権を被上告人(被告、被控訴人)三名に譲渡すると共に土地の引渡をなし、被上告人等はこれを占有して耕作するに至つたので、上告人は昭和二十一年五月三十日副島に対して民法六一二条の規定に基いて、同人との間の賃貸借契約を解除した。それのみでなく、副島と被上告人等との間の賃借権譲渡契約は地方長官の許可を受けていないので、臨時農地等管理令七条の二に違反し、その点から言つても無効であるから、被上告人等は本件土地を占有する権原を有しない」ことを請求原因として、土地所有権に基き、「(一)本件土地につき昭和二十年中副島と被上告人等との間に為された賃借権譲渡契約の無効なることを確認する、(二)上告人に対し被上告人等はそれぞれその占有している本件土地を引渡すべき」旨の判決を求めた。

上告人は第一審において敗訴し控訴したが、控訴繋属中である昭和二三年四月一〇日頃自作農創設特別措置法によつて本件土地が買収せられたので、同年九月一七日の口頭弁論において、前記請求趣旨(一)はそのまま維持しつつ、請求趣旨(二)を変更して、「右土地につき上告人と被上告人との間に賃貸借契約の存在せざりしことを確定する」と改めた。以上が本件訴の概要である。そして原審における昭和二三年九月一七日の口頭弁論における控訴人の請求趣旨の変更についての釈明ならびに上告理由書において主張している所を綜合すると、上告人が原審において請求趣旨(二)として主張しているところは、上告人が前示買収により本件土地所有権を喪失した(此の事実は上告人の自認するところである)昭和二三年四月一〇日頃以前には、上告人と被上告人等との間には本件土地につき賃貸借契約の存在しなかつたとの過去における法律関係不存在の確認を求めていることは明らかであり、而も請求趣旨(一)は(二)の変更以前にはその必要なきものであり、(二)の変更以後はその表現に用いた文字の差はあるが結局同一内容のものであるか、少くとも(一)は(二)の中に包含せられる申立たるに過ぎない。

凡そ確認の訴は現在の権利又は法律関係の存否についてのみ許さるべきであり、過去における権利又は法律関係の存否の確認を求める訴はその利益を欠くものとして許されないものと解するのが正当であるから、原審がこの理由により上告人の控訴を棄却したのは正当といふべきである。

上告理由は右と反対の見解に立つて原判決を非難し乃至は原判決の言はないところ(原判決は上告人の控訴を棄却する理由として、上告人の主張によれば上告人が取得することのあるべき損害賠償請求権等の消滅について言及していないことは判文上明らかである)を、言つたものとして非難するに過ぎない。また記録に徴するに、原審における昭和二三年二月一六日の口頭弁論(記録三五一丁表)において、裁判長が前記請求趣旨(一)を維持する理由について釈明を求めたのに対し、控訴人は次回に釈明すべき旨答えながら、その後これを為さないのみでなく、同年九月一七日の口頭弁論(記録四二九丁表及び裏)においては、同日改めた前記請求趣旨(二)を過去における権利関係不存在の確認なりとして釈明すると共に、請求趣旨(一)は従前通りこれを維持する旨を供述している事実その他原審における弁論の全趣旨を参酌すれば、この点について原審が釈明権の行使を怠り審理をつくさなかつた違法をしたとの上告理由も亦到底採用することを得ない。

仍て本件上告を理由なしと認めて之を棄却すべく、民訴法四〇一条、九五条、八九条を適用し、裁判官全員の一致を以て主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔)

昭和二四年(オ)第三五号

上告人 永田長円

被上告人 酒井藤次

同 糸山豊吉

同 龍進

上告人本人の上告理由

第一点 原判決は法律の解釈を過つたか事実の誤認若くは認識せざるの違法がある。

即ち上告人は本件において土地の引渡請求をなしていたところ昭和二十三年四月十日頃該土地が自作農創設特別措置法によつて買収せられたので上告人は原審において昭和二十三年九月十七日附土地引渡請求の部分を「且つ右土地に付き控訴人と被控訴人との間に賃貸借契約の存在せざることを確認す」と更正した。

ところが原審は上告人が土地の所有権を喪失したことによつて土地に関する既存の権利は一切消滅し上告人と他人間の賃貸借関係も(その賃借人の何人であるかを問はず)一切消滅するものであると判断した。

しかしながら被上告人等が本件土地の耕作を開始した昭和二十年五月頃以降買収令書を受けた昭和二十三年四月十日頃迄の間は被上告人等が不法に耕作を続けたことによつて上告人と被上告人等との間には種々の法律関係が発生している即ち正当の賃貸借契約である場合は賃料(小作料)の債権債務の関係を発生し不法占拠であるならば被上告人等の不当利得問題又は上告人が土地の引渡を受けなかつたためにこれに因つて生した損害賠償問題を発生し又被上告人等の不法占拠によつて上告人は不在地主となり本件土地の買収を受け、これがため多大な損害を被つたものである。(昭和二十年十一月二十三日現在において在村地主不在地主等を区別する関係上、上告人が当時土地の耕作をして居れば買収せられない)

かように上告人と被上告人等との間には種々の問題を残して居るのであるそこで上告人は土地所有権を喪失したのでこれに代つて損害賠償等の請求をなし得る筋合であるしかし給付判決を受くるがためには相当の日時と手続を要するため上告人は右給付判決を止め上告人と被上告人との間に賃貸借契約の存在せなかつたことの確認判決を求めた所以である。

原審のように過去における権利関係の確認を求むることは確認請求の性質に反すると解するならばかりに上告人が被上告人等を相手方として下級裁判所に対し右土地の使用期間中の賃料若くば損害賠償請求の給付訴訟提起せずその前提となる賃貸借契約不存在確認訴訟をなすことは不適当と言はなければならないしかしながら債権者は直ちに給付の訴を提起し得る場合でもこれを避けて確認判決を受け得ることは認められて居るのである。(昭和八年十一月二十一日大判)

ことに本件の場合の如く土地の不法占拠は単に賃料或は損害賠償問題のみでなく他に多くの法律問題は未解決のまゝであるからなおさら確認判決を受ける利益があると云はなければならない結局原判決が土地所有権の喪失によつて所有者と賃借人或は不法占拠者との関係は一切消滅に帰すると判断したのは以上の様な事実関係法律関係の存在することを認識せなかつたのか或はその認識に過りがあるのかそれともかような事実を認めながら法律の解釈を過つて上告人の請求又は請求の原因の変更を認めなかつた違法がある。

第二点 原判決は裁判を遺脱したか釈明権の行使をなさず審理を尽くさなかつた違法がある。

上告人は本件において被上告人等と訴外副島勝次との間の賃貸借譲渡契約の無劫であること及び上告人と被上告人との間に賃貸借契約が存在せないことの確認を求めたのである上告人が訴訟提起当時単に土地の引渡をのみを請求する目的であるならば給付判決のみに限定して、しかるべきであつた、しかし土地は近き将来において上告人が所有権を喪ふ場合も予想し得らる(売買譲渡買収相続裁判所等の強制処分等)ので以上の通り確認請求をなしたのである従つて土地所有権の喪失の有無にかかわらず確認請求に対しては判断を与えなければならない原判決のように被上告人等の不法占拠中の事実関係それに関連する法律関係は土地所有権の喪失によつて既に過去の権利関係であるから判断の対象とはならないと蹴つてしまうならばそれでよいわけであるが現在当事者間においては不明瞭な権利関係が存在することはさきに述べた通りである随つてこれを解決するためには再び訴訟を提起せねばならない破目に立至つて居る状態である。

上告人はかような場合を予想して確認の請求をなしたのであるから原審はこれに対して裁判をなさねばならないのに何等の判断をせなかつたのは裁判を遺脱したものと云ふか確認請求の目的が何れにあるかを釈明すべきにこれをなさず審理を尽くさなかつた違法かあるといわなければならない。

以上の理由によつて原判決は破棄を免かれぬものと信ずる。

以上

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