最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)46号 判決 1953年1月08日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士菅野虎雄の上告理由について。
記録によると、上告人が事実審で主張した本訴請求の要領は、本訴当事者間に一旦成立した土地建物の売買に基き被上告人から上告人にその代金の内金として支払われた金二万円につき上告人は昭和二二年二月一五日財産税金一万五千円を納付したのであるが、その後右売買は当事者の合意により解除され、さきに受領した右金二万円も上告人から被上告人に返還されるに至つたので前示金一万五千円の納税金は、その納付当時は上告人の財産税として支払われたものであるが、売買解除後にあつては、実質上被上告人のために消費寄託たる預金の処理に必要な費用として上告人において支出したことに帰着するのであるから、民法六六五条六五〇条により被上告人の償還すべきものというべく、仮りに然らずとしても右金二万円は解除の遡及効により当初から引続き被上告人の所有であつたことになるので、これに対し偶々そのものを占有していた上告人に課せられた財産税一万五千円は、民法一九六条により占有物につき支出された保存費として被上告人において上告人に対し償還すべきものといわなければならない。よつて金一万五千円及びこれに対する昭和二二年九月一七日以降支払済に至るまでの年五分の金員の支払を求めるというのである。そして原審は所論金二万円は本訴当事者間に成立した売買につきその代金の内金として上告人に支払われたもので、当然その所有に帰し、上告人は右金員に関し受寄者でもなく、また他人の物の占有者でもなく、しかもその所有者であることは、売買契約の合意解除によつていささかも影響されるものではないから、民法六六五条、六五〇条もしくは同法一九六条の適用又は準用をみる余地は全くないものであると判示し、上告人の本訴請求を排斥した第一審判決を是認したのである。
この原判旨は正当であり、上告人の本訴請求を棄却する裁判としては、前段説示の判断をなせば、既に十分であるといわなければならない。然るに原判決は右の判示をなした上、更らに契約が合意により解除せられた場合にあつては、当事者はその間の法律関係を合意により規整するものと解すべきであるから、特段の定のなされない限り、その契約義務の履行としてさきに給付されたものに関してもその合意によりこれを返還すべきものと解するのが相当であり、法律上損害賠償の義務、その他不当利得返還の義務等が発生するものではない。従つて所論売買契約の合意解除に際し特段の定のなされたことの認められない本件においては、所論金二万円の返還も当事者間の当時の合意により約定されたものとなさざるを得ないのであり、これに関し不当利得返還の問題を生ずる余地はない旨判示しているのであるが、この判示は本訴請求に関する限り無用のものといわなければならない。論旨が(第一点及び第二点とも)事実審で主張されない非債弁済を理由とする不当利得返還義務あることを前提として原判決を非難しているのも、前示原判決の無用な判示に誘致されたものに外ならないのであり、上告理由としては採用に値しないこと多言を要しないところである。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔)