最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)71号 判決 1953年12月14日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士中島弘道、同岡田実、同根本松男、同小林武夫の上告理由について。
上告人の本件仮処分申請の趣旨として主張するところは、上告人は、昭和一八年一月三一日訴外王子製紙株式会社との間の契約により本件鹿越石灰石山のいわゆる旧鉱、新鉱を包含した全地域の地上地下にわたる土地の使用収益を為すべき債権(上告人は本件上告趣意では石灰石採掘事業引継契約のごとく主張するが原審では被上告人において石灰石を採掘することを目的とする契約であるとするのに反し上告人は明瞭に土地の使用収益を為すべき債権であると主張している)を取得し、適法にその全地域の引渡を受けてこれを占有し爾来その占有を保持し、引き続き右の土地使用収益権を行使し且つその債権は占有によつて公示せられて物権化したものである。しかるに、被上告人は、右地域中のいわゆる新鉱地域の部分に無断侵入して石灰石を採掘することにより上告人の該地域に対する占有権を妨害するばかりでなく、上告人の該土地に対する使用収益の債権の行使を妨げこれを侵害しているから、その妨害排除のため本件仮処分申請をするというのである。されば、上告人の本訴請求は本件土地の使用収益の債権者並びに占有権者として債務者でない第三者である被上告人に対し債権に基く妨害排除並びに占有権に基く妨害の停止及び予防を求めるものといわなければならない。
しかし、或る特定人間の債権契約は、その契約の当事者間において、債権者は債務者に対し或る一定の作為又は不作為の給付を請求することを得る法律上の権利を取得するに過ぎないものであつて、債権者は直接第三者に対して債権の内容に応ずる法律的効力を及ぼし第三者の行動の自由を制限することを得ないのを本則とする。ただ第三者の不法行為により債権の侵害され得べきことは近時一般に認められるところであるが、それは損害賠償の請求を認める限度において肯定さるべきであり、これがために債権に排他性を認め第三者に対し直接妨害排除等の請求を為し得べきものとすることはできない。果して然らば、仮りに上告人と訴外会社との間に上告人主張のような全地域の使用収益を為し得べき契約が成立したとしても上告人がその契約上の債権者として第三者である被上告人に対する本訴請求を許すべきでないことはその主張自体に照らし明らかであるといわなければならない。
次に、上告人がいわゆる新鉱地域である本件土地を訴外会社から引渡を受けて爾来引き続き占有しているという上告人の主張事実については、原審は疏明を得ずとしているのであり、そして、その判断は原判決挙示の疏明証拠に照らしこれを肯認することができ、その間経験則に反する違法は認められない。されば、本件土地の占有権者としての本訴請求も是認することができない。
そして、原判決は、本件仮処分の申請は理由なく却下すべきものとしているところから見ると、原裁判所は保証を立ててもなお仮処分を命ずべからずと判断したものと解せられるから、論旨八点は採用できない。
よつて、爾余の論旨に対する判断を省略し民訴四〇一条、九五条、八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斉藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)