最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)80号 判決
上告人(選定当事者)(原告) 津田秀雄
被上告人(被告) 特許庁長官
一、主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
二、理 由
上告人(選定当事者)の上告理由第一点について。
本件では、本件発明について事実上の争はなく、その争点は原告等の本願発明が特許能力を有するや否やの一点にあつたことは明白なところである。そして、原判決は、その争点に関し、先ず、特許に値すべき発明の本体は自然法則の利用によつて一定の文化目的を達するに適する技術的考案ということにあつて、特許法一条にいわゆる工業的発明とはあらゆる産業に利用されうるものであるが技術産業的特質をもつた発明に限る趣旨と解した上、原告等の本願発明は結局何等装置を用いず、又、自然力を利用した手段を施していないから、特許に値する工業的発明であるとはいえないと説示してその特許能力を否定したものである。裁判所は法律の解釈については自己の自由な判断に従うべきものであつて、当事者の主張する解釈の争点に拘束を受けるものではない。従つて、原判決には、所論の違法を認めることができないから、本論旨は採用できない。
同第二点について。
しかし、原判決は、あわゆる発明がすべて特許能力を有するものではなく、その発明が工業的であることを要する旨説示したのは正当であるから、本願発明が所論のごとく発明には該当するとしてもそれだけでは特許能力を有するものとはいえない。それ故、本論旨は、原判決の判断に影響を及ぼさないこと明白であつて、採用できない。
同第三点について。
本訴請求は、所論審決の取消を求める訴訟である。所論法律の解釈に関する審決の理由に誤りがあるとしても、審決の結論に誤りがなく、本訴請求にして認容できないときは、主文においてこれを棄却するのが当然である。そして、所論解釈の当否は、判決理由中で説明すれば足りるものであつて、主文において言渡すべきものではない。それ故、原判決には所論の違法は存しない。
同第四点について。
しかし、所論答弁書の答弁は、被告(被上告人)の法律上の見解であつて、原告(上告人)の主張事実に対する自白とはいえない。それ故、裁判所は、前述のごとくかかる当事者の法律上の見解に拘束される理由がなく、原判決には、所論の違法は認められない。
同第五点、第六点について。
原判決が、所論特許法一条所定の特許の要件は所論条約一条三項並びに特許法三三条により何等左右されない旨、並びに、工業的発明の意味を技術産業的特質をもつた発明に限る趣旨と解した解釈は右条約等により毫末もこれを変更するの要あるを見ない旨説示したのは、当裁判所においてもこれを正当として是認すべきものと考える。それ故所論は、いずれも採用することができない。
同第七点について。
法律の解釈は、前述のごとく裁判所の自由に判断すべきものであり、所論が学界の通説であるとしても、これを採らなかつた理由を示さなかつたからといつて、違法であるとはいえない。それ故、本論旨も採用できない。
同第八点について。
しかし、原判決が口頭弁論に基いたものであることは明白でありそして、原判決は、主として特許法の解釈を示したものであつて、その判断をするのに特に証拠その他の資料に基くことを要しないものであることその判文に照し明らかであるから、原判決には、所論の違法を認めることはできない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤悠輔 真野毅 岩松三郎)
上告選定当事者津田秀雄の上告理由
第一点 原判決は当事者の申立ざる事実並に論拠を判断の資料となし上告人の不利益に帰せしめた違法があります。
原判決は「原告の本願発明は(中略)電報用の暗号を作成する方法であつて、たとえ、その産業上、殊に商取引において貢献するところが大であり、又その作成方法が科学的に精緻を極めているとしても、その間、何等装置を用いず、又自然力を利用した手段を施していないのであるから、これを暗号による通信方法であると解しても暗号に依る思想表現の方法であるというの外なく(中略)到底特許に値する工業的発明であるということはできないのである。果して然らば原告の本願発明は特許法第一条所定の特許の要件を具えていないものと認めるの外なく、特許を与えるの限りでないので同一理由の下に特許庁(当時特許局)の拒絶査定を是認し原告の抗告審判請求を棄却した特許庁(当時特許標準局)の本件審決は相当であつてこれが取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却す云々」(原判決第15頁第1行乃至第16頁第2行又は本書第15頁第7行乃至第16頁第6行参照)
然るに原出訴事件の原告の申立は我が特許法第一条にいわゆる「工業」を「狭義の工業」に局限した解釈の下に本願発明の特許無能力を主張された原審決は不当だというにありました事実は原判決もこれを是認されているところであります(原判決書第6頁第7行乃至第7頁第8行並に同第9頁第7行乃至第9行即ち本書第7頁第5行乃至第8頁第4行並に第10頁第13行乃至第11頁第1行参照)
そして上記原判決が本願発明の特許無能力を判定された理由は本願発明たる欧文字単一電報隠語作成方法なるものはその作成方法に何等装置を用いず、又自然力を利用した手段を施していないから特許に値する発明でないというにありました。勿論そのいわゆる理由の全く根拠のない事実は更に項を改めて論証もいたしたいのですが、それは別問題として、兎に角、原、被両当事者間に於ける争点ではなく」従つて「原出訴事件の当初の申立事項ではなかつた」「発明」要件の欠如を理由とした原判決は民事訴訟法第一八六条に反した不法な判決だと信じます。
第二点 本願発明たる電信暗号作成方法は原判決の説示された発明の定義(原判決第10頁第1行乃至第3行即ち本書第11頁第5行乃至第7行参照)にも確に適合しますから、正しく発明です。
(1) 本件電信暗号作成方法は技術的観念創作であります。例えばその最も理解の容易を期するため、その世界的に誇りとせる特長たるその三大目的の一つたる「何人の盗読を絶対に許さない暗号」たらしめ得たことは「技術的の観念創作」でなくて、何でありましようか。(2) 従来何人も成功し得なかつた事に成功したのですから「自然を征服した」ものです。(3) その絶対的成功のためには第三者による暗号の判読に関する必要な科学手段たる論理学における帰納推理法がその威力を発揮し得ざらしむる手段として毎通信の、使用暗号の変更を企てその為め(イ)その変更に要する多変種の暗号の獲得を必要とし同時にその変更に(a)正確と、(b)迅速と、(c)容易と、(d)矢張り経済的なることをも必要条件とすることにして、最後に成功した上記(2)として頻々たる「変更」即「作成」の考案と上記の手段として代数学における順列、殊にその「階乗」の公式をそれら数多の変種の計算に使用せねばならないような暗号の構成方法を覘らつて、辛うじて成功したのが大江裁判長え提出した「特許願要旨概説」に記述しました。そしてそれに添附しました変種暗号表例に例示しました、変種暗総数 403,291,461,126,605,635,584,000,000 組(即ち27桁数)の超天文学的数字から成る多数の変種暗号の獲得に成功し得たのですが上記の(a)、(b)、(c)、(d)、等の困難な要件を完備し、論理学の帰納推理法の大威力をその到達の範囲外に置き得る事実は上記代数学の公式が立証するものなのですから、これこそ学理の最も有効な応用に成功したものではないでしようか即ち自然法則(即ち自然力)を利用したものに相違ありませぬ。その理由は「自然力を利用(又は応用)云々」は御承知の通り、独逸特許法学界の大家Kohler(コーラー)氏の“Erfindung ist eine zum technischen Ausdruck gebrachte Ideenschö
(即ち発明とは自然力を利用して、自然を征服し実用的結果を生ぜしめて、人類の要求を充たすに適する技術的に表現された人の創造的思想の産物である)――コーラー氏「特許法教科書」「一九〇八年版第一三頁――に由来し、各国の学界を風靡したものですが、これを、同じく独逸特許法学界の碩学Gareis(ガライス)氏は一層通俗的用語を使用して説明されたのが、“Erfindung ist die Entdeckung einer vorher noch nicht bekannten Tatsache, dass durch eine konkrete techni-sche Einwirkung auf einen Stoff des Aassenuelt (Natur) ein der wiederholung an sich unterzichbarer Erfolg erzeugt wird: oder Entdeckung (Kennen-lernen) der vorher norh nicht bekanten Tatsache, dass durch eine konkrete technische Verweadung eines Naturstoffes oder Naturge setzes ein an sich wiederholbarer Erfolg erzeugt wird――Gareis, Kommentar S 27――(即ち発明とは「外界」(即ち「自然界」)の「物質」――上告人は大倉書店発行、文学士登張信一郎氏著新式独和大辞典に於ける第一意味たる「材料」と訳すべきが順当で正しいと信じます――に対し、具体的技術的の作用を施し、以て反覆して或る効果を奏せしむることに関する未知の事実の表示――法学博士清瀬一郎氏はこれを、その著工業所有権概論第三七頁第二行及第四行で「発見」と飜訳されましたが寧ろ「表示」を適訳と信じます、殊にその第二の説明中には特に(Kennen‐lernen)さえ附記されているからです――又は「自然物質」若くは『自然法則』を具体的、技術的に応用し、以て反覆して或る効果を奏せしむることに関する未知の事実の闡明である)説明されている事実(上記清瀬一郎氏著工業所有権概論第三六頁一四行乃至第三七頁第四行参照)。そして本願電信暗号はいつでも必ずその(1)発信通りの受信が可能な事実(2)電信料節約可能の程度も(3)通信の秘密の絶対確保も皆、反覆して一定の効果に導き得るものです、そして上記三特長は、その各々が通信を為す凡ての人の慾望であつてそれらが満足せしめられるものですから確に特許要件『発明』には合格します、原判決は本願電信暗号は何等装置を用いてないから発明とは認められないとありましたが、原判決がその第10頁1行乃至3行に於て説示された発明の定義には、装置を用いることの必要の一項は発見し得ませんでした、加之前掲の特許法学界の両権威たる、コーラー及ガライス氏の定義にも又はその他の学説としても、発見し得ませんでしたから原判決のお筆の走り過ぎに外ならないと信じます。第一、均しく装置といつても、その発明の対象如何に依つて、その繁簡の差がある筈です。本願電信暗号の実施には、一定の通信語句集と、暗号変種表と、その実施方法の説明書との外にはただ筆、墨、紙等が装置でしようがそれらは『発明』は勿論『産業性』構成の要素ではない筈ですからです。
第三点 原判決はその主文に誤記があつた違法があつたと信じます。
理由(1) 原出訴事件の原告の申立は上記第一点に於ても明かにした通り、我特許法第一条にいわゆる工業的の「工業」を原審決が、最も広い意味における産業と解せず、飽くまで本来の「工業」に局限したことは、法の正しい解釈を誤つた不当なものだというにありました。(原判決書第6頁第6行乃至第7頁第8行又は本書第7頁第5行乃至第8頁第4行)
理由(2) 原判決は、原被両当事者間における論争の焦点たる、右用語の解釈については「農業、商業等と対立する意味における工業に限定することは特許制度設定の目的を思わざる議論である云々」(原判決書第10頁第7行乃至第11頁第4行参照又は本書第11頁第12行乃至第12頁第5行参照)と判定されました。
理由(3) 故に前記判定を理由とすべき判決の主文は当然原出訴事件に関するその原告請求の趣旨たる「原審決の全部を破棄す」であるべきだつたと信じます。
理由(4) 然るに事実は反対に原告の請求はこれを棄却する訴訟費用は原告の負担とする(原判決書第2頁第7行乃至9行参照)とありましたからです。
第四点 原判決はその答弁書に於ける被告の重要な 自白を、全然判決の資料から
理由(1) 原出訴事件における原告の申立は己に上記第一点及第三点においても明記しました通り、我が特許法第一条にいわゆる工業的の「工業」の意味を、原審決が「狭義の工業」に局限したものに解すべきだと飽くまでも固執されたことを不当としたものでありました。
理由(2) 然るに久保特許庁長官の答弁書は「我が特許法において工業的とは純粋に商業的のもの(純粋に商業的のものとは工業的かつ商業的のものではない意)を包含しないものと解するを正当とする」(答弁書第2頁第14行及第15行参照)並に「結局商業に関係を有するものゝ中で、いずれが工業的かつ商業的のもので、特許権の対象となり得るかは個々の事例について判断すべき問題云々」(答弁書第3頁第3行乃至第5行参照)と、要するに「工業的かつ商業的」と解すべきだと主張されました。
理由(3) 原審決の固執された「狭義の工業」と答弁書の主張された「工業的かつ商業的」決して同一の意味でないことは確かだと信じます。
理由(4) 答弁書が原審決の固執された解釈たる「狭義の工業」を支援されないでそれと異つた解釈である『「工業的かつ商業的」と解するを正当とする』(答弁書第2頁第17行及15行参照)と訂正されたことは要するに原審決の解釈の不当であつた事実と自白されたものだと信じます。
理由(5) そして、その「狭義の工業」に局限した解釈を固執した原審決が不当だと原告の申立てた原出訴事件としては、上記答弁書の自白は、そのいわゆる本案審理上最も重要な事実だと信じます。
理由(6) 然るに原判決は、その本案審理上最も重要な当事者の自白をも、全然その判断の資料とされなかつた処にもその違法があると信じます。
第五点 原判決は我が「特許法第一条所定の特許の要件」は「万国工業所有権保護同盟条約第一条第三項」並に「特許法第三十三条」により何等左右されることのないものと判定された(原判決第14頁第7行乃至第10行参照又は本書第15頁第3行及4行参照)のは、広い意味における法の解釈を誤まつた違法があると信じます。
理由(1) 原判決は「前記条約第一条第三項の規定は単に商号までも含めた意味における工業所有権の及ぶ範囲を明にした規定である」(原判決第14頁第5行乃至7行又は本書第14頁第13行乃至第15頁第2行参照)と判定されました。その行文に多少意味の明瞭を欠く所もあつて、或は上告人選定当事者の誤解に過ぎないものかも知れませぬが、右原判決の判定は、工業所有権の内容たる諸権利の種類に関したものと解せらるゝのですが、もし、それに間違がなかつたとすれば、その事は己にその前項たる第二項で明かにされているので、更にそれをこゝに繰返す必要がないと思います。従つてこの第三項は工業所有権としての保護の及ぶ利益の範囲即ち性質又は種類を明かにしたものだと上告人は信じます。
理由(2) この条約の正しい解釈のためには先ずその条約の締約を必要とさせられた事実の歴史に回顧することが有益だと信じます。元来産業発達の非常に後れた国民は、その所有せる生活必需品が、その量と質即種類の双方に甚だ貧弱なのと同時に多くはその教養も頗る狭少なので、商業道徳の観念も甚だ薄く、その不足の満足のためには、殆どその手段を選ばない傾向があり、他人の所有権の侵害も敢て辞さないのが彼等の常態ですが、その窃盗の、侵害者側として最も効果的なのが他人の特許権の侵害だということが、彼等の常識となるや、その被害の激増せること、実に驚くべきものがあるに到りました。そして、事こゝに到つた原因の主なるものが、元来特許法の属地方主義に由来した特許要件の甲国は乙国と必ずしも同一でないこと、殊に実質上は当然一致を要すべき特許要件も、その発達の歴史関係上、その形式を異にせるところに、その異解釈の余地を残せる欠陥に注意し初めた、比較的に被害の甚大な、富める国たる、産業諸先進国等が、各自の産業の前途を深憂し、その対策として衆智を搾つた結晶が、衡平の正義を標榜した、上記の現行条約は、その前文において『(前略)工業所有権保護ノ為メノ国際同盟ノ創設ニ関スル千八百八十三年三月二十日ノ国際条約ニ或種ノ変更及追加ヲ為スコトヲ有用ナリト認メ左ノ如ク其ノ全権委員ヲ任命セリ(下略)』と記述し、第一条はその第一項として、その条約の適用さるべき主体を明かにし、その第二項には『工業所有権ノ保護ハ、発明特許、実用新案、工業的意匠又ハ雛形、製造標、又ハ商標、商号及原産地ノ表示又ハ出所ノ称呼並ニ不正競争ノ防止ヲ目的トス』と、工業所有権としての保護の目的と、その手段たるべき現行各法規又はその他の種類を例示し、その第三項には工業所有権ハ最モ広キ意味ニ之ヲ解スベク、本来ノ工業及商業ノミナラズ、農産業及採取産業ノ範囲並ニ葡萄酒、穀物、煙草葉、果実、畜類、鉱物、鉱泉、麦酒、花奔、穀粉ノ如キ一切ノ製造品又ハ天産物ニモ及ブモノトス』と、その保護さるべき利益の範囲即ち性質又は種類が、最も広い意味ではあるが必ず産業的のものに限定されていて、文化的な、学術、美術、音楽、文学、映画、無線放送、青少年運動、運動競技等の方面から区別したものだと信じます。そして第四項では、更に発明特許としては、その性質上異論発生の惧れなきにしもあらざる、同盟国の法令で認められた輸入特許、改良特許、追加特許や証明書等をも第二項の発明特許中に包含することを規定したものだと信じます。
そして、上記の解釈は一般条約文の形式論上の見地からするも全く妥当なものだからであります、と同時に、我国特許法学界の権威として一般の尊敬を荷われた法学博士清瀬一郎氏は『茲ニ工業トハ広キ意義ニ解スベシ純粋ノ工業ノミナラズ、農業、漁業、鉱業等広ク産業ト云フニ均シ(議定書二条参照)』(同氏著「工業所有権概論」第53頁第9行及第10行参照)と記述され、また、確に一権威を以て許された故特許局事務官村山小次郎氏は工業的ナル文字ハ之ヲ広義ニ解スベク、狭義ニ於ケル商工業(Hander und Gewerbe)以外農業及鉱業ヲ包含ス、即チ万国工業所有権保護同盟条約議定書第一条ニ於テモ此意義ヲ宣明シテ曰ク、「工業所有権ナル語ハ其ノ最モ広キ意味ニ解スベシ(中略)鉱産物(鉱泉等)ニモ亦タ之ヲ適用スルモノトス」ト議定セラレタリ』(同氏著特許、新案、意匠、商標四法要義」第9頁第1行乃至第5行参照)と記載され、また特許局審査官村山敏三氏は特許法に於て使用したこの工業的なる文字は所謂商工業に於ける工業を意味するものでなく、他に農業、鉱業、林業、水産業等を包含したる総ての産業上に使用し得べき発明を指称するものである。万国工業所有権保護同盟条約第一条第三項に於て「工業所有権ハ最モ広キ意味ニ之ヲ解スベク(中略)又ハ天産物ニモ及ブモノトス」と規定されているに依つても其の意を酌取られる(同氏著「専売特許とは」第47頁第4行乃至第10行参照)等も上告人の上記条約規定の解釈の正しい証左だと信じます。
理由(3) 我が特許法第一条所定の特許三要件中の、(1)「新規ナル」と(3)「発明」の二要件は原判決の判定の通り、上記条約第一条第三項の規定とは、なんら直接の関係を有しませぬが、独り(2)の「工業的」なる特許要件は確にその関係がありますので、その点に関する限りは、上記条約の加盟国たる日本としては、官民共に、その好むと好まざるに論なく、当然上記条約の規定の拘束を受けなければならないものと信じます。そして、かゝる場合にも、正しい法の適用の万全を期した賢明な立法者の老婆心的用意が特許法第三十三条の規定だと信じます。
第六点 原判決は我が特許要件の一つたる「工業的」はこれを「技術産業的」の意味に解すべきだと判定されたことは、矢張り上記の条約規定に反した不当なものだと信じます。
理由、原判決は「この規定(即ち上記条約第一条第三項)を援用して、いやしくも産業上利用し得る発明はその工業的―技術産業的―性質をおびていると否とを問わず、特許の対象となりうるのであると論ずるのは誤りである」(原判決第13頁第5行乃至第7行参照又は本書第14頁第3行及第4行参照)と判定されましたが、産業を技術産業的性質をおびるものと否とに分類して、その分類された一種に過ぎない、技術産業的性質をおびているものゝみに限定して、解釈すべきだとの所論は、上記条約の規定が「工業所有権ハ『最モ』広キ意味ニ解スベク」と明記している事実を無視したもので、不当だと信じますそれに、法学博士中村宗雄氏の「裁判は専ら法律に依拠し、客観的公正なるべきことは、裁判に対する現代法治国家機構に於ける根本的要請であつて、裁判に裁判官の個人的色彩が反映することは、仮令その裁判が伝説『大岡裁き』の如く、公正妥当のものであつてもこの理念に反する」(同氏著「民事訴訟法」上巻第73頁第13行乃至第15行参照)との所説は確に至言だと信じますからです。
第七点 原判決は原告の重要な主張の立証方法として援用した我が特許法学界の通説に関し何等の判決を与えなかつた違法があります。
理由 我が特許要件「工業的」はこれを『産業的』の意に解すべき原告の主張の一立証方法として、それこそ実に我が特許法学界の通説たるに到つていると称して提示した、〔註(イ)〕それらの諸学説に対し、その何故の不採用なりやの理由を示さず、原判決が折角の挙証を全然黙殺されたのは違法だと信じます。
〔註(イ)〕「久保特許長官答弁書の批判」(第6頁第4行乃至第7頁第6行参照)
第八点 原判決は口頭弁論に依つて蒐集された資料から判定されたものでないところにも違法があると信じます。
理由(1) 原出訴事件では、原被両当事者に依る口頭弁論なるものは徹頭徹尾その機会を得なかつたのです。第一回口頭弁論期日は昭和二三年一〇月一一日でしたが開廷時刻は毎時午前正一〇時の予定でしたが、原告は茅ケ崎市から出頭しますので、往々在り勝ちな、汽車の故障発生を惧れて、それに満員で、老年の原告選定当事者などは強いて乗車も不可能なので、二、三列車の乗り損じをしても開廷時間に遅刻の絶無を期して、毎時予定時刻(出宅の)よりも一時間乃至一時間半以前に出発しました、殊に第一回の当日は訴訟行為に関する全くの無智識で、万事に時間故の不利があつてはならないと充分時間の余裕を見て出発しましたので午前八時半以前に法廷に到着し、廷吏諸君を驚かした位でしたが、結局被告側の不出頭で、土曜日の正午に第二回期日を一二月一四日と定められて、空しく帰宅しました。けれどもその日の原告の収獲は原告五名中の原告選定当事者以外は一家族の生活維持の必要上皆定まつた勤務を持つていますので到底訴訟のために欠勤も不可能なので出廷不能なので脱退原告たらしめ、原告選定当事者のみの出頭の許可を得たることでした。勿論最初は適当な弁護士に依頼する方が万事に有利だとの小堀裁判長の親切な御忠告も受けたのですが昭和二〇年五月二九日横浜市の戦災で、延坪七三坪七五の所有住宅と共に全財産を焼失して爾来辛うじて、全く「手から口え」の生活現状で、到底適当な弁護士の援助を依頼し得べき見込もないこと及び特許願明細書も、その幾度か書直してその幾種かの原稿も全部焼失したので、受任弁護士に対し発明の実体説明も容易でなく、そのため非常な迷惑を弁護士に懸けるも本意でないのですが、この発明を種子に適当な資金の獲得可能時迄全報酬支払延期の快諾を得られる見込が全然ないので、その内情も大略陳べて、その結果、毎時原告選定当事者単独の出頭許可を僅に得たことでした。そして第二回の昭和二三年一二月一四日も原告はその全出頭当事者中の第一番到着者でしたが被告側として、特許庁長官指定代理人松野新氏がその答弁書を持参して出頭されたのが晩かつたので開廷順番が最後となり、当日もその答弁書の提出と原告への配付だけで正午に成り第三回の昭和二四年二月一〇日と定められて退廷しました、そして上記第三回も特許庁側の無出頭で空しく退廷。第四回の三月二六日こそは答弁書の文意不明の点を質問すると同時にその駁論の計画でしたが、矢張り特許庁側の不出頭で失望しましたが、その日小堀裁判長から尨大な特許明細書は詳細に過ぎて要領を得難いから、極力簡単にその要領の説明書を提出すべきを下命されましたので、快諾して帰宅しました。というのは、その曾ての審査に際しても殊に非常な長日月を要した抗告審判請求中、度々その迅速な審判の督促に特許局を訪問した際にも、何分一文字暗号は世界的に未曾有な発明で、しかも、その誇りとせる発明の三大目的は全く、奇想天外から得たものと云い得るので専門人以外には充分その要領の納得が或は容易でないので、全く不条理な理由で拒絶審査を受けたのだと感じましたので、必要があらば、いつでも審査官や審判官諸公の面で実施して御覧に入れることが数十回の明細書の反読を得るよりも発明そのものゝ実体を理解して頂く上において遙に効果的だと信ずる旨を述べて、その機会の与えられむことを度々請願して、その幸福が得られなかつたに比すればさすがに東京高等裁判所の裁判官諸公だけに本案審理に関する態度が、特許庁とは比較に成らない真剣味のあるのを喜んだのです。それで俄に答弁書の反駁計画よりも先づ肝心の発明の実体宣明に努力しました、けれども何分にも合計37件に上ぼる牽連発明の綜合的実施に依る、世界的にも未曾有の大発明の要領の大圧縮は、その或る部分の発明以上の辛酸を、生来不文の性故でもありましたが、なめることに成り、為めに著しく健康を害し、第五回の五月一〇日及第七回の九月一五日の両回は或は発熱烈しく、或は卒倒騒ぎまで起して俄に当時の裁判長方に、原告選定当事者の不出頭許可申請を為すの已むなかりし以外は原告は常に出頭、殆ど第一番の出頭者署名をいたしましたが、被告側は殆ど常に不出頭を継続され、第九回の一一月二六日の調書の読聞かせ当日特許庁長指定代理人若松利彦氏の出頭を得たので、当日の開廷順番待ち時間内の同氏の廷外に出られた機会に追従して、同氏に対し、答弁書記載事項は前指定代理人松野氏の執筆に成れるも、なおその質問を当日の開廷機会に行い度い旨を予告しました処、先ずその趣旨を書面にして提出すべきだと教えられましたが、その日は矢張り最後の順番で開廷され、直ちに調書の読聞かせがあり、意外にも第一〇回の一二月一日に判決申渡の予告がありましたので、原告は被告の答弁書に対する批判書を是非提出したいのですが急ぎ作成せば受理を得べきやを大江裁判長に質問して、幸に承諾を得たので直ちに閉廷なるを待つて帰宅早々答弁書の批判書に着手しましたが、上記のその用語の真意に関し、疑問を有する二、三の個所に到りますと、忽ちその真意の選択に惑わされ非常に困難しましたが、結局已むを得ず、原告選定当事者自身に依つて、先づそれなるべしと推理し得た意味をその正解と推定し、それを基礎として第一回の批判書を作成しました。けれども、要するに、如何に前後の文勢からの推理であつたにしても、推定は仮定に過ぎないので、それを基礎とした反駁なるものゝ法的価値は果して是認されるか否かを憂い更にそれらの疑問ある各語の各意義を基礎とした。比較的尨大な、詳細な第二回の批判書の完成も遂げましたがその却つて簡明を傷けた憾があるものと己に判決の申渡期日が愈々間近に迫つたその際の、そんな尨大な駁論が果して、克く裁判官諸公の精読を得その注意の喚起を期し得べきやについても、新い疑問を生じ、結局、大体上記第一回批判書を基礎とし、これに、なお多少の推敲を加えた程度で、辛うじて十二月七日(即ち判決申渡期日の三日以前)に完成し得ましたが、その余りに時期遅れに絶望して、一旦は郵送を断念しましたが、愈々十二月十日の判決申渡期日に出頭に際し、兎に角法廷へ持参して見ますと、申渡が二週間の延期で同年十二月二十四日に変更されたので、原告選定当事者は大江裁判長に面会を求め、その際、持参の答弁書の批判書と題する反駁書の受理を得べきやを質して結局快くその受理を得ました。けれども、その後更に昭和二十五年二月二十一日及同月二十八日に延期が繰返され、同年三月八日、判決書の送達を受けました始末で、原告選定当事者も病気で、二回不出頭しましたが、その以外は毎時特許庁側の不出頭で、口頭弁論の機会を得なかつた事は答弁書の反駁にも非常な不便を来たし、原裁判の本案審理に、身分相当な寄与もなし得なかつたのを遺憾とせる処であります。従つて、この点においても原判決は民事訴訟法第一二五条第一項の規定に違反した不法があると信じます。
右申立てました。 以上