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最高裁判所第一小法廷 昭和26年(オ)813号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔要旨〕原審認定の事実関係の下においては、本件において事情変更のため契約成立当初の法律上の効果をそのままに発生維持せしめることが著しく信義衡平に反する場合とは認められないから、所論(事情変更による増額請求の主張)は採ることを得ない。

〔説明〕原審認定の事実によれば、原告(被控訴人・被上告人)の先代は昭和七年中、その所有に係る本件家屋を譲渡担保に供して自己の実弟である被告(控訴人・上告人)先代から、金千円を、利息および弁済期の定めなく借用し、右担保契約に基き本件家屋の登記を被告先代の所有名義としたが、その際、当事者は、将来右債務の完済があれば何時でも原告先代に右家屋の所有権移転登記をなすべき旨特約した。ところで、その後雙方の先代はいずれも死亡し、原告と被告とがそれぞれ家督相続により右契約関係を承諾したのであるが、右借用金については、内金二百円だけ弁済されて居り、昭和二二年八月現在の残額は八百円となつていた。そして、その頃原告は被告に対し右金員の提供をしたが拒否されたので同年同月一六日右残金に利息を加算し千四百四十円を供託した。以上の事実関係に依拠し、原告が被告に対し前記特約を理由として右家屋の所有権移転登記を求めたのが本件である。被告は、いわゆる事情変更の原則を主張し「現在物価は数百倍に騰貴しているから、原告において右時価に相当する金額を提供しない限り被告は本件家屋の所有権移転登記の義務はない」と抗弁したが、原審で採用されず敗訴となつたので上告し、「原告が右借用金の残額を供託した昭和二十二年八月当時の物価は、貸借成立の当時に比し三百倍であるから、原告のなした右供託は無効だ。原審が右の如き経済事情の変動を無視して、当初の契約内容をその儘の履行を命じたのは著しく信義衡平に反する。結局原審が原告の債務について増額評価をしなかつたのは、事情変更の原則の適用を遺脱した違法がある」と主張した。しかし最高裁は前掲判旨の理由で右上告を棄却。

おもうに、事情変更による増額評価の認められるのは(イ)当事者の明示又は黙示の合意がある場合、(ロ)特別法ないし慣習(法)等特別の根拠のある場合、または(ハ)事情変更のため当初の法律効果をその儘に発生維持せしめることが著しく信義衡平に反する場合のいずれかに該当することを要する。(以上のうち(ハ)の場合がいわゆる事情変更の原則の適用を受けるもの)。ところで本件では右(イ)(ロ)の場合に該当する事由は全然存しない。問題は(ハ)の場合に該当するかどうかであるが、今日の一般的取引界においては特別の合意ないし特別の規定なき限り、物価騰貴前に成立した金銭債務については別段増額評価は行われて居らず戦前の債務と雖もその儘現在の円で決済されている実情であるから本件において戦前の債務を現在の円で決済することを認めても、特に本件だけを著しく信義衡平に反するものといえないことは当然だろう。ちなみに第一次世界大戦後、ドイツでは判例によりインフレによる増額評価が認められ、次いで特別立法がなされた由であるが、それは物価が数千倍ないし数千万倍以上に昂騰してから、はじめて認められるに至つたものの如くであり、我が国の現段階においては本件の如き貸金債権について増額評価を許すことは却て経済界を混乱させる結果に陥るであろう。要するに実務としては本判旨は当然と思われる。

ちなみに本問題に関する参考文献としては、有名な大著である勝本「民法における事情変更の原則」の外、ドイツにおける増額評価の沿革等については小町谷「貨幣価値の変動と契約」、勝本「インフレーションと事情変更の原則」(法律文化昭二三、第三卷六号所収)、山田「インフレーションと抵当権)「法協昭二二第六五卷四、五、六号所収)参照。その他手頃な参考書としては、岩波法律学辞典二巻勝本、「事情変更の原則」、我妻・有泉「債権法コンメンタール二一頁」等が便利であり、なお兼子、民事法研究第一巻三九七頁以下の所論は、この問題に関し、極めて示唆に富む重要な研究である。

(土井調査官)

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