大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和26年(オ)870号 判決

上告人(原告) 春田春義

被上告人(被告) 仁田村選挙管理委員会

一、主  文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

二、理  由

上告代理人堤千秋の上告理由について。

職権を以て調査するに、上告人は、被上告人が上告人の異議に対し、昭和二六年四月一九日にした上告人を長崎県上県郡仁田村補充選挙人名簿に登録しない旨の決定の取消を求めるものである。記録に徴するに、右補充選挙人名簿は昭和二六年四月執行の長崎県議会議員選挙に際し、公職選挙法二六条に基いて、被上告人が調製したものであるが、補充選挙人名簿は基本選挙人名簿が効力を有する間その効力を有し(同法二八条)基本選挙人名簿は毎年一二月一九日までその効力を有するものであることは、同法二五条二項によつて明白である。従つて、上告人が被上告人に対する異議で修正を求めた本件補充選挙人名簿も昭和二六年一二月一九日をもつてその効力を失つたものと言わなければならない。しからば、上告人の右名簿に関する被上告人の異議決定の取消を求める本訴法律上の利益はすでに失われたものというべく、従つて本訴上告人の請求は棄却すべきものである。それ故、原判決の主文に示されたその結論は結局正当である。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条を適用し裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 真野毅 斎藤悠輔 岩松三郎)

上告代理人堤千秋の上告理由

第一点 原判決には法令の解釈を誤り理由不備又は理由に齟齬があるものと信ずる。

公職選挙法第二十六条第一項は当該選挙の期日の現在によりその日まで引続き三ケ月以来その市町村の区域内に住所を有するものがあるときは補充選挙人名簿に登録しなければならない旨を規定しているので、原判決御認定の通り昭和二十六年四月三十日施行された長崎県会議員選挙においては同年一月三十一日以来上告人(原告)が仁田村に住所を有していたならば当然仁田村補充選挙人名簿に登録せらるべきものである。而して或地が或人の住所なりや否やはその地を以て生活の本拠となす意思とその意思の実現即ちその地に常住する事実の存するや否やにより決すべきものであることは大審院大正九年七月二十三日の判決により明示せられているところである。

然るに原判決は証拠を以て「原告は元来同市対馬小路に妻子四人と共に居住して居たものであるが、仁田村飼所がその本籍地且出生地であつて、此所には以前から原告の母春田タネとその孫及び原告の兄春田兵衛が居住していること、原告は昭和二十五年五月頃母や兄の住家から距離約二町のところに起居できる設備を階上の一隅に有する倉庫二棟を新築し又同年十一月末頃から翌二十六年二月初旬頃までの間数回に亙つて福岡市から家具類、衣類、炊事道具等の幾何かを母の住家に運び込み、転入手続後は主食を同所で受配するのは勿論、福岡市から単身で前後二回飼所に赴いて同所に滞在して居たこと及び原告の妻子も同年三月頃同所に行つて暫く滞在していたこと」を認定せられているに拘らず上告人が昭和二十五年十一月末頃から仁田村に生活の本拠を移したことを否認せられているのであるが、原判決の右認定事実のみを以て上告人の住所が福岡市より仁田村に移転せられた事を認むるに充分であつて、上告人の住所移転の意思も又その実現の方法並に常任した事実も明になつているのであるが、唯その間幾何かの日数を他に出張又は旅行していた為め現実に居住していなかつたとしても前記公職選挙法に所謂「引続き三ケ月以来」とは必ずしも三ケ月間現実に居住することを要求するものではないのであるから、原判決がことさらに上告人の住所移転の意思並に事実を否認せられるのは理解に苦しむところである。

原判決は上告人が福岡市下対馬小路に本店を有する対馬林炭及び旭電機両株式会社の社長であつて、仁田村の兄春田兵衛の住家に右両会社の連絡所を置いていたこと、上告人が仁田村転入前後における滞在日数の少いこと、福岡市に妻子をおいていたこと、選挙終了後全然仁田村にいなかつたこと等を挙げて上告人が仁田村を住所とする意思がないものと認められている。併し乍ら原判決事実摘示記載の通りに上告人は昭和二十五年十月頃被上告人委員会に対し被選挙権の要件につき問合せ、その指示に基き昭和二十五年十一月末仁田村に転入の手続をしたものであるが、そのことは被上告人自身原審において提出した答弁書に於て自認するところであるから、昭和二十六年四月施行の長崎県会議員選挙に立候補する為め上告人は仁田村に転入するに至つたのであつて、前記のような会社本店の所在地の問題或は妻子の転入が遅れたことは上告人の転入の意思即ち住居の意思を否認する理由とはならない。

上告人は原審における本人訊問において詳細に陳述しているように母及び姉の子を郷里において扶養している場所に住居を移したのであつて、事業の関係よりすれば木炭の生産根拠地である仁田村に事務所を置き販売は福岡においてなすのが便宜である為め、兄兵衛宅に事務所を置いていたのであるから実質上右会社の営業所が本店所在地と必ずしも一致しない実情を観取出来るのである。単に本店所在地が福岡市であるとの一事を以て勤務先に住所があると断定することは出来ない。又妻子が福岡市より転出してないのは未だその運びとなつていなかつた丈であつてその家族の一員である実母の居住地を住所とすることを公に明にした以上本人の意思はどこまでもその場所を生活の本拠とするものといわねばならない。更に上告人の住所移転の意思を具体化した事実は原判決御認定のように倉庫兼住宅の建築、上告人の生活に不自由しない家具、衣類、炊事道具の送付、右建築の未完成の為め実母の住家に単身転入したこと、並に上告人が原判決御認定によるも昭和二十六年一月中より同所に滞在したことは明であつて同年四月末日までの間幾日かの出張の事実があつたとしても上告人の住所移転の客観的な事実を左右するものではない。

右四月末日以後上告人が仁田村に居住しない事実は本件訴訟において参酌せらるべきものでないのみならず、上告人としては本件訴訟等の関係で福岡市を連絡場所として届出て同市滞在の上これが遺憾なきを期しているのであつて、このことは上告人の訴訟上の抗弁を観れば明である。

これを要するに原判決は上告人の住所移転の意思並にこれを実現する客観的事実を認定し乍ら前記のような理由で上告人が仁田村に住居するの意思なしと認定せられたのは明に理由不備又は理由齟齬の非難を免れないものと信ずる。

第二点 原判決には審理不尽の違法があるものと信ずる。

原判決が成立に争ないものとして事実認定に採用せられた甲第二号証明書は上告人が福岡市より昭和二十五年十一月十七日に長崎県仁田村住転出の為め昭和二十六年四月執行の地方選挙には昭和二十五年九月十五日現在調基本選挙人名簿の記載を市外転出者として符箋処理して福岡市にては選挙権を有しないものとされたことの福岡市選挙管理委員会委員長の証明書である。果して然らば原判決の如く上告人が昭和二十五年十一月二十七日長崎県仁田村へ転入居住したることを否定するにおいては憲法において保障する国民の固有の権利である選挙権はじうりんせられ、上告人は福岡市においても将又長崎県仁田村においても選挙権を失う結果となるものであつて上告人自ら転出転入の手続をなしたのであるからその責は上告人にあると軽々に言い去ることは出来ない。

上告人がなした転出の手続によつて福岡市において職権を以て選挙権を失わしめた事実は長崎県仁田村に居住する意思を認める最も有力な証拠であるといわねばならない。原判決は上告人が仁田村に居住する意思がないと認定するについて前記第一点記載のように単に上告人の経営する会社本店の所在地が福岡市にあること及び昭和二十六年四月三十日以降仁田村に居住しなかつた事等を以てせられているけれども、元来公職選挙法に規定する選挙人名簿の制度は国民の選挙権行使の手続を完備する為めにこれを最小限度に犠牲にするものであつてそれ以上に選挙権の剥奪となるなれば明に憲法の規定する原則に反するものと解さねばならない。

住所の変更の意思を明にするには当時法的には農林省発行の転出証明を受け、寄留届を変更する以外に方法はないのであつて、斯かる手続がなされ且つこれに伴う事実があればその住所が変更せられたとみるのが社会常識でなければならない。なんとなれば右の手続が履まれた以上公職選挙法上二重に選挙権を取得する弊は除かれているからである。然るに原判決のように上告人の意思を無視して仁田村に居住するの意思がないと判断せらるるにおいては前記証拠に対比し特段の事情がなければならない。原判決は単に私法上の法律関係よりみて上告人の住所を認定せられたのであつて選挙に関する法律関係によりすれば明に審理を尽さないものといわねばならない。

第三点 原判決は公職選挙法第二十六条を適用し上告人が選挙の期日以前引続き三ケ月以来長崎県仁田村に住所を有しないとされたのであるけれども憲法第九十三条第二項によれば地方公共団体の議会の議員はその地方公共団体の住民が直接これを選挙するものであつて地方公共団体の住民であれば当然選挙権がなければならない。然るに公職選挙法第九条第二項同第二十六条第一項は地方公共団体の住民であつて且つ三ケ月以来その区域に住所を有するものに制限しているのであるが、選挙人名簿作成その他選挙施行に重大な支障ない限りこれが制限をなすことは憲法第九十三条に違反し同第十五条の保障する国民の選挙権を侵害するものである。選挙人名簿作成について特に三ケ月以来住所を有するものに制限しなければならない特段の理由はないものと思われるので公職選挙法第九条第二項同第二十六条第一項は憲法に違反し効力のないものと思われる。然るにこの規定を適用した原判決も亦違法たるを免れない。

右の諸点につき原判決は法令に違背するものであるから破棄の上相当な御裁判を求める次第である。

以上

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