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最高裁判所第一小法廷 昭和27年(あ)4728号 判決 1953年3月26日

本籍 福島県田村郡船引町大字船引字南町通

住居 東京都北区王子○丁目

無職

○○ことA

昭和七年一月二九日生

右の者に対する窃盗被告事件について昭和二七年四月九日東京高等裁判所の言渡した判決に対し原審検察官から上告事件受理申立があり当裁判所はこれを受理したので次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

検察官佐藤博の上告事件受理申立の理由について。

少年法四二条は「検察官は、少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があるものと思料するときは、第四十五条第五号本文に規定する場合を除いて、これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも、家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは、同様である。」と規定し、同法二〇条は通告又は送致を受けた少年事件中「家庭裁判所は、死刑、懲役又は禁錮にあたる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照して刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。但し、送致のとき十六歳に満たない少年の事件については、これを検察官に送致することはできない。」と定め、同四五条はこれをうけて「家庭裁判所が第二十条の規定によつて事件を検察官に送致したときは、次の例による。五 検察官は家庭裁判所から送致を受けた事件について、公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があると思料するときは、公訴を提起しなければならない。但し送致を受けた事件の一部について公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がない……ときはこの限りでない。」と規定しているのであつて、即ち少年法上検察官は家庭裁判所から送致を受けた十六歳以上の少年の事件で死刑、懲役、又は禁錮にあたる具体的な特定の罪の事件で、しかも、公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑ある場合に限り起訴し得るに過ぎないのである。旧少年法においては、少年事件に関して起訴するか否かの判断を検察官の裁量に委せ、検察官が保護処分を相当と思料したときに限り事件を少年審判所に送致したのであるが(旧少年法六二条)、現行少年法は、少年事件の特質に鑑み少年の保護の周到を期するため、この従前の建前を改めて、同四二条は、四五条第五号本文の場合を除いて事件の軽重を問わず、事件を一たん家庭裁判所に集中し、同二〇条によつて家庭裁判所より検察官へ送致された事件について、同四五条第五号の手続を行うこととなつたのであつて、前述の如き具体的な特定の少年事件を起訴するにはすべて一たん、保護を目的とする機関である家庭裁判所の門をくぐらせ、その審査を経るということが現行少年法の重要な眼目であると解すべきである。所論は、家庭裁判所の調査の対象となるのは「犯罪」並びに「犯罪性」であること勿論であるが、少年の処分を決定するにつき考慮の重点となるのは一般成人事件の如く「犯罪」ではなく「犯罪性」即ちその「人格」にあり、少年がどのようなことをしたかということは、少年の犯罪性或は要保護性を判断する資料として考慮されるのであつて、「犯罪事実」はその意味において調査の対象となるものと解するといい、家庭裁判所の送致決定は、この決定書に記載された少年の犯罪事実について刑事処分を相当とするという趣旨であることは勿論であるが、その少年について刑事処分を相当とするという趣旨に重点が置かれているものと見るべく、よつて、その送致決定に摘示された事実と併合して審理され得べき段階、即ち同一の起訴状に記載し得べき段階において発見されたいわゆる余罪については、これを更に強い犯罪性の徴表であると解し、送致決定の効力は余罪に対し当然及ぶと解すべきであると論ずるのであるが、前述の如き具体的な特定の少年事件を起訴するにはすべて一度家庭裁判所の審査を経由させるという前記少年法の趣旨と相容れない見解であつて採用できない。

さればこの点に関する原判決の判断はまことに正当であつて、論旨は理由がない。(なお所論末項は送致事実についての独自の見解にすぎず、所論記載があるからといつて、所論事実について家庭裁判所の送致決定があつたものとは到底解し得ない。)

よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

東京高等検察庁検事長佐藤博の上告事件受理申立の理由

一、東京地方検察庁検察官は昭和二十六年七月十四日被告人に対する窃盗被疑事件(本件公訴事実中第二の二の事実)の送致を受けたが、当時被告人は二十年に満たない少年であつたので、これに刑事処分相当の意見を付して同月二十三日事件を東京家庭裁判所に送致したところ、同裁判所は即日「少年を東京地方検察庁検察官に送致する」旨決定した。

然るに同検察官は当時被告人に対する同一事件の一部としての窃盗被疑追送事件(本件公訴事実中第二の一、三、四を含むもの)の送致を受けたので同検察官は同月二十八日、以上一乃至四の事実につき被告人を東京地方裁判所に起訴したものである。

東京地方裁判所はこれに対し同年十月十一日、公訴事実中第二の二の事実を認定して被告人を懲役一年以上二年以下に処する旨を判決すると共に第二の一、三、四の事実については「少年法第四二条により家庭裁判所に送致し同裁判所が調査の結果刑事処分を相当と認めて同法第二〇条によりこれを検察官に送致した後、検察官が公訴を提起するのが相当であると思料するときに同法第四五条第五号により始めて公訴を提起するものであつて右手続を経由して公訴を提起したと認められない本件は手続規定に違反して無効である」との理由から公訴を棄却する旨の言渡があつた。

又、原審裁判所は「少年法第四二条、第二〇条、第四五条第五号等の諸規定は現行少年法の立法趣旨に由来するものであつて例外的規定のない以上これ等の規定は遵守されなければならない。少年の犯罪について、刑事処分をするか否かを決定する基準は一般成人の犯罪におけると異り少年の内在的原因と外来的の原因とを調査した結果、保護処分に適せず、例外的処分として刑事処分を相当とするか否かを家庭裁判所をして判断決定させるのが現行少年法の建前である。家庭裁判所が刑事処分を相当として検察官に送致するところのものは当該少年の抽象的犯罪性ではなく、当該犯罪及びこれと不可分の関係にある犯罪性であると解すべきである。従つて刑事処分を相当とする家庭裁判所の決定は、唯単に抽象的に当該少年を刑事処分に付するに足るとするのではなく具体的な犯罪と不可分な関係においてであるに過ぎない。故にその犯罪について家庭裁判所が刑事処分を相当と認めて検察官に送致した後、その犯罪と併合審理され得る段階で発見された余罪までも検察官が家庭裁判所の決定を更に求めることなく直に訴追すべきことを予想したものと解することは相当でない。

若し仮にこのような訴追が出来るものとすると家庭裁判所の決定を経た犯罪が無罪となり、却ていわゆる余罪が有罪となつた場合その少年は該事件については犯罪性がないに拘らず全然家庭裁判所の調査判断を受けない事件について犯罪性ありとして刑事処分に付せられたと同一の結果になる。このようなことは全く少年法を無視する結果となる。更に家庭裁判所は余罪を送致した場合に刑事処分を相当とする決定をすることは必定であるからこれは無用の手続であるという考え方もあるが余罪の有する特殊の原因又は事情は必ずしも常に前の犯罪と同様の決定をするに至るか否か断言できないからこれを実益のないものとはいえないし少年法の文理解釈上も同様である」との趣旨の理由から検察官の控訴を棄却した。

しかし右第一、二審の判決は、左記二以下の理由から少年法第四二条、第四五条第五号の解釈を誤つて適用した違法があると信ずるものである。

尤も少年の余罪の取扱については右原審と同一の解釈をとる裁判所もあり(例ば昭和二十五年四月十二日寺田秀雄に対する窃盗被告事件につき仙台高等裁判所秋田支部言渡の判決)又はこれと反対の解釈をとる裁判所もあつて(例ば昭和二十六年十二月二十五日木村芳夫に対する窃盗被告事件につき東京高等裁判所第十刑事部言渡の判決)実務上その取扱が一致を欠いている現況であるから(最高裁判所事務総局家庭局編集の「少年法概説」八〇頁第一五行以下参照)この際法令の解釈を統一されたいと思うのが本件上告受理申立の主眼である。

二、少年法第四二条は検察官が少年の被疑事件について犯罪の嫌疑ありと思料するときはこれを家庭裁判所に送致すべきことを規定しているがこれは少年に対する処分を決定すべきいわゆる先議権を家庭裁判所が掌握する趣旨を明らかにしたものであつて家庭裁判所が同法第二〇条によつて刑事処分を相当として検察官に送致した少年について余罪があることが判明した場合に右余罪についても当然に家庭裁判所を経由しなければならないという趣旨に解すべきではない。少年法において少年の犯罪事件について家庭裁判所が先議権を持ち検察官は家庭裁判所が刑事処分を相当と決定した事件についてのみ公訴を提起し得るものとした所以は少年はその心身が未成熟の状態にあつて被影響性が強く外部的な条件に支配され易いだけに帰責可能性に乏しい反面教育可能性に富んでいるのでこれに対しては保護処分によつて教育的処遇をすることを原則とし、止むを得ない場合にのみ刑事処分に付するという点にある。その為に家庭裁判所はその少年の外保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等について医学、心理学、教育学、社会学その他専門的知識を活用して調査し(同法第九条)その罪質及び情状に照し保護処分の限界を越えるものと認めたもののみを刑事処分相当として検察官に送致することにしたのである(同法第二〇条)。そこでこの場合に家庭裁判所の調査の対象となるものは「犯罪」並びに「犯罪性」であることは勿論であるが、少年の処分を決定するにつき考慮の重点となるものは一般成人事件の如く「犯罪」そのものではなくてむしろその具体的「犯罪性」即ちその「人格」である。換言すれば、少年がどのような罪を犯したかということは少年の犯罪性或は要保護性を判断する資料として考慮されるのであつて、「犯罪事実」はその意味において調査の対象となると解すべきである。従つて家庭裁判所が検察官の送致した事件について刑事処分を相当とする決定をしたことはその決定書に記載された少年の具体的犯罪事実について刑事処分を相当とするという趣旨であることは勿論であるがその少年について刑事処分を相当とするという趣旨に重点が置かれていると見るべく依つてその送致決定に摘示された事実と併合して審理されるべき段階において発見された余罪は更に強い犯罪性の徴表であるからこれについても公訴を提起することは、固より当該決定の予想するところであつてその送致決定の効力は余罪に対し当然及ぶものと解さなければならない。そのいわゆる余罪が家庭裁判所より送致を受けた犯罪事実とは別個の罪名にかかる場合は暫く措き本件の如く両者が共に窃盗罪なる場合においては特に然りである。

三、原裁判所は前記に記載した如き理由を掲げていわゆる余罪についてもこれを家庭裁判所に送致すべきでありこれを経由することなく直ちに訴追することは適法でないと解釈しているが家庭裁判所が犯罪少年に対して刑事処分を相当と認めて検察官に送致する所以のものは当該少年の犯罪及びこれと不可分の関係にある犯罪性である。換言すれば、家庭裁判所はその具体的な犯罪によつて徴表される少年の犯罪性に重点を置いてその処置を決定すべきものである。故にこれに余罪が加はるとき特に本件の如く家庭裁判所より送致を受けた犯罪事実も余罪も共に窃盗罪なるときは余罪の加はることにより当然更に強い犯罪性の徴表を見るのであるから、これに対する家庭裁判所の判断は既に決定されたものというべく余罪について改めて家庭裁判所の判断を求めることは全く無意味と云はなければならない。

四、仮に本件の如き場合に検察官が余罪を起訴するにつきこれを家庭裁判所に送致するとしても現に家庭裁判所を経由した事件と共に起訴すべき案件なる旨を連絡するのは当然の措置であり、これを受理した家庭裁判所はその余罪が犯罪の嫌疑がある限り当該少年に対して刑事処分を相当とする以外の決定はなし得ないと解する。原判決はこの点につき「余罪の有する夫々の特殊の原因事情は必ずしも常に前の犯罪と同様刑事処分を相当とする決定に至るか否か断言できない」と述べているが

1 元来刑事処分と保護処分とは夫々その目的と方法を異にしているから、一人の少年に対し刑事処分と保護処分とを同時に行うことは至難である。同法第五七条、第二七条は刑事処分が保護処分に優先し保護処分中の少年に有罪の判決が確定すれば保護処分を取消し得る旨を規定しているがこれ等の規定よりするも既に刑事処分を相当とした少年に対し余罪につき保護処分を行うことは少年法の予想しないことであると解する。

2 又余罪につき犯罪の嫌疑が認められる場合に家庭裁判所が審判不開始の決定をするということも考え得られない。何となれば少年法第二〇条の送致決定を受けた少年を検察官が起訴すべき段階に更に余罪が発見された犯罪の嫌疑があるときは家庭裁判所としては同条の送致決定をする外なく、その余罪をも起訴すべきや否やは検察官の権限と認むべきであるからである。(同法第四五条第五項但書)

即ち余罪については家庭裁判所は刑事処分を相当とする決定をすることが必定であつてこの点に関する原判決の解釈は失当と認められるのみならず、若し原判決の解釈に従えば余罪ある少年は徒に長期の身体拘束を受け、或は元来一個の判決のみで足るところを二個以上の判決を受ける虞を招来する結果となり少年の利益に背馳するのみならず、その裁判手続を煩雑にして刑事訴訟の迅速なる処理にも支障を来すが故に原判決には容易に承服し得ないものがある。

五、次に家庭裁判所を経由することを要せざる余罪の範囲を如何に特定するかという問題があるがこれを無制限に認むべきでないことは勿論であつて先に述べた「家庭裁判所の送致決定に摘示された事実と併合して審理され得べき段階において発見された犯罪事実」とは同一の起訴状に記載し得べき段階において発見された本件の如き場合に限ると解すべきであろう。

六、叙上の如く家庭裁判所を経由した犯罪と同時に起訴し得べき余罪については、更に家庭裁判所を経由することなくして直ちに適法な公訴を提起し得るものと解するものであるが少年法の精神を考慮すれば特に検察官が家庭裁判所に送致した記録に添付された昭和二十六年七月十四日付司法警察員の少年事件送致書中の情状の部分に「本件犯罪の他に窃盗並強姦未遂等の余罪あり目下鋭意捜査中」の記載ある本件の如き場合にはその犯罪は少年事件の取扱としてはこれを同一に処理すべき一グループの犯罪とも称し得るのであるから、本件につき余罪として論ぜられたものは実は家庭裁判所を経由した事件の一部、いな家庭裁判所を経由した事件そのものとも云い得ないこともなかろう。

かく解すれば本件につき公訴を棄却した第一審判決はこの点からいつても失当たるを免れないものと思料する。以上の如くして検察官の控訴を棄却した原判決は少年法の解釈を誤つたものであると信ずるから刑事訴訟法第四〇六条、刑事訴訟規則第二五七条により本申立に及んだ次第である。

以上

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