最高裁判所第一小法廷 昭和27年(オ)952号 判決
上告人(被告) 山崎音治 外一名
被上告人(原告) 宮崎芳郎 他二九名
一、主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
二、理 由
論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。(所論の不在投票用紙及び投票用封筒を交付するに際し選挙人名簿又は抄本と対照しなかつたという事実は、原審も認めているけれども、しかし原判決の認定するところによれば、予め選挙人名簿に基き作成した投票所入場券を各地区の事情にもつとも通ずる駐在員をして選挙人名簿の抄本と対照して、予め選挙人に交付してあり、不在者投票用紙及び投票用封筒を交付する際は、その交付請求者に右投票所入場券を提出させ適宜の発問によつて、請求者が選挙人又はその同居の親族であるか否かを確めた上、投票用紙及び投票用封筒を交付する等実質上右名簿又は抄本と対照して交付したと異らない方法を執つたことが確認されるから結局において、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとは認められない。また仮りに不在投票者中検察庁で取調べられた者が多数あつたとしても、それは不在投票が多数違法に行われたことを疑わしめるに足るだけでかかる投票者側の違法は選挙の管理執行に関する違法ではなく、たとえ原判決に所論のような右の点に関する判断遺脱があつたとしても、判決主文に影響を及ぼすものではないこというまでもない。その他所論違法の各主張は、たとえそのような違法があつたとしても、本件は、原審のいうとおり選挙訴訟であつて、いづれも、選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものとは認められない。)
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 入江俊郎 真野毅 斎藤悠輔 岩松三郎)
上告代理人弁護士安田幹太の上告理由
第一点 原判決は、被告が、本件選挙に於て唐津市選挙管理委員会(以下市委員会と略称)が、
第一、「公職選挙法施行令(以下公職選挙法を単に法、同法施行令を単に令と略称する)第五十三条による不在者投票の投票用紙及び投票用封筒を交付する際、選挙人名簿又はその抄本との照合をなすことなく投票所入場券によつて交付した事実、特にその場合四、五名分の入場券を一括提示して投票用紙等の請求をしたもの数名に対し、果してそれらのものが同居の親族なりや否やを調査せずして交付した事実」(原判決事実摘示(三)の(3))
第二、「選挙の当日自ら投票所に行つて投票することのできない選挙人は、当該市町村管理委員会の委員長に対し、その旨を証明して不在者投票用紙及び投票用封筒の交付を請求すべきものである。(令第五十条第一項第五十三条第一項第一号)しかるに本件選挙においては右規定に違反し、その交付請求者が選挙人本人であるか否かを充分に確めないで、漫然これを交付したため、選挙人本人でないものに交付した事実がある。又疾病負傷等のため歩行が著しく困難な選挙人が、その現在する場所において投票の記載をしようとする場合には同居の親族によつて不在者投票用紙及び投票用封筒の交付を請求しなければならない。(令第五十条第四項第五十三条第一項第二号)しかるに本件選挙においては右規定に違反し、その交付請求者が選挙人の同居の親族であるか否か充分に確めないで漫然とこれを交付したため、一名の請求者が同時に数名の選挙人の同居親族と称して数名分甚だしきは四、五名分の不在者投票用紙及び投票用封筒の交付を受けた事実があり、この事実からみて同居の親族と詐称するものに投票用紙及び投票用封筒を交付したことが明かである。」(被告追加事由(二)の(2))
第三、其事は「不在者投票中自署されなかつたものとして検挙され、又は検察庁において取調中のもの百四十余件(投票にして百四十余枚)ある(裁決事由(三)の(6))との事由を以て本件選挙の無効を主張したるに対して、
「裁決事由(三)の(3)(6)及び被告追加事由(二)の(2)について」、「市委員会において本件選挙の不在者投票用紙及び投票用封筒を交付する際、選挙人名簿又はその抄本と対照せず、投票所入場券によつてこれを交付したことは当事者間に争がない。しかし証人本田芳徳、瀬戸正(第一、二回)坂本又一(第一回)等の証言によると右投票所入場券は市委員会において選挙人名簿に基き、選挙人の住所氏名生年月日選挙人名簿の番号等を記入して作成し、各地区の事情にもつとも通ずる駐在員をして選挙人名簿の抄本と対照して予め各選挙人に交付してあつたもので、不在者投票用紙及び投票用封筒を交付する際はその交付請求者にこの投票所入場券を提出させ適宜の発問によつて請求者が、選挙人又はその同居の親族であるか否かを確めた上、投票用紙及び投票用封筒を交付し――たことが認められる。従つて選挙人名簿又はその抄本と対照しないで投票用紙及び投票用封筒を交付したことは一応令第五十三条第一項に違反するけれ共、選挙の公正を期する点に於て実質上右名簿又は抄本と対照して交付した場合と異るものとはいへないから、選挙の結果に異動を来すことはない。」
と判示して被告の主張を排斥した。
所で、(一)、選挙人名簿又はその抄本と照合して不在者投票用紙及び同封筒を交付することと入場券によつて之を交付することの間には、技術的に、又心理的に、選挙の公正を期する点に於て、大に異るものがある。さればこそ、令第五十三条第一項は特に「選挙人名簿又はその抄本と照合」すべき旨具体的手続を定めているのである。之を本件に就て見ても市委員会が令第五十三条第一項の規定の手続に違反して入場券を提出した者に不在者投票用紙及び封筒を交付するということをやつたことが、不在者投票用紙の不正請求を多数誘発した原因をなしていると言うことは明かに想像せらるるところである。
原判決が不在者投票用紙及び封筒を選挙人名簿又はその抄本と照合して交付することと予め交付してある入場券を提出させて、適宜の発問によつて請求者が選挙人又はその同居の親族であるか否かを確めた上、投票用紙及び投票用封筒を交付することとは選挙の公正を期する点に於て実質上異らないと判定して此手続違反を以て選挙無効の事由とならないと判断したことは原審の独断を基礎として法第二百五条の適用を誤つたものであつて、原判決は此点に於て破毀せらるべきものである。(二)、原判決は「一名の請求者が同時に数名の選挙人の同居の親族と称して数名分甚だしきは四五名分の不在者投票用紙及び封筒の交付を受けた事実があり」「不在者投票中自署され又は検察庁において取調中のもの百四十余件(投票にして百四十余枚)ある」と言う点の被告の主張について何等の判断を下していない。
被告の右主張事実は、原審に於ける被告の立証によつて明かに認めらるると信ずるものであるが、若し右の事実が原審に於て判断せられ、之が認定せらるるならば、市委員会が「適宜の発問によつて請求者が選挙人の同居の親族であるか否かを確めた上で投票用紙又は投票用封筒を交付した」ことは、単なる形式上丈のことに過ぎず、市委員会は、被告主張の如く、入場券を持参した者に対し、単に一応形式的発問を行つた丈で、同居の親族なりや否やを充分確めることをせず、漫然と之を交付したと認めざるを得ざることとなるべく、其事は即ち令第五十三条所定の手続に違反したもので而も選挙の結果に異動を及ぼすこと明かなるものとして選挙無効の原由たるべきこと明白である。
然らば、原判決は此点に於て判決の結果に影響を及ぼす最も重要なる事実上の主張についての判断を遺脱したものとして破毀せらるべきである。
第二点 原判決は「本件選挙においては右規定(令第五十六条第一項)に違反し、投票用紙及び投票用封筒を不在者投票管理者に呈示させて点検を行つた事実がなく、又投票を封入した投票用封筒を不在者投票管理者に提出することなく、一事務員が預つて自己の机の抽斗内に入れ当日の事務終了後随意にこれを整理しているのみならず、不在者投票管理者である市委員会の委員長は不在者投票所に時々顔を見せるだけで殆んど在席せず、投票の管理は事務員任せにして投票の秘密の公正の保持について責任を果していない」此事は選挙の結果に影響を及ぼす虞ある手続違反たるものとして、選挙無効の原由たるものであるとの被告主張(追加事由の(二)の(2)に)対し、
「第七不在者投票管理者は――本田芳徳を不在者投票管理者の職務管掌者に選任し――本田に於てその職務を管掌し――不在者投票用紙を封入した投票用封筒は職務管掌者である本田において一時自己の机の抽斗に入れて保管した上、退庁の際は市委員会事務室にある投票箱に入れ――た事実が認めることが出来る」と判示したのみで其主張を排斥した。
所で(一)、私法上の法律行為の代理人の場合でさへ、復代理人の選任は制限せられている。然らば最も厳密なる手続を要求する選挙に於て最も重要なる地位であるところの投票管理者は自ら其職務を行うことを要するものであつて、職務管掌者其他如何なる名義を以てするを問わず、他人を選任して之を代行せしむると言うが如き事は許されない。原判決は此点に於て法の解釈を誤つた違法があるものとして破毀せらるべきである。(二)、仮に百歩を譲つて本田の不在者投票管理者の職務管掌が法律上認めらるるとしても、原判決の認定によれば、同人は不在者投票用封筒を一時自己の事務机の抽斗に入れて保管した上、退庁の際に初めて市委員会事務室にある投票箱に入れて施錠している。若しか様な取扱方が是認せらるるならば、其間に本田本人は勿論他の第三者の手によつて自由に凡ゆる不正手段が講ぜらるる余地がある事は明白である。然らば本田の右の如き取扱は令第六十条第一項所定の手続に違反するもので、而も選挙の結果に影響を及ぼす虞がある。原判決が此点を看過し被告の主張を排斥したのは令第六十条の解釈を誤つたもので、此点に於て原判決は破毀せらるべきである。
第三点 原判決は「被告は令第五十六条第一項による不在投票に際し、市委員会の事務員を形式上立会人にしただけで適法の立会人を立会はせていないと主張するけれ共――市委員会においてなされた令第五十六条第一項の不在者投票は近藤隆を投票立会人として同人の立会の上に行はれたことが認められる」と判示して被告の主張を排斥した。
併し乍ら、選挙に於ける立会人は、投票者に対し其投票の適正を監視すると同時に、投票管理者及び其命を受けて投票の管理事務を行う者に対し其管理事務の適正を監視保障する任務を行うものであるから、投票管理者が立会人を兼ねることが出来ない事は勿論、同様の意味に於て投票管理者の部下として投票の管理事務に従事する職員が其事務を行うと同時に、立会人を兼ねることは違法である。近藤隆が市委員会の事務職員であつて、本件委員会の不在者投票の管理事務に従事したものである事は弁論の全趣旨から争無き所であるから、かくの如き近藤を選挙立会人として選任した事を適法と認めた原判決は立会人選任に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるものとして破毀せらるべきである。
第四点 原判決は「不在者投票管理者は令第五十六条の規定による投票を受取つた場合には投票用封筒の表面に投票の年月日及び場所を記載してこれに記名し、且つ投票立会人に署名させなければならない。(令第六十条)
しかるに本件選挙において右規定に違反し、令第五十六条の規定による不在者投票について右のような記載手続がなされてない」右手続違反は選挙無効の理由になるとの被告の主張に対して、
右事実を認め乍ら「証人本田芳徳、坂本又一(第二回)瀬戸正(第一回)阿河節子等の証言、並に前示検証の結果を綜合すると、右不在者投票は不在者投票管理者坂本又一又は其職務管掌者本田芳徳の管理の下に投票立会人近藤隆を立会はせて公正に行はれたことがうかがわれるし、投票の公正を害した事実をうかごうべき証拠はない。従つて右の違法は選挙の結果に異動を及ぼすものとはいへない」と判示して之を排斥した。
併し乍ら令第五十六条による不在者投票の投票用封筒に於ける投票の年月日場所不在者投票管理者及び投票立会人の氏名の記載及び署名は、恰かも、一般投票日に於ける投票の場合の投票録の作成(法第五十五条)投票箱の閉鎖措置(令第四十三条)に関する手続に匹敵するものである。そこで一般投票に於て、投票録が作成せられないとか、投票箱に施錠が行われなかつたと言う様な手続違反があると仮定するとき、之によつて投票の公正を害せられたと言う具体的事実が立証せられなく共、違反手続の性質夫自体が選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものとして選挙無効の事由とすべきものであることは殆んど疑の余地があるまい。然らば、不在者投票に於て、一般投票に於ける投票録の作成投票箱の閉鎖措置に匹敵する手続たる投票用封筒の記載が行われていない場合は、之によつて投票の公正が害せられたと言う具体的事実をうかごうべき証拠が無く共、違反手続の性質自体が選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものとして選挙無効の事由となるものと解すべきである。原判決は此点に於て法第二百五条の解釈を誤つた違法があるものとして破毀せらるべきである。 以上