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最高裁判所第一小法廷 昭和28年(あ)2324号 判決 1958年2月13日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人桃井しゅ次の上告趣意および上告受理申立理由について。

わが刑事訴訟法上裁判所は、原則として、職権で証拠調をしなければならない義務又は検察官に対して立証を促がさなければならない義務があるものということはできない。しかし、原判決の説示するがごとく、本件のように被告事件と被告人の共犯者又は必要的共犯の関係に立つ他の共同被告人に対する事件とがしばしば併合又は分離されながら同一裁判所の審理を受けた上、他の事件につき有罪の判決を言い渡され、その有罪判決の証拠となった判示多数の供述調書が他の被告事件の証拠として提出されたが、検察官の不注意によって被告事件に対してはこれを証拠として提出することを遺脱したことが明白なような場合には、裁判所は少くとも検察官に対しその提出を促がす義務あるものと解するを相当とする。従って、被告事件につきかかる立証を促がすことなく、直ちに公訴事実を認めるに足る十分な証拠がないとして無罪を言い渡したときは、審理不尽に基く理由の不備又は事実の誤認があって、その不備又は誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとしなければならない。されば、原判決は、結局正当であって、所論違憲の主張はその前提を欠き、その余の主張はその理由がなく、すべて、採ることができない。

よって、刑訴四一四条、三九六条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は、真野裁判官の反対意見を除くほか、他の裁判官の全員一致の意見によるものである。

本件に対する裁判官真野毅の意見はつぎのとおりである。

職権をもって調査すると、原判決は、第一審における事件の繋属関係、事件の内容および審理の経過にかんがみるときは、なお検察官より提出あって然るべき重要な証拠のあることが予想されるのに、第一審が進んで検察官に立証を促がすことなく、その証拠を取り調べないで、直ちに犯罪の証明がないとして、被告人に無罪の言渡をしたのは、刑訴法一条の精神を無視したもので、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があるとして、第一審判決を破棄したのである。

現行刑訴法は、当事者主義を本体とし、これに職権主義を加味したものである。刑訴二九八条一項において、“検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる”と定めたのは、証拠調における当事者主義の本体を明らかにしたものであり、同二項において、“裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる”と定めたのは、証拠調において職権主義が補充的に加味され得ることを明らかにしたものであると解するを相当とする。すなわち、第二項の規定は、裁判所が必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる旨を定めたに過ぎないものであって、職務として証拠調をしなければならない旨を定めたものと解することはできない(判例集九巻一〇号二一〇五頁参照)。そして、刑訴一条の規定が存在するからといって、別異の解釈によらなければならぬというものではない。それ故、原判決が所論の事由に基き第一審判決に審理不尽の違法があるとしたのは、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があるに帰着し、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、上告は理由あるに帰し刑訴四一一条一号を適用して原判決を破棄するを相当とする。そこで、訴訟記録および事実審において取り調べた証拠によって、被告人の公訴事実の各共謀事実は、これを認めるに足る十分な証拠がないので、被告人に対しては刑訴三三六条により無罪の言渡をすべきである。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

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