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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)502号 判決 1955年10月27日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

原判決が「主債務者である訴外江口三吉において同人の恩給を本件貸借の担保に供し、その恩給証書及び恩給受領の委任状を被控訴人に交付してあつたところ、その後被控訴人が右恩給証書及び委任状を江口に返還した」との本訴当事者間に争なき事実に立脚して、「恩給を受くる権利はこれを担保に供することができないことは恩給法第一一条の規定によつて明であるから、右恩給担保は無効といわなければならない」と判示し、該担保が一旦有効に成立したことを前提とする上告人(控訴人)主張にかかる民法五〇四条による保証債務免責の抗弁を排斥したことは論旨の指摘するとおりである。しかしながら、一般に取引の実際において恩給を担保に供するといえば、債務者たる恩給金受領権者が恩給証書と委任状とを債権者に交付して恩給金の受領を債権者に委任し、同人をしてその受領した恩給金を債務の弁済に充当せしむべきことを約すると同時に、右委任契約の解除権を放棄する特約をなすことによつて、実質上恩給受領権自体に質権を設定すると同一の効果を収めることを指称するのであるから、他に特段の事情の認むべきものなき本件においては、右当事者間に争なきところも、前示一般の事例による事実と認むべきに拘らず、原審が恰も恩給を受くる権利そのものに質権を設定したものの如くに解して、上告人主張の前示抗弁を排斥したのは失当の譏を免れないけれども、いわゆる恩給担保の実質的関係が前説示のとおりである以上、その恩給金受領の委任と受領する恩給金による債務の弁済充当についての合意はもとより有効ではあるが、その委任契約の解除権の放棄を特約することは恩給法一一条に対する脱法行為として無効たること勿論であつて、債務者は何時でも恩給金受領の委任を解除し恩給証書の返還を請求し得るのであるから、前掲当事者間に争なき事実によるも、民法五〇四条にいわゆる「担保ヲ喪失又ハ減少シタル」場合に該当しないこと明白である。それ故、原判決が前示事実関係の下に所論上告人の抗弁を排斥したのは結局正当であつて、論旨は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

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