最高裁判所第一小法廷 昭和32年(オ)394号 判決 1960年4月14日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人上野開冶の上告理由第一点について。
しかし、本件賃貸借において、賃借人が賃料の支払を怠つたときは賃貸人は催告を要せずして賃貸借を解除し得る旨の特約があつたこと、その後本件当事者間において賃料の支払に関し調停が成立したが、従前の賃貸借契約は、右調停による取極めの外は何ら変更されることなく維持されてきたことは、いずれも原審の確定したところであつて、原判決挙示の証拠に照合し、右原審の事実認定は首肯するにかたくない。
所論の前段は、ひつきよう原審が適法にした事実認定の非難ないし原審の認定に副わない事実を前提として原判決に所論の違法ある如く主張するものであるかも採るを得ない。
また、たとい所論後段の如き場合においても、上告人がもし賃料を持参すれば、被上告人においてこれを受領したかも知れず、所論の場合には常に必ず受領を拒むものと断じ去れるわけのものではない。されば原審が、かかる場合といえども、上告人において自ら右賃料の支払につき遅滞を免れるに足るだけの法的手段を講じないかぎり債務不履行の責を免るべきでない旨の判示をしたのは正当であつて、何ら所論後段の違法は認められない。
なお、信義誠実の義務違反ないし権利濫用の論旨は原審で主張判断のない事項に関するものであるから、適法の上告理由とはならず、採るを得ない。
同第二点について。
しかし、所論は上告人において所論賃料について自己に支払義務のないことを知りながら、これを支払つたという主張に帰するのであるから、所論金員の支払は民法七〇五条にいわゆる非債弁済に帰し、上告人において被上告人にこれが返還を請求することを得ない筋合のものといわざるを得ない。しからば右金員の支払が民法七〇八条にいわゆる不法原因給付に当るかどうかの点は暫くおき、原判決が右金員の返還義務を否定したのは結局正当である(昭和三〇年(オ)第四六八号同三二年一一月一五日第二小法廷判決参照)。従つて、所論は採用できない。
よつて、民訴三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)