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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)144号 判決 1958年12月25日

上告人 高橋志津

被上告人 高橋千代太

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士青野実雄の上告理由第一点について。

民法七七〇条五号にいわゆる「その他婚姻を継続し難い重大な事由」とは、同条一、二号のように必ずしも夫婦の一方の責に帰すべき事由であることを要しない。従つて、夫婦いずれの責にも帰すべからざる場合、又は、夫婦双方の責に帰すべき場合もまたこれに包含されること勿論であつて、原判決には所論の違法は認められない。それ故、論旨は採るを得ない。

同第二点について。

控訴人が実家に帰つた原因が原判示認定のとおりであること、並びに、上告人の頑な性格を強め事毎に冷淡な心情を示すに至つた原因が原判示認定のとおりであつたことは、原判決挙示の証拠で肯認できるから、原判決には所論(一)のような違法は認められない。また、原判決は、挙示の証拠で原判示事実を認定した上、以上認定に反する挙示の各証言と当事者双方本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定を覆し前記調停が無効であるとかその他控訴人主張事実を認むべき資料はないと判示しており、その判示は、原審の証拠関係に照しこれを肯認することができるのである。されば、原判決にはその余の所論のような違法も認められない(従つて、所論(五)の違憲の主張はその前提を欠くものである)。本論旨もすべて採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

上告代理人青野実雄の上告理由

第一点原判決は理由を附せざるか又は理由に齟齬がある。

原判決はその理由の結論として、「以上の事情は控訴人と被控訴人の婚姻はこれを継続し難い重大な事由があるというべく、しかもその事由は一部は性格の相違や生活困窮というような両者いづれの責にも帰し難いところに原因があると見られると同時に、他の一部は当事者双方の責に帰しうべき事由と見られることは前記認定事実に徴し自明であつて、控訴人が子女の幸福を願う心情は諒とすべきであるけれども、右事情の下では被控訴人の請求を認容せざるをえず、原判決は正当で、本件控訴は棄却すべきである。」と判示するも、

右判示は第一段に於て「以上の事情は控訴人と被控訴人の婚姻はこれを継続し難い重大な事由がある」と認定しながら、第二段に於て「しかもその事由の一部は性格の相違や生活困窮というような両者いずれの責にも帰し難いところに原因があつたと見られる」と認定し、第三段に於て「と同時に他の一部は当事者双方の責に帰しうべき事由と見られることは前記認定事実に徴し自明であつて」と認定し、第一段の全部的肯定は第二段及び第三段の認定により全部的否定の判断がなされているのである。然らば第四段の「控訴人が子女の幸福を願う心情は諒とすべきであるけれども、右事情の下では被控訴人の請求を認容せざるをえず」との全部的肯定が生れる道理がない。右判示は判断に自家撞着があり、これに依つては何故に被控訴人の請求を認容せざるをえないか不明にして、納得することができない。いやしくも被控訴人請求の離婚を認容するにおいては、その原因又はその責任が控訴人にありとする、それ相当の理由がなければならず、又はその理由を明かにしなければならない、それなのに原判決はその理由を説明していない。

右は事実認定に対する何等の理由をも附せずして被控訴人の請求を認容したものに等しく、右判示はそれ自体、民事訴訟法第三九五条第一項第六号にいう、判決に理由を附せないか又は理由に齟齬があるといわざるを得ない。

第二点原判決は法令に違反したるか又は理由に齟齬がある。

(一) 原判決はその理由に於て「婚姻当初は両名は円満に暮していたが(中略)昭和二五年二月二〇日三子を連れて実家に帰つた。」と判示しているが、控訴人が実家に帰つたのは、婚姻後被控訴人が他の女性と、しばしば関係を持ち、その結果数度性病に罹つてこれを控訴人に感染させ、昭和一六年頃には東京都内の一女性との間に一子さえ儲けたというが如き不貞行為や、昭和二十三、四年頃にいたるや子女の成長に伴う学資等の家計費は増加するに反して、被控訴人の収入は減少し、生活が困窮したので、控訴人はやむなく闇物資の行商による余収をもつて生計を補う有様なるに、被控訴人は些少も協力せず、食事がまづい等不服を云い遂には近所の他家で食事をすることとなり、自己の食費四、〇〇〇円を差引き、家計へ僅か七、〇〇〇円を入れるが如き、夫として父親として妻子に対し無慈悲な態度に出で、最後には控訴人に再三出て行けとの暴言をあえて為し、被控訴人自身が同居し、夫婦は互に協力し、扶助しなければならない義務を履行しなくなつたので、やむにやまれずして為したる処置にして、控訴人自らが婚姻生活を抛棄したものではない。現に実家に帰つてから後は、西宮郵便局の食堂の委託経営、大阪市内で喫茶店を開業するなど、親子四人の生活を支え、長男のため学資を稼ぎ大阪外国語大学を卒業、更に就職をもさせ、長女を他家に稼がせるなどのため、日夜粉骨砕身したのは偏えに被控訴人が妻子を顧みないために因るもので、実家に帰つた原因は、ことごとく被控訴人にこそあれ、控訴人を責むべき理由はない。又右判示中「その頑な性格を益々強め(中略)事毎に冷胆な心情を示し」とあり控訴人を非難する点があるも、婚姻当初円満であつた夫婦間に於て後日若し妻たる控訴人にかかる非難されるべきものが生じたとすれば、その原因は悉皆夫たる被控訴人の許すべからざる不貞行為及びその冷酷な言動に起因するものである。このことは、是非善悪の判断力を持つていた三人の子供が控訴人と行動を共にしていること及びその長女の証言によつても、又記録上口頭弁論の全趣旨及び証拠の結果を検討すれば、一見して明白であるにかかわらず、判示によると前記の原因につき斟酌されたと見るべきものがない。

原判決は民事訴訟法第一八五条の口頭弁論の全趣旨及び証拠の結果を斟酌し、自由なる心証により事実上の主張を真実と認むべきか否を判断したものということができない。

(二) 原判決はその理由に於て「その後被控訴人は神戸家庭裁判所尼崎支部に離婚の調停を申立て、その主張の日その主張の内容の調停が控訴人との間に成立し、被控訴人は当時その主財産であつた約定の株券を直ちに控訴人に引渡したが、控訴人は長男謙一郎が大阪外国語大学を卒業し就職したのに約旨に反し協議離婚に応じないので今日にいたつたため、被控訴人との感情は更に離隔し、現在では両者は到底元の夫婦生活に復帰する見込はなくなつている。」と判示するが、当時控訴人においては、生活のため早朝より深更まで身を粉にして動かなければ、親子四人の生活の維持ができないような事情にあつたので、裁判所に出頭する暇もなく欠席すると再び呼出されるなど、身心共に疲れ切つている時でもあり、兎角一日も早く調停手続を打切りたいとの念願と、被控訴人の調停申立の理由が理不尽であるので、この黒白は本訴で争えるとの信念から一応調停に応じたまでのもので、本心ではなかつたのである。このように調停における離婚予約の意思表示には法律上の要素の錯誤があるので、控訴人は原審においてその無効を主張し且つこの離婚予約の履行は法律上強制することができない旨を主張したのである。しからば、右調停における離婚予約が無効であるか否、又これが履行は法律上強制することができるか否、を原審は人事訴訟手続法第一〇条同法第一四条よりするも、この点につき審理すべきで、若しこの審理により控訴人の主張が認められるとすれば結論は自ら異つてくる。原審がこの点を看過し審理を為さずして、前記のように「両者は到底元の夫婦生活に復帰する見込がない」と判断したのは、調停の成立と調停調書の存在することにより、被控訴人の請求を認容する有力な資料と見たことは否定できない。とすればなおさら右離婚予約の法律的効果につき審理を為さざりしことが理由に齟齬を生じたものと断ぜざるを得ない。

(三) 原判決はその理由に於て「他に右認定を覆し前記調停が無効であるとかその他控訴人主張事実を認むべき資料がない」と判示するも、調停条項中離婚予約が要素の錯誤により無効の主張があり且つ法律上これを強制することができないとすれば、この離婚予約を有効とし、これが有効を前提とする判断は間違いである。のみならずこの点に関する証拠として控訴人の本人尋問の結果がある以上資料がないとの判示も間違いである。原判決は前記の通り人事訴訟手続法に違反した審理不尽であり、採証の法則に違反し、理由に齟齬があるとの批判を免かれることができない。

(四) 原判決は離婚予約の不履行と長期に亘る別居生活という既定の事実より結果的に婚姻の継続が困難であると推論し判断を下しているが、これは理論に矛盾がある。凡そ判断は原因より結果に及ぶべきであるのに原審判決は結果から原因に遡つている。正しく逆である。別居生活は結果的事実であり、別居生活という結果には原因が先行する。如何なる事情で別居生活が形成されたかがそれである。原審がこの原因に留意したなれば、結論は自ら異つたと思料する。原審判決はこの別居生活という結果的事実より夫婦生活が覆水盆に返らずと断じ、別居するに至つた原因及びこの別居生活の解消の可能性ありや否を考慮することなく、単に長年に亘る別居生活という結果にとらわれ「両者は到底元の夫婦に復帰する見込がない」との判断に到達したものであるが、前述の通り離婚予約は無効であり若し無効にあらずとするもこの履行は強制することができないものであり、又別居するに至つた原因はことごとく被控訴人の責に帰すべきものにして、更に別居後においても控訴人は身を粉にして子女の養育に親としての責任を果しているにかかわらず、被控訴人は別居後何をしたか、責行の上に於ても、子女の養育の上に於ても、生活の援助の上に於ても、妻子に対する愛情の上に於ても、何等の反省も又何等の為すところもなく、妻の別居を口実にこれを主たる原因として離婚を求める法的手続をとつたのである。原審は右の通り離婚予約の不履行と長期に亘る別居という結果に重点を置きその因つて来つた原因を看過し、且つ別居後に於ける右両者の同居、協力、扶助の夫婦相互間の義務履行についても何等の判断をすることなくこれを看過し、夫婦間の根本的な且つ重大責務を果さざる被控訴人の請求を認容し、離婚の意思なく、又子女の幸福のため離婚を欲しない控訴人に与えるに離婚を以てしたものである。又別居という事実は別居当時の社会的、経済的事情が変つた現在及び被控訴人の反省と愛情、而して同居、協力、扶助の誠意をなすにおいては解消でき得るものである。

原審判決は条理、人情而して人倫に反するのみならず民法第七五二条の法令を無視した違反があり従つて又理由に齟齬がある。

(五) 以上の理由により原判決は幾多の法令に違反し又はその適用を誤り理由に齟齬を生じたものにして、かくの如き判決に依りては、法の下に平等であり、性別により差別されないとの憲法の原判決は蹂躙され、妻たるの権利は夫の一方的な言動により破棄され、その保護を全うすることができない。原判決は法令に違反したか又は理由に齟齬があると断ぜざるを得ない。

以上

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