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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)510号 判決 1962年11月08日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三島保の上告理由第一点について。

原判決は、本件事故現場である市街地に上告会社の被承継人東北配電株式会社が施設し所有していた本件高圧架空送電線(五粍のゴム被覆硬銅線)のゴム被覆がひどく古損し、各所においてその被覆物が電線から剥離垂下している状況であつたが、このゴム被覆の破損が本件事故の一因となつた事実を確定したものである。ところで、昭和七年一一月二一日逓信省令五三号電気工作物規程四二条、五四条によれば、市街地に施設する高圧架空送電線は、第三種絶縁電線を使用するか、第一種若しくは、第二種電線のときは五粍の硬銅線又はこれと同等以上の強さ及び太さを有するものを使用すべきところ、戦時中の物資の需給調整その他の事由により右電気工作物規程によることができない場合のため、特に制定された昭和一四年一月一九日逓信省令一号電気工作物臨時特例一一条により、一定の設置規準の下に五粍の裸硬銅線又はこれと同等以上の強さ及び太さを有するものの使用を許されるに至つたものであつて、本件事故当時は右規定が適用されていたから、五粍の硬銅線である本件送電線がたといゴム被覆がなくても当時の取締規定に違反しないものであることは、所論のとおりである。しかしながら、行政上の取締規定に違反しないという一事をもつて、民法七一七条一項の規定による所有者の賠償責任を免かれることはできない。また、以上の取締規定の変遷に徴すれば、市街地においては、本件のような事故を防止するため、三五〇〇ボルト以下の高圧架空送電線にゴム被覆電線を使用することが裸線を使用することよりも本来望ましいものというべく、現に本件事故現場においてもゴム被覆電線が架設せられていたのであるが、本件事故当時は終戦後の物資の乏しい時代であつたので、前記会社管下にある破損したゴム被覆高圧送電線を全部完全なものに取り替えることは資材および経済の点からいつて極めて困難な状況にあつたにしても、本件事故現場の電線の修補をすること自体が科学及び経済の許す範囲を超えて不可能なものであつたとは認められないのみならず、修補の困難ということもまた所有者の前記賠償を免責せしめる事由とはならない。以上の判示と同趣旨の判断にもとづいて、上告人の賠償責任を認めた原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。

同第二点ないし第四点について。

原判決は、前記会社は、本件高圧電線の断線事故に対する保安設備として、右電線の引込用母線のある須賀川変電所内に油入自動遮断器と静電型検漏器を設置していたが、動作電流を二〇〇アンペア以上に調整してあつた右油入自動遮断器は、三相短絡電流で一五三アンペア、線間短絡電流で一三二アンペアであつた本件事故に対しては、自動遮断の動作をせず、また、右変電所の所員渡辺脩が右静電型検漏器により接地事故を知り、手動で電流の遮断を行つて停電せしめたときは、断線事故が発生してから少くとも六、七分後であつたこと、本件事故の被害者である佐藤義弘の受傷、関根チウの死亡は、電流の接触が多少とも長引いた結果であるから、もし本件高圧電線の断線事故に対する保安設備として、瞬時ないし極めて短かい時間において自動的に電流を遮断すべき装置、例えば前記静電型検漏器の代りに当時既に作成されていた選択接地継電器を設置していたならば、本件遮断事故に際しても、直ちに、そうでなくても二、三秒以内に、電流を遮断して前記被害を防止するかもしくは局限しえた旨を認定し、この場合、前記会社の設置すべき本件高圧電線の断線事故に対する保安設備に瑕疵があるものというべきであり、前記会社の設置した右保安設備が監督官庁の制定した取締規定に違反しないからといつて、右の結果を左右するものでない旨を判示したものであること判文上明らかである。そして、原判決所掲の証拠によれば、原判決の右事実認定は肯認できなくはなく、その結論もまた正当であるから、原判決に所論の違法はない。所論は、原審の適法に確定した事実を争い、これと異る事実関係を前提として原判決の違法をいうものであるから、いずれも採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斉藤朔郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

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