最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)60号 判決 1962年12月13日
判 決
上告人
古河鉱業株式会社
右代表者代表取締役
新海英一
右訴訟代理人弁護士
公荘惟和
同
山田盛
同
高橋茂
新東物産株式会社破算管財人
被上告人
井上綱雄
右当事者間の競売売得金に対する優先権確認請求事件について、東京高等裁判所が昭和三二年一〇月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人公荘惟和、同高橋茂の上告理由第一点及び上告代理人公荘惟和、同山田盛の上告理由第一、二点について。
しかし、訴外新東物産株式会社(以下新東と略称する)と訴外日本通運株式会社(以下日通と略称する)との間において、本件石炭を以てした代物弁済契約は、当事者相通じてした虚偽の意思表示であるから、当事者間においてはその効力を生じない。従つて、右石炭の所有権は依然として新東に属するわけにはなるが、新東の破産管財人である被上告人は、判示のような理由で、当事者とは異なる第三者であり、かつ善意の第三者とみるべき者でもあるから、右代物弁済の無効は、これを以て被上告に対抗することができず、従つて、被上告人に対する関係においては、上告人は、本件石炭の所有権が依然として破産会社に属するものと主張することはできないとする原審判断は、その確定した事実関係の下において、正当である。
所論は、民法九四条二項によつて保護される第三者とは、意思表示の虚偽であることを知らないすべての第三者を指すのではなく、その虚偽の意思表示を真実であると信じて、なんらかの法律行為をなし、新たに利害関係をもつに至つた者にかぎるが如く主張するが破産管財人は、破産債権者全体の共同の利益のためにも、善良な管理者の注意を以てその職務を行なわねばならぬ者であるから、選任された後は、所論の如き特段の法律行為をなしたかどうかに拘らず、ある財産が破産財団に属するかどうかを主張するにつき、法律上利害関係を有するものと解すべきであるから、所論民法九四条二項によつて保護される第三者たることを失なうものではない。
右の点に関し所論は、破産管財人は、破産財団に属する財産の占有及び管理に着手して始めて、ある財産が破産財団に属するかどうかを主張するにつき法律上利害関係をもつに至るのであつて、選任されただけでは、民法九四条二項にいう第三者に該当しない旨主張するが、破産財団に属する破産者の財産は、破産の宣告により、差押えをされたと同じ拘束を受け、これに対する破産者の処分権は剥奪されると同時に直ちに破産管財人に移付されるのであるから、所論法律上の利害関係は、破産管財人に関しては、破産宣告と同時にされる選任によつて当然生ずるものと解するのが相当である。所論引用の各判例中、判例違反の論拠として引用する各判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。
なお所論は、本件代物弁済契約が、所論のとおり無効であれば、本件石炭の所有権は、日通に移らずして、依然として、新東に属していることになる結果、新東の破産財団はそれだけ確保増殖されることになるわけである。にも拘らず、これを無効でない(被上告人に対する関係において)と主張する被上告人は、いわば、破産財団の不利益になる主張をなすものに外ならないから、民法九四条二項によつて保護される第三者に該当しない旨主張するが、本件石炭は、他面において、先取特権の目的物として、上告人が本訴においてこれを主張し、その確認を求めていることが明らかであり、被上告人が右代物弁済契約の無効を容認し、本件石炭の所有権が依然として新東に属していることを肯認することは、ひつきよう、特定の債権者である上告人のために、その主張する先取特権を是認し、ひいては、破産手続における上告人の別除権の行使までも容認することにつながるものであるから、被上告人の所論主張は、必ずしも破産財団のために不利益を図るものということはできない。しかも、原判決によれば、被上告人は、上告人に対し、右代物弁済契約の無効でないこと(被上告人に対する関係において)、を主張するとともに、他面において、日通に対し、右新東との間の代物弁済契約を否認し、その目的物たる石炭の代償金請求の訴訟を提起していることが明らかであるから、もし右請求が認容されれば、当該代償金は当然に破産財団に復帰することになり、それがやがて日通及び上告人を含めた総破産債権者に対し公平に弁済されることになるわけであり、従つて、上告人に対し、右代物弁済の無効であることを容認しないのは、結局において破産財団確保増殖を図り、総破産債権者の共同の利益を念とするものに外ならないと解すべきである。
それゆえ、右論点に関する所論はすべて採用することを得ない。
上告代理人公荘惟和、同高橋茂の上告理由第二点(一)について。
しかし、原判決は、破産者新東と訴外日通との間の通謀虚偽の意思表示に基づく本件代物弁済契約の無効は、善意の第三者である被上告人に対抗することができず。従つて上告人はその無効を被上告人に対し主張し得ない結果、本件石炭の所有権が破産財団に属することの主張もできない旨判示しているのであつて、右判示は、本件石炭が、破産者新東の法定破産財団に属するものでないことを、おのずから判示した趣旨と解されるから、原判決には所論理由不備の違法があるとは認められない。
同第二点(二)について。
しかし、破産者のした法律行為が、民法九四条一項によつて無効であつても、同条二項により、その無効は、これを以て善意の第三者である破産管財人に対抗し得ないのであるから、破産管財人たる被上告人は、その有効を主張し得る筈であり(むろん被上告人に対する関係において)、従つてこれを有効とする立場から提起した否認権行使による代償金請求の所論訴訟は、なんら不適法ではない。所論大審院明治四一年六月二〇日の判決は、事案を異にし、本件に適切でない。
同第二点(三)について。
破産管財人は破産財団を確保増殖し、総破産債権者に対し公平な弁済をなす職責を有する者であることは所論のとおりであるが、被上告人が上告人に対し、本件代物弁済の有効を主張し、他面、日通に対し、否認権の行使によつて代償金請求の訴訟を提起しているのは、すべてみな破産財団を確保増殖し、総破産債権者に対し公平な弁済を図ろうとするためのものであることは、すでに前述したとおりであるから、原判決には所論違法があるとは認められない。
上告代理人公荘惟和、同高橋茂の上告理由第三点及び上告代理人公荘惟和、同山田盛の上告理由第三点について。
しかし、法律上利害関係を有する者とは、必ずしも所論の如き者にかぎるべきではなく、破産管財人もまた、選任された後は、その職責に鑑み、たとえ所論の如き特段の法律行為をしたかどうかに拘らず、ある財産が破産財団に属するかどうかを主張するにつき、法律上利害関係を有すると解すべきであることは、すでに前述のとおりであるから、原判決には所論違法は認められない。
上告代理人公荘惟和、同山田盛の上告理由第四点について。
被上告人が、破産管財人として、本件代物弁済契約の有効(被上告人に対する関係において)を主張し得ること、したがつて右法律行為が否認権行使の対象となり得ること及び被上告人の右法律行為の有効であることの主張が許容され得るものであることは、すでにこれらの諸点に関する上告代理人公荘惟和、同高橋茂の上告理由について述べたとおりであり、所論はひつきよう独自の見解たるを免れないから採るを得ない。
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 高 木 常 七
裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 下飯坂 潤 夫
裁判官 斎 藤 朔 郎