最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)1139号 判決 1963年3月14日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人川添清吉、同風間誌一郎の上告理由第一点について。
論旨は、原判決が所論明確な証拠を無視し、これに対し何らの判断をも示さない点に理由不備の違法があるというが、原判決は、上告人の取締役退任の日が昭和二九年一二月二五日である旨を認定しており、右認定は挙示の証拠(甲第一号証)により是認できる。所論はひつきよう原審の裁量に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採ることを得ない。
同第二点について。
所論は、被上告会社代表取締役堀文雄が、登記懈怠の責任を免れるため上告人の取締役退任の日をことさら遅らせて昭和二九年一二月二五日として登記手続に及んだため、甲第一号証の登記の記載が同日付となつた旨を主張するが、右は原審において主張判断のない事実であり、これを前提とする所論は採ることを得ない。また、所論の点に関する原審の事実認定は、挙示の証拠により是認できる。所論は、原審が適法にした裁量を非難するものであり、原判決に所論の違法は認められない。
同第三点について。
株式会社がその取締役に対して約束手形を振出し、これによつて手形債務を負担する行為は、商法二六五条にいう取引に該当するものと解するを相当とする。従つて、本件第二の各手形の振出について被上告会社の取締役会の承認がないという原判示の下においては、右各手形の振出は無効と解すべきであり、これと同趣旨に出でた原判決は正当である(大審院大正一二年(オ)第一八六号同年七月一一日判決、同大正一三年(オ)第三三〇号同年九月二四日判決、同昭和四年(オ)第四二一号同年九月二一日判決参照)。なお、商法二六五条は効力的規定ではなく命令的規定であるから、取締役会の承認がらいからといつて本件第二各手形の振出行為の無効を来さないとの所論は、独自の見解であつて、当裁判所の採用し得ないところである。所論はすべて採ることを得ない。
同第四点、第七点について。
所論は、原審において主張判断のない事実に基づく主張であつて、適法な上告理由とは認められない。
同第五点について。
所論は、登記簿上取締役の登記が抹消されない以前にすでに事実上退任していたとの、原審の認定に副わない事実関係を前提として原判決を非難するものであり、採ることを得ない。
同第六点について。
所論は、本件第二手形の振出行為は、被上告会社の債務履行行為に帰着し、商法二六五条にいう取引に該当しない旨をいうが、所論は原審の認定に副わない事実関係を前提とするものであるばかりでなく、手形振出行為が同条にいう取引に該当すると解すべきことは論旨第三点に対する説示において判示したとおりであり、所論は採ることを得ない。
同第八点について。
原判決は、所論第一次請求たる手形上の請求の原因関係が上告人と堀文雄個人との間の債権関係自体であるとは判示していないのであるから、所論手形の振出が被上告会社としてなされたことを判断した点に何らの矛盾はない。また、上告人の予備的請求は被上告会社に対する判示消費貸借に基づくものであるところ、該請求原因事実の肯認できないことを原判決は判示しているのであるから、その認定判断には所論のごとき矛盾は存しない。それ故、所論は採ることを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七 裁判官 斉藤朔郎)