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最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)1414号 判決 1963年7月25日

上告人 田辺正雄(仮名)

被上告人 三井新一(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮崎巖雄の上告理由一について。

所論は、被相続人の死亡によつて家督相続の開始した場合において、被相続人がその生前に所有不動産を他に贈与していたときは、該不動産は相続財産に属しないものであることを主張し民法八九六条の解釈を云為するが、本件事案においてはさようなことが問題となつているのではなくて、被相続人(川野公三)から上告人が本件不動産の贈与を受けてもその旨の登記がなされていない以上、家督相続人(川野明男、同人の家督相続人川野幸子)から本件不動産の譲渡を受けその旨の登記を経由している第三者(被上告人)に対し、上告人の贈与による所有権の取得を対抗できるかどうかの民法一七七条の解釈が問題の中心である。しかして、かかる場合、上告人の所有権取得をもつて被上告人に対抗できないことは大正一五年二月一日大審院民事連合部判決(民集五巻四四頁)以来一貫して判例の示すところであつて、いまだこれを変更する必要を見ないところである(昭和三三年一〇月一四日第三小法廷判決、民集一二巻三一一一頁参照)。所論は、独自の見解に立つて原判決を非難するに過ぎず、採用の限りでない。

同二について。

所論は、家督相続人川野幸子のした保存登記が無効であることを主張するが、前示川野公三が本件不動産を上告人に贈与してもその旨の登記手続を完了しない間に相続が開始した本件事案において、家督相続人がその不動産につき保存登記をすることは少しも違法でない。所論は、独自の見解であつて、採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤朔郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾)

上告代理人宮崎巖雄の上告理由

一、原判決は其の理由に於て、

「成立に争がない甲第二、第三号証によれば本件建物は訴外川野幸子の祖父川野公三の所有であつたこと及び川野公三は昭和十九年七月二十日死亡して川野明男がその家督相続を為し次で明男が昭和二十年十二月三日死亡して川野幸子がその家督相続をなしたことが認めらるる」と認定し進んで「しかして当審における控訴本人尋問の結果により成立を認める乙第二号証並に右本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば控訴人は昭和十八年十二月二十日川野公三から本件建物中居宅建坪十坪及び物置建物十一坪二合を除くその余の建物を贈与を受けたことを認めることができる。」と認定した。

後者の認定によれば本件建物は亡川野公三から昭和十八年十二月二十日贈与を受けたとせば其の贈与と同時に亡川野公三は本件建物の所有権を喪失し同人が死亡しても本件建物は相続の対象たる財産とならないことは勿論である。蓋し民法第八九六条によれば相続は被相続人の死亡時に於て所有した財産に限られるからである。然るに原判決の判示は昭和十九年七月二十日川野公三の死亡に因り相続人川野明男が本件建物を相続したと認定したことは右民法第八九六条の解釈を誤つたものと言わなければならない。更に川野明男は本件建物の所有権の相続をせず従つて同人の所有に帰属しない本件建物が昭男の死亡によつて幸子が相続する筈がない。果たして原審認定の如く本件建物を川野公三かち上告人が贈与を受け上告人が所有権を取得したもの、換言すれば川野公三の所有を離脱した本件建物を川野明男更に川野幸子が相続により順次所有権を取得したと認定した原判決は理由そごか或は民法の法条を無視したか解釈を誤つた違法あるものと思料する。

二、原判決は「しかるところ成立に争いない甲第一号証によれば云々これより前幸子は同年六月二十一日本件建物につき保存登記を為し右売渡した翌二十五日被控訴人に対しこれが所有権移転登記を経由したことが認められる」と判示した。然れども原判決が認めたところ既に川野公三は本件建物を昭和十八年十二月二十日控訴人に贈与し公三は所有権を失い控訴人が所有権を取得したものである。されば川野幸子は何等自己の所有に属せない本件建物が偶々未登記建物であつた。(甲第一号証登記簿)のを利用し自ら保存登記をしたものである。自己の所有に属しない建物を自己のものとして保存登記をしたとしても所有権を取得する筈がない。蓋し所有権保存登記は不動産につき新に登記用紙を開設することによつて当該不動産を登記簿上確定し爾後その不動産に関する権利の得喪変更は総て保存登記を基礎としてなさるるから該保存登記が実体上の権利関係と一致することを必須条件とする。従つて実体上何等不動産につき権利(所有権)のないものが仮令実体上権利ありとして保存登記を申請しても該保存登記は無効といわなければならない。登記が有効となるには登記に附合した実体上の権利関係の存在することを要しこれを欠くときは仮令登記の手続に何等の瑕疵がなくともその登記は無効である。これを例えば「甲が乙の所有権の賃借人としてその地上に家屋を建築し未だ登記を了せない間に乙がその家屋を自己の所有名義に保存登記を為しこれを丙に譲渡し丙が直ちにその取得登記を了したとしても丙は家屋の所有権を取得せず乙亦元より所有権を取得する筈がない」これ蓋し吾法制に於ては登記に公信力を認めない当然の帰結である。本件に於て上告人が未登記の本件建物を川野公三から贈与を受け所有権を取得したにかかわらずこれが保存登記又は取得登記を経由しない間に何等権限のない川野幸子が保存登記し被上告人に売買し被上告人がこれが取得登記したとしても被上告人は所有権を取得しない。原審は保存登記の法理及び登記の公信力につき法律の解釈を誤つた違法がある。かかる解釈の誤りにより原審が上告人の主張を排斥した原判決は破毀を免れないと思料する。

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