最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)639号 判決 1962年5月17日
上告人 後藤伊勢五郎
被上告人 後藤ミツキ
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人木村盤根の上告理由について。
しかし、婚姻関係破綻の責任が、主として一方当事者(上告人)の背徳行為に起因するときは、その者は離婚を請求し得ない旨の原審判断は、その確定した事実関係に照らし正当として是認できなくはない。
所論法令違反及び理由齟齬の主張は、原審が適法に確定した事実と相容れない事実もしくは独自の見解を前提とするものであるから、採用し得ない。
なお、判断遺脱をいう所論は、原審で主張のない事項に関するものであるから、適法の上告理由に当らない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫)
上告代理人木村盤根の上告理由
原判決は判決に影響を及ぼすべき法令違反又は理由齟齬及上告人の条理違反の主張に対し判断を遺脱せし違法がある。
一、原判決理由第二項「控訴人の当審に於ける主張(前記事実らん参照)について考えるに、民法第七七〇条に規定する離婚原因は旧民法の有責主義から破綻主義に推移していることが窺われ、ことに同条第一項第五号は相手方の有責行為を必要とするものでないが、しかし婚姻関係破綻の原因は主として一方当事者の背徳行為に起因するときは、その者は同条第一項第五号により離婚を求めることは許されないものと解するのを相当とすべく、したがつて控訴人の主張は理由がない」と判示し旦つ右以外は第一審判決理由と同一であると断じている。
二、即ち原判決は民法第七七〇条に規定する離婚原因は、旧民法の有責主義から破綻主義に推移したものと解して居り乍ら第一審判決は勿論原審に於ても上告人が勝手に訴外船山久子を情婦に持つて被上告人に離婚を求めるが如きは不埒千万であるとして上告人の責任をただして其の請求を排斥したものであり、特に当事者間破綻に陥つた直接又は重大なる原因については一瞥をも与へてくれず又上告人が第一審判決は条理に違反する点を主張していたが夫れに対しては何等の判断をしていない。
三、上告人が不信行為を為すに至つたのは、被上告人が勝気、我儘にて上告人先妻の子信広を疎外して、我か子忍のみを愛するため兎角家庭内面白くなく、上告人は家を外にする様になり其結果旧友の関係であつた訴外船山久子に接近するに至つたものである。即ち被上告人は家庭の主婦として余り外出することなく真面目に家庭を守り特に先妻の子の面倒を見る様にしてくれたなら、上告人は決して他の女の同情等を求むことはせなかつたものである。即ち上告人の不信行為をするに至つた原因は被上告人の勝気我が儘等に起因する家庭不和が主たる動機で其の責任の一端を被上告人にもあるものといわねばならぬ。故に決して上告人一人が背信行為をしたものでない。
加之、当事者破綻の直接且つ重大なる原因は其頃より家庭内の風波益々つのり到底上告人、被上告人とも将来円満なる家庭を造り、幸福なる生活ができないと思ひ協議離婚して新しく出発する方が双方光明が望める事を確信して、被上告人は上告人と協議の上昭和三十一年十月二十四日家財全部と金十万円を貰い受け米沢の現住所を引払い夫は山形に、妻は仙台へと別れて事実上離婚が成立して婚姻の実質が破綻したものである。
以上の如く破綻の原因は当事者双方離婚する意思を以て実質上家庭を閉ぢて婚姻関係を断絶せし事に起因したもので上告人の不信行為(原審判決は之を背徳行為と断ず)は婚姻破綻以前のもので、破綻の直接且つ重大なる原因は飽く迄も当事者双方別離した関係である。
或ひは被上告人は第一審及原審に於て「此後何年でも待つて再び元通りの婚姻を持続し度いと念願している」等供述しているが真に右の如き意思があるとすれば前述の如く上告人より家財一切及困窮な俸給生活者の血の出る様な十万円の大金を貰ひ受けて仙台迄引き越すが如き事は絶対にあり得ない事実である。
被上告人は実際は離婚する意思を以て右の如く仙台市に引越して上告人と別れたが、其後何人かに使嗾せられて離婚を拒否するに至つたものと思はれる。
四、而して民法第七七〇条に規定する離婚原因は判示の如く旧民法の有責主義より破綻主義目的主義に移行せるものであるから、婚姻関係が破綻に陥り絶対に復元し得ない状態が持続する場合は覆水再び盆に復る術もなく、たとい右状態が当事者一方より看て背徳行為であるとするも、婚姻を継続し難い重大なる事由がある場合に該当する。
いわんや上告人が被上告人と協議上離婚する事として別れ、実質上婚姻関係が断絶せし為め、他の女と同棲するに至つたもので上告人は之を決して背徳行為と思つていない。故に民決第七七〇条第一項五号により離婚の請求を為すは正当の理由あるものと信ず。
かかる場合に法が離婚を認めないとすれば不自然の状態が永久に持続し結局、窮極に於て被上告人のみが苦境に陥る事となるは火を睹るより瞭らかである。
然るに原判決は右の条理を顧みる事なく上告人の背徳行為をにくむの余り前述判示の如く上告人の請求は許されないものと解せられたもので原判決は判決に影響を及ぼすべき法令違背又は理由齟齬、或ひは上告人の条理違反の主張に対して判断を遺脱せし遺法がある。