最高裁判所第一小法廷 昭和36年(あ)1727号 判決 1964年1月23日
主文
原判決を破棄する。
本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意第一点は判例違反をいうけれども、所論引用の判例は事案を異にする本件には適切でなく、同第二点は事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な上告理由に当らない。
しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は「爆発物取締罰則第一条に言う人の財産を害する目的で爆発物を使用するとは、爆発物の使用を手段として他人(犯人以外の者)の財産を害するという結果招来を意図して爆発物を使用することを言い、他人の財産を害するとは、その財産の権利者の意思に反して不法にこれを損壊するの意と解すべき」であるとし、本件公訴事実中爆発物取締罰則違反の点については、被告人等において、人の財産を害する目的を有していなかったものと認められるから被告人三名に対し無罪の言渡をなすべく、これと一個の行為にして二個の罪名に触れるものとして起訴されたものと認められる往来妨害の点については、同所為は起訴当時既に公訴の時効が完成したものであるから、被告人等に対し免訴の言渡をなすべきものとした。
そして、被告人等において右罰則一条にいう人の財産を害する目的を有していなかったものと認めるについて原判決の説示するところは、要するに、愛媛県周桑郡庄内村(昭和三〇年一月一日近隣三村が合併して三芳町となる)大字河之内地内の通称大川(大明神川の上流)に架設されていた本件木橋「一の瀬橋」は、昭和二九年頃には腐朽甚だしく車馬の通行禁止等の危険防止の措置も採られ、歩行者の通行さえ危険な程度に至ったため地元河之内部落民を始め村民よりその架替を強く要望されていたが、当時の同村村長の地位にあった被告人長井は、同村の財政規模も小さくこれが財源を捻出することが困難であったところから、同年八月九日頃、村議会終了後、村長及び村議会議員の殆んど全員によって「一の瀬橋」対策についての協議会が開催された際、台風が襲来したとき右橋を人為的に落下させて恰も台風災害によるものの如く装い公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法に基づく国庫負担金を得て改修しようと提案し、地元河之内部落出身の村議会議員である被告人山内、同十亀を含む右協議会出席者全員の賛同を得、損壊作業は右被告人山内等地元出身議員に任されることになったものであり、かくして被告人等三名は共謀して、同年九月一三日台風襲来するや、同日夜から、地元部落民等の協力を得て右橋の損壊作業に従事したが、容易に落下するに至らなかったため遂に翌一四日ダイナマイトを使用して、右橋及び橋台を爆破し、川中に落下させたものである。従って、村長の地位にあった被告人長井は、村有財産である「一の瀬橋」の損壊を前記のような意図を以てしたものであり、それは協議会の賛同を得たものである以上、権利者である村の意思決定機関である村議会の真実の意思にも反せず、又村の最終的意思主体である村民全体の意向にも反しないものと信じてなしたものと認めるのが相当であり、被告人山内、同十亀は地元出身の村会議員として前記協議会に出席し、村長である被告人長井の前記提案に賛同し、その指示に従ったものであるから、その主観において権利者の意思に反して損壊するという認識はなかったものである。従って、本件ダイナマイト使用はこれを手段として村有財産である「一の瀬橋」の損壊という結果招来を意図したものであったにしても、被告人等に右損壊が権利者の意思に反してするという認識はなかったものと認めるのが相当であり、結局、右罰則にいう人の財産を害する目的がなかったものというべきである。
しかし、右罰則一条にいう「人の財産を害せんとするの目的」とは、犯人以外の者の財産を損壊しようという目的の意であることは文理上疑を容れないところであって、爆発物の使用がかかる目的に出でたときは直ちに同条の罪を構成するものと解するを相当とする(大正一一年(れ)第一九八号、同年三月三一日大審院判決、刑集一巻一八六頁参照)。本件についていえば、被告人等において、被告人等以外の者の村所有の財産である「一の瀬橋」を、地元部落民の協力を得て、台風による災害の如く装うため、台風が襲来した日の夜から損壊作業に従事し、容易に損壊するに至らなかったので遂にダイナマイトを使用して爆破したものである以上、被告人等が右にいわゆる「人の財産を害せんとするの目的」を有していたものであること明らかであるといわなければならない。
原判決は、右罰則一条の解釈として、人の財産を害するとは、その財産の権利者の意思に反して不法にこれを損壊するの意と解すべきものとし、同条の罪の成立には、爆発物の使用を手段として他人の財産を損壊するという結果の招来を意図したものであったにしても、なお右損壊が権利者の意思に反するものであることを要すると説示する。しかし、さように解すべき法文上の根拠はないのみならず、もしかかる見解を採るならば、同罪の成否は権利者の意思如何にかかることとなり、権利者の承諾があるかないしは権利者の意思に反しない限り、爆発物が使用された場合においても犯罪は成立しないことになる。ところで、爆発物取締罰則一条の爆発物使用罪は損壊の客体が財産である場合においても、単にその財産の保護のみを目的とするものではなく、罪質的には公共危険罪の一種であると解するを相当とする(刑法一一七条等参照)。そして、個人的法益の保護を目的とする犯罪の成否については、被害者の承諾の有無を論ずる必要のある場合のあることは勿論であるが、それと罪質を異にする本件罰則の適用に当って、前示のような原審の見解を採ることは、当裁判所の是認できないところである。のみならず本件の場合においては、村有の橋が損壊されたものであるところ、橋は道路法にいう道路に含まれ一般交通の用に供せられるものである(道路法二条一項参照)から、かかる橋を損壊することは単なる村有財産の侵害ばかりでなく、道路の一般交通という公共的法益をも侵害するものである。以上説示のとおり、本件の場合「一の瀬橋」の権利者である庄内村の村民の意思如何によって公共的法益に対する侵害犯の成否が左右される結果となる原審の前記見解の不当であること明らかであるというべきである。
されば、原判決が右見解に基づき被告人等の本件爆発物取締罰則違反の所為につき無罪を言い渡したのは、法令の解釈を誤ったものといわなければならない。
なお、原判決は、被告人等は地元部落民等の協力を得てダイナマイトを使用して本件橋を損壊したのは、判示の如き事情の下に判示の如き意図を以てしたものであるから、被告人等の主観においては、その権利者である村民全体の意思に反しないものと信じてなしたもの、ないしは権利者の意思に反して損壊するものであるという認識を欠いていたものである旨説示するが、これは、原判決が右罰則一条にいう人の財産を害せんとするの目的の意味を前記の如く財産の権利者の意思に反してこれを不法に損壊するの意と解すべきものであるとした解釈を前提として、被告人等において、本件橋の損壊は権利者の意思に反してなすものではないから法律上許されたものであると誤信したものであることを判示したものと認められるが、原審の右解釈が不当であること上述のとおりである以上、被告人等の右主観の点は本件爆発物取締罰則違反罪の成否の問題ではなく、その動機すなわち情状の問題であるにすぎない。
要するに、原判決は爆発物取締罰則一条の解釈適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。
よって、刑訴四一一条一号、四一三条本文に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斎藤朔郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)