大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和36年(あ)2568号 決定 1962年10月04日

無職 荒川倉

右に対するたばこ専売法違反被告事件について、昭和三六年一〇月一二日東京高等裁判所の言渡した判決に対し被告人から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岡田実五郎、同佐々木熙の上告趣意について。

所論は、本件没収、追徴は、被告人の犯罪に藉口して、国が財政収入の二重取りをするものであるから、憲法の所論法条に違反するというのである。しかし、本件没収は、たばこ専売法違反行為の取締りを励行する為に、被告人に対し、附加刑として科せられたものであり、本件追徴は右没収に代るべきものとして被告人からなされたものであつて、たばこ専売法のたばこにつき、日本専売公社を通じ、国庫の取得する財政収入とは、その性質を異にするものであることは明らかである。それ故、右両者を国が取得したからといつて、所論のように国が財政収入の二重取りをしたものということはできない。されば、所論は前提において採ることを得ず、違憲の趣旨は前提を欠くものであつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(なお、本件行為に、たばこ専売法二九条二項、七一条五号、七五条の適用を認めた原判示は正当である。)

よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七 裁判官 斎藤朔郎)

弁護人岡田実五郎、同佐々木熙の上告趣意

第一点原判決は憲法第三十一条に違反する。

憲法第三十一条には「何人も、法律の手続によらなければ、その生命、若しくは自由を奪はれ又はその他の刑罰を科せられない」を規定しているのである。

同条項は罪刑法定主義を打ち出したものである。

罪刑法定主義とは国会で定める法律のみによつて刑罰を科し得るのである。

ところで罰則に関する法律の適用については公正妥当でなければならない。

もし刑罰法規の解釈を誤解して人民を処罰するとせばそれは法律によらないで刑罰を科したと何の択ぶところがない。

則ち刑罰法規の誤解は憲法第三十一条の違反となるものと解しなければならない。(註解日本国憲法五八七頁)

この見解は学者の定説である。(佐々木憲法論四三九頁、木村亀二新憲法と人身の自由二八頁、清宮要論九二頁、田上要論一二四頁、鵜飼憲法八三頁)

そこで本件をみると、

原判決は「所論は要するに、たばこ専売法第七五条にいう没収、追徴の客体には、公社又はその指定小売人の手を経て、国家の財政収入が満足された後販売された製造たばこを包含しないと解すべきに拘らず、これを包含すると解釈し被告人荒川倉に対し、没収追徴を言渡した原判決には法令の解釈を誤つた違法があると云うに帰する。

よつて按ずるに、たばこ専売法によるたばこ専売制度が結局に於いて国家財政上の収入を根本目的とすることは、所論の通りであるけれども、同法はその根本目的の外にその企業独占の実を具体的に確保し且つ該企業の堅実な運営及びその信用の保持等を期するため、たばこ耕作、製造、輸入、販売、輸出等の各段階に於いては製造たばこの販売機関を日本専売公社及びその指定小売人に限定(同法第二九条)すると共に、公社及び小売人に対し、厳重なる監督統制(同法第三〇条、第三一条、第三四条乃至第三六条、第三八条乃至第四〇条)をしていることに鑑みれば、たとえ指定小売人が一旦消費者に売渡した所論の製造たばこであつても、公社又は指定小売人でない者が反覆継続している意思のもとに、これを他に販売し又は販売の準備をする場合は、たばこ専売法の根本目的とする財政収入の面に於いて直接の侵害を与へるものとは云い難いけれども前記のような諸種の監督統制を乱し、ひいては右根本目的を阻害することになるから、かような行為は同法第二九条第二項に違反するものと解するを相当とし(昭和三〇年(あ)第一〇二号同三二年七月九日最高裁第三小法廷決定判例集一一巻八号二〇五五頁参照)、

他面同法第七五条は犯則物件又はこれに代るべき価格が犯則者の手に存することを禁止すると共に国がたばこの専売を独占し、以て前記目的を確保するため、特に必要没収、必要追徴の規定を設け、不正たばこの販売などの取締を現に励行しようとする趣旨であると解せられるから前記のように、指定小売人が一旦消費者に販売した製造たばこであつても、これを更に販売し又は販売の準備をした行為につき一定の条件のもとに同法第二九条第二項第七一条第五項の罪の成立を認める以上右販売にかゝる製造たばこにつき没収追徴を云渡すことは当然であり、国が既に財政収入を得ていることを理由として例外的取扱いをすべきいわれはない。」というのである。

しかし企業独占確保とか信用の保持とか企業経営の厳重な統制とかは国家財政の収入確保という目的を実現するための手段であつて、国家財政の収入確保以外に別な目的として存在するものではない。

原判決挙示の最高裁の判例は単に「公社又は指定小売人の手を経た製造たばこであつてもたばこ専売法第九二条第二項に違反する」と云うに過ぎない。

従つて国家の財政収入が満足したにかかわらずなお製造たばこの没収追徴をすることが妥当であるか否かゞ問題なのである。

刑法第一九条に「左に記載シタルモノハ之ヲ没収スルコトヲ得、一、犯罪行為ヲ組成シタル物二、犯罪行為ニ供シ又ハ供セントシタル物三、犯罪行為ヨリ生シ又ハ之ニ因り得タル物又ハ犯罪行為ノ報酬トシテ得タル物四、前号ニ記載シタル物ノ対価トシテ得タル物」となつておりその没収は裁判所の自由裁量に委ねられていのであるのに反し、たばこ専売法第七条によると必要没収、必要追徴を規定しているのである。

もし原判決のようにたばこ専売法が国家の財政収入を確保する以外に之と並んで諸種の監督統制とかが有力な目的だと云うなら刑法第一九条の任意没収と同一の取扱いにして然るべきであるのにたばこ専売法に於いては必要没収等の規定を設けたことは全く権衡を失するものといわねばならない。

原判決挙示の所謂諸種の監督統制とは全く国家が財政収入確保の目的実現の手段に過ぎぬものである。

原判決も認めるが如く公社又は指定小売人の手を経て売捌かれた製造たばこは既に国家が財政収入を確保済のものである。

公社又は指定小売人の手を経て売捌かれた煙草を公社又は指定小売人以外の者が反覆継続して之を販売した場合においては何が侵害されると云うのであろうか、信用性を侵害すると云うならそれを本刑で処罰すればよいのであつて必要没収、必要追徴と云う附加刑を科することは全く前記刑法第一九条と比較して過重な刑罰を料することとなる。

即ち国家は被告人の犯罪に籍行して財政収入の二重取りを敢て犯かすことゝなる。

二重取の非なることは国家と雖も許されるものではない。

以上の如くであるから公社又は指定小売人の手を経て売捌かれた製造たばこについては必要没収、必要追徴の規定の適用がないと解すべきに拘らず原判決はその適用ありとして被告人に附加刑を科したのは憲法第三一条の違反である。

第二点原判決は憲法第二九条又は第一〇条に違反する。

原判決によると、

「公社又は指定小売人が製造たばこを売捌いて既に国家の財政収入を確保した後の製造たばこばあつても公社又は指定小売人でない者が之を売捌くときはそのたばこを没収する外追徴をもしなければならぬのだ」との趣旨の法解釈をされたのであるが、附加刑なるものは犯人に犯罪によつて取得した利益を保持させない趣旨から定められた制度である。

しかるに原判決の解釈を仮りに是認するとせば国家が所期の財政収入を確保しておき乍ら更に同額の財政収入を得ることゝなる。例えばピース百個を公社又は指定小売人が金四、〇〇〇円で売捌いて所期の国家財政を満足させておき乍らそのピース百個を買入れた公社又は指定小売人でない甲が乙に金三、〇〇〇円で販売した場合右甲に金四、〇〇〇円の追徴をするのであるから国家はピース百個につき金八、〇〇〇円の財政収入を得ることゝなる。

国家の財政収入でも二重取りをしてよいとの法則はない筈である。憲法第二九条にも財産権はこれを侵かしてはならない、私用財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができるとあつて財産権の不可侵性は国民の基本的権利でもある。

国が所期の財政収入を確保しておきながら更にその財政収入と同額の金員を一定の事犯につき何らの補償なくして徴収することは国民の基本的人権たる財産権を不当に侵犯することゝなる。

以上の理由により原判決は破毀せられるを相当とする。

以上

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