最高裁判所第一小法廷 昭和36年(あ)2939号 決定 1962年11月15日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人石丸勘三郎、同石丸九郎の上告趣意第一点第二点は違憲をいうが、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、同第三点は事実誤認単なる法令違反、量刑不当の主張を出でないものであって以上いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない(なお、原判決が約束手形を外国為替及び外国貿易管理法六条一項七号にいわゆる「支払手段」の中に包含すべきものとした解釈及び同法二条二項一号にいわゆる非居住者云々の支払とは非居住者の支払にのみ限定すべき趣旨であるとした解釈は、すべて、正当として是認する)、また記録を調べても本件につき同四一一条一号ないし三号を適用すべきものとは認められない。
よって、同四一四条、三八六条一項三号により、裁判官斎藤朔郎の補足意見ある外裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
裁判官斎藤朔郎の補足意見は次のとおりである。
原判決が約束手形を外国為替及び外国貿易管理法(以下、単に法という。)六条一項七号にいわゆる「支払手段」の中に包含すべきものとした解釈を、正当として是認することには、私は賛同できない。
原判決は、先ず『いわゆる「支払指図」とは、指図人が被指図人に対して、金銭を第三者である受取人に支払うべきことを指図することをいうものと解すべきところ、約束手形は、為替手形におけると同様に、手形要件として「支払を受け又は之を受くる者を指図する者の名称」を記載すべきものとされているばかりでなく(手形法第一条第六号及び同法第七五条第五号参照)、』と判示している。右判示の支払指図の定義そのものは誤っていないが、「支払を受け又は之を受くる者を指図する者の名称」の記載をもって支払指図にあたると解している点は全く誤解である。それは指図文句であって、支払指図ではない。支払指図は「……へこの為替手形と引換えにお支払い下さい」という記載がこれにあたる。かような支払指図は約束手形になく、約束手形にあるものは「……へこの約束手形と引換えにお支払い致します」という支払約束文句である。
次ぎに、原判決は『約束手形は、為替手形と同様、いわゆる指図証券であることが明らかであり、従っていわゆる支払指図に当るものと解すべきであるから、約束手形は外国為替及び外国貿易管理法第六条第一項第七号にいわゆる「支払手段」に当るものというべきである(東京高等裁判所昭和三五年(う)第一九一七号、同年一二月二一日同裁判所第九刑事部判決、高等裁判所判例集第一三巻第六八六頁以下参照)』と判示している。約束手形が指図証券であることは問題がない。しかし、前述のように、約束手形には支払指図はない。しかるに、法六条一項七号は、「支払手段」を定義して、同号に列記せられているもの以外は、支払指図たる支払手段をいうとしているのであるから、約束手形はそれに包含せられない。このことは同号の列記中に「小切手、為替手形」をあげて、約束手形をことさら除外していることからも明白であろう。要するに、原判決は「指図文句」(Orderklausel)と「支払指図」(Zahlungsanweisung)とを混同した誤解にもとずくものである。この点に関する手形法の理解は、第一審判決の判示の方が正しい。しかし、法二七条一項二号、三号の禁止している支払は、いわゆる支払手段による支払に限定せられてはおらず、それ以外の方法による支払をも包含する趣旨と解すべきであるから、原判決の結論を結局において支持することには、私も反対でない。
(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七 裁判官 斎藤朔郎)