大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)953号 判決 1963年12月05日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小松正次郎の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が本願商標の構成部分から「宝塚」なる文字の部分だけを抽出し、これと引用商標「宝塚」とを対照して、本願商標は右引用商標と称呼、観念において類似すると判断したのは、商標類否判定の法則、実験則に違背するものである、という。

商標はその構成部分全体によつて他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、みだりに、商標構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定するがごときことが許されないのは、正に、所論のとおりである。しかし、簡易、迅速をたつとぶ取引の実際においては、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必ずしもその構成部分全体の名称によつて称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによつて簡略に称呼、観念され、一個の商標から二個以上の称呼、観念の生ずることがあるのは、経験則の教えるところである(昭和三六年六月二三日第二小法廷判決、民集一五巻六号一六八九頁参照)。しかしてこの場合、一つの称呼、観念が他人の商標の称呼、観念と同一または類似であるとはいえないとしても、他の称呼、観念が他人の商標のそれと類似するときは、両商標はなお類似するものと解するのが相当である。

いま本件についてこれをみるのに、本願商標は、第四類石鹸を指定商品とするものであるが、古代ギリシヤで用いられていたというリラと称する抱琴の図形と「宝塚」なる文字との結合からなり、しかも、これに「リラタカラズカ」、「LYRATAKARAZUKA」の文字が添記されているのである。従つて、この商標よりリラ宝塚印なる称呼、観念の生ずることは明らかであり、上告人会社の本願商標作成の企図もここにあつたものと推認するのに十分である。しかし、原判決の確定した事実によれば、右図形が古代ギリシヤの抱琴でリラという名称を有するものであることは、本願商標の指定商品たる石鹸の取引に関係する一般人の間に広く知れわたつているわけではなく、これに対し、宝塚はそれ自体明確な意味をもち、一般人に親しみ深いものであり、しかも、右「宝塚」なる文字は本願商標のほぼ中央部に普通の活字で極めて読みとり易く表示され、独立して看る者の注意をひくように構成されている、というのである。されば、かかる事実関係の下において、原判決が右リラの図形と「宝塚」なる文字とはそれらを分離して観察することが取引上自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではないから、本願商標よりはリラ宝塚印の称呼、観念のほかに、単に宝塚印なる称呼、観念も生ずることが少なくないと認めて、ひとしくその指定商品を第四類石鹸とする引用商標たる「宝塚」と称呼、観念において類似すると判断したことは、正当であつて、所論の違法はない。なお、所論引用の判例は、事案を異にする本件には適切でない。

それ故、論旨は、理由がなく、採用することができない。

同第二点について。

論旨は、要するに、原判決の前叙認定には裁判上の自白を無視してこれと異なる事実認定をなし、経験則および判例に違反し、旧商標法(大正一〇年法律九九号)二条一項九号の解釈を誤つた違法がある、という。

しかし、記録によれば、本願商標中リラの図形が宝塚歌劇の紋章として永年使用されてきたものであることおよび宝塚歌劇が上告人会社の経営にかかるものであることが、一般に知られているとの点は、被上告人において否認していることが明らかであるから、リラの図形が音楽を表徴するものとして一般によく知られ、且つ親しみ深いものであるということが当事者間に争いのない事実であるからといつて、原判決が所論のごとく「リラの図形と宝塚とが必然的に観念として結びついたものと認められない」と認定したことは、裁判上の自白を無視したことにはならない。また、所論の書証は、本願商標以外の商標の登録出願についてなされた判決および審決の各謄本であるから、原判決が本願商標と前記引用商標との類否を判定するにあたり、これら書証の記載内容を判断の資料に供しなかつたからといつて、所論引用の判例に違反するものとなし得ない。その他の論旨も、原判決と異なる独自の見解に立脚して所論の違法をいうに過ぎないものである。

されば、原判決には所論の違法はなく、論旨は、すべて理由なきに帰し、排斥を免かれない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤朔郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例