最高裁判所第一小法廷 昭和39年(オ)1216号 判決 1965年4月22日
株式会社梶塚商店破産管財人
上告人
田中徳一
被上告人
株式会社三井銀行
右代表者
佐藤喜一郎
右代理人
毛受信雄
各務勇
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由第一点について。
所論は乙第三号証の約定は、無効の手形を有効として認めようとするものであり、強行法規に違反し、公序良俗に反するのに、これを有効とした原判決には法令違背があるという。しかし原審は所論の約定を「手形が万一手形要件を欠き、従つて被上告銀行として手形上の権利を主張し得ない場合は、所論破産会社において当該手形金額及び利息に相当する金額の支払の責任を負担する」趣旨であると認定したのであつて、所論のように右約定を以て無効な手形を有効とする契約と認定しているのではない。しかして、右認定は挙示の証拠によつて肯認し得るところであり、かかる認定の事実関係の下において、右約定が契約自由の原則上有効であるとした原審の判断は正当である。それ故論旨は採用し得ない。
同第二点について。
所論の約定が本件相殺の当時有効に存在していた旨の原審の事実認定は挙示の証拠によつて肯認し得るところである。所論は畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用し得ない。
同第三点について。
所論は前記約定が時効により失効した旨の上告人の主張を排斥した原審の判断を非難するけれども、消滅時効により権利は消滅することがあるにせよ、約定すなわち契約自体が時効により消滅することはあり得ないから、上告人の右主張を排斥した原審の判断は正当である。論旨は独自の見解に立つものであつて、採用に値しない。
同第四点について。
所論は原審が本件相殺につき破産法七二条各号に該当するか否かを判断しないで、直ちに否認権の行使を排斥したのは違法であるという。
しかしながら、破産法が否認権と別個に相殺権を規定し、破産手続によらないでこれを行使することを許容したのは、破産開始前、既に相殺が許されている場合は、破産宣告があつても、破産債権者は何等これによつて妨げられることなく、当然の権利として相殺をなし得るものと認めたによる。けだし、破産債権者は自己の関与せざる相手方の破産という事実によつて、本来有する相殺権が影響を受くべき理由はないからである。ただこの権利が破産に際して濫用される弊害を慮つて、破産法一〇四条は例外的に制限を規定したに止るのである。従つて、破産債権者の相殺権の行使は、右法条の制限に服するのみであつて、同法七二条各号の否認権の対象となることはないものと解すべきである。それ故これと同趣旨の原判決は正当であり、論旨は採用に値しない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠)