最高裁判所第一小法廷 昭和39年(行ツ)16号 判決 1964年12月10日
上告人
大阪府選挙管理委員会
右代表者委員長
戸田常蔵
右訴訟代理人
萩原博司
同
坂東宏
被上告人
和久順
ほか三五名
右三六名訴訟代理人
同
堀川嘉夫
同
上原洋充
同
下飯坂潤夫
同
斎藤悠輔
主文
原判決を破棄する。
被上告人らの請求を棄却する。
訴訟費用は原審当審ともに被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人萩原博司の上告理由その一および坂東宏の上告理由第一点の(一)、(二)について。
論旨は、原判決が本件市議会議員選挙において公職選挙法一七三条、一七四条(昭和三七年法律第一一二号による改正前)の規定による候補者の氏名又び党派別掲示に候補者辻垣内吉男の所属党派自由民主党を無所属と誤記して掲示した事実をもつて、同法二〇五条一項にいう選挙の規定違反と認めながら、しかもこれを選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合にあたらないと判断したのは、同項の解釈を誤り、当裁判所の裁判例の趣旨に副わないものがあるというにある。
原判決の本件掲示の誤記をもつて選挙の結果に異動を及ぼす虞のないものとした判断は、要するに現在の市町村における首長および議会議員の選挙は、国会議員の選挙に比していまだいわゆる政党化は浸透せず、選挙民にはむしろ候補者が一党一派に偏するのを好まない傾向すらあり、本件選挙においても、辻垣内候補の所属党派自由民主党を無所属と誤つて掲示されたことは、投票獲得のみの見地からすれば、右辻垣内候補に対して不利益に作用したものとは必らずしも無条件に推定しがたく、特段の事情のないかぎり、むしろ反対に利益を及ぼしたとも考えられぬことはなく、本件誤記によつて同人の落選をきたす原因となる投票数の減少があつたことは直ちに推測できず、その間に相当因果関係は軽々には成立しないとの推定を前提とするものであり、かつこれに加えて、この候補者氏名等の掲示制度の選挙人に与える効果は、現在すでに無力化し、仮にその掲示の一部に誤記があるとしても、それが敏感に反映して選挙の結果を左右するものとは到底認めがたく、かかる影響の稀薄化の傾向は、本件違法の影響の判断についても考慮すべきものとしたのである。
しかしながら、もともと選挙において、個々の選挙人の候補者の選択、投票意思の決定がいかなる要因によつて行なわれるかは、各人各様であつて、仮に市町村の公職の選挙が国会議員選挙の場合に比していわゆる政党化はいまだよく浸透していないとしても、市町村における公職の選挙の候補者についても、その所属政党を重視する選挙人のあることは否定しえず、しかも本件のような掲示の党派別に誤記のある場合に、それによつて投票意思の決定に影響を被つた選挙人がどれだけあつたか、そのうちに掲示の誤記を信じて誤記された候補者に投票した選挙人とその候補者に投票を避けた選挙人がそれぞれどれだけあつたかは、すべてその実数を把握しうるものではないのである。のみならず本件において掲示の誤記に基づく辻垣内候補の得票の増加は、他の候補者のうちの何びとかの得票の減少を、また誤記に基づく辻垣内候補の得票の減少は、他の候補者のうちの何びとかの得票の増加を示すものといえるのであるから、仮に誤記による右辻垣内候補の得票数の減少がその増加数に及ばないとしても、右誤記のために他の候補者中の何びとかの得票数の増減を生じ、当落に影響を及ぼす虞の存することは、当然併せて考えなければならないところである。ことに、原判決によれば、本件選挙における当落得票差は僅か三票にすぎず、本件誤記の違法が当落に異動を及ぼす可能性も濃厚なものが推測される。しかるに、原判決はこの点に思いを致さず、相当因果関係なる観念を使用し、この面における影響を辻垣内候補の落選の反射作用として抽象的に考えられるにとどまるものとして、これを考慮せず、掲示の誤記の辻垣内候補の当落に及ぼす関係のみを判断すれば足りるものとし、右違法が選挙の結果を左右するものとは認められないとしたことは、公職選挙法二〇五条一項の解釈を誤つた違法あることを免れない(昭和二九年九月二四日第二小法廷判決、民集八巻九号一六七八頁参照)。また候補者氏名等の掲示制度の選挙人に与える効果の無力化の傾向を論ずることによつて、その掲示誤記の違法が選挙の結果に異動を及ぼす虞はないとする議論も容認しがたい。何となれば、参議院全国選出議員選挙以外の選挙については候補者氏名および党派別の掲示を要しないとする現行法の改正は、本件選挙後に施行されたものであつて、その掲示を要することを規定した旧法のもとに行われた本件選挙における掲示規定違反の違法が選挙の結果に異動を生ずるものであるか否かの問題に、なんらかかわりのないものであるからである。要するに、本件選挙の無効を認めた上告人の裁決は正当であつて、論旨は理由があり、原判決は破棄せらるべきものといわなければならない。
上告代理人萩原博の上告理由その二および同坂東宏の上告理由第一点の(二)について。
論旨は本件選挙において候補者氏名および党派別掲示に所属党派を誤記された候補者辻垣内吉男の死亡をもつて、本件選挙の効力に関する争訟の利益の消滅事由と認め、これを上告人の裁決の取消しの理由としたことは、公職選挙法二〇五条一項の解釈適用を誤つたものというにある。
原判決の右の判断は、本件選挙における掲示の誤記は、誤記された辻垣内候補の当落にのみ影響し、同人の個人的利益を害したにとどまり、他の候補者ことに当選者には具体的な関係をもつものではなく、結局本件選挙を無効とするのは、辻垣内候補の利益の主たる目的とするものと理解し、従つて、本件訴訟の係属中における同人の死亡は、選挙を無効とする実質的な理由ないし必要をほとんど全部消滅させるものと判断したのによるものである。
しかし、本件掲示の誤記の影響の及ぶところを辻垣内候補の当落にのみ限定しうるものとした判断の失当なことは、さきに説示したとおりであるのみならず、選挙争訟はいわゆる民衆争訟に属し、自由公正を欠く違法な選挙の結果を排除する公益上の要請から認められた制度であつて、候補者や特定の選挙人の権利利益の保護救済を直接その目的とするものでないことは多言を要しないところである。従つて、本件選挙の違法が、選挙の結果に異動を及ぼす虞の認められる以上、選挙は無効とせらるべく、訴訟の係属中に辻垣内候補の死亡があつたとしても、すでになされた裁決にも、本件訴訟の利益にも、なんら影響するところはないのであつて、同人の死亡によつて実質的に争訟の利益が失われるものと解した原判決の判断は、到底容認しがたく、論旨はこの点についても理由のあるものといわなければならない。
よつて、本件上告のその余の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、上告人の裁決は正当と認めることができるから、民訴四〇八条一号によつて破棄自判するべきものとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条、九三条を適用し、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官長部謹吾 裁判官入江俊郎 松田二郎)