最高裁判所第一小法廷 昭和39年(行ツ)43号 判決 1967年9月28日
大阪市東住吉区田辺東の町四丁目二六番地
上告人
高野宇三郎
大阪市東住吉区田辺東の町五丁目一四番地
被上告人
東住吉税務署長
渡辺辰治郎
右当事者間の大阪高等裁判所昭和三八年(ネ)第一〇六七号所得税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和三九年二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人高野宇三郎の上告理由について。
憲法二四条は、男女両性は本質的に平等であるから、夫と妻との間に、夫たり妻たるの故をもつて権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたものであつて、結局、継続的な夫婦関係を全体として観察した上で、婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨の規定と解すべく、個々具体の法律関係において、常に必らず同一の権利を有すべきものであるというまでの要請を包含するものではない。このことは、すでに当裁判所昭和三四年(オ)第一一九三号、同三六年九月六日言渡の大法廷判決(民集一五巻八号二〇四七頁)の判示するところであり、右判示に徴すれば、婚姻中の毎年度の所得課税について、夫婦の一方の所得を夫婦間に分割し、夫婦別々に課税するのでなければ、右憲法の規定に違反するとまではいえない。
論旨は、事業所得並びに給与所得につき妻の所得部分を全く認めない本件更正処分を正当とした原判決は、所得税法が依拠する民法七六二条一項の解釈を誤つものと非難するが、右民法の規定は、いわゆる夫婦別産主義を採用するものであり、それが憲法二四条の趣旨に違反するものとは認めがたく、従つてまた所得税法は夫婦の所得計算につき右民法の規定に依拠しているものであるとしても、右所得税法を違憲といえないことは、前示大法廷判決の趣旨に徴して明らかであり、これと見解を同じうする原判決の判断に所論の違法は認めがたい。論旨は、採用することはできない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)
○昭和三九年(行ツ)第四三号
上告人 高野宇三郎
被上告人 東住吉税務署長
上告人の上告理由
憲法第二四条、婚姻は両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本して相互の協力により維持されなければならない。
<2>配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない。
民法第七六二条第一項、夫婦の一方が婚姻前から有する財産、及び、婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とする。
本件は原告準備書面に見られるように、被上告人は最高裁判所昭和三四年(オ)第一一九三号昭和三六年九月六日判決(以下これを最高判決という)を同旨として応訴されたが、最高判決を以て答えられることは不適当だと上告人は主張したが、原審では右最高判決を支持し上告人の主張が斥けられたので、それが不服で上告したわけである。次にそのわけを、
それで本件問題点は訴状二頁原告及び其の妻の昭和三六年分の所得申告と、これに対する所轄税務署の更正決定の現実と、何れか憲法第二四条に即応するかである。
先づ夫婦、夫と妻、夫婦財産及びその処分についてであるが、憲法第二四条第一項によると婚姻とか夫婦とかは、両性の協力関係だと示されている。その夫婦は互に同意した両性一人づつで、ともに白髪になるまで変りませぬ変らぬようにと真心と願いをこめて誓いあつた人倫関係として特定の関係であるが、その関係に入つた以上両性とも吾儘や放縦は謹しむべきで、まことに融通のきかぬ協力体である。このように夫婦は個人でなく、きびしい制約下の特定の異性ただ二人だけの、三人以上は許されぬ協力体であることにその特殊性がある。
それで夫も妻もその誓い実践にいそしむ夫婦一の協力体員で、夫婦を離れては夫でも又妻でもなく、タダの男、タダの女として一般の個人である。それゆえ妻といえば夫あり夫婦厳存するし、夫婦在れば夫あり妻もある。夫又妻というも一体の夫婦からいえば、その表裏をいうものである。
その夫婦が夫婦自己の生命幸福のために一つ心になつて働く。その成果が夫婦のものなること当然で、夫婦財産とはこれをいう。
この夫婦において、夫と妻とはこの未分の一つの(註一)夫婦財産そのままで生を楽しみ、そうして夫婦はその生命を豊かに、堅固に維持出来るのである。
ところが所得税法では個人の所得に課税することからして、この未分の一の夫婦所得を、夫と妻とが相談の上、大体等分して前記申告したわけである。
ここに述べた夫婦、夫と妻、夫婦財産及びその処分等は、訴状四頁九行目(イ)以下に記したことで、それが憲法第二四条第一項に相即すると思う。そうしてこれが上告人主張の根拠をなし、又前記申告の拠るところである。
ところが、この夫婦財産全部そのまま夫のものだ妻の所得一円も認めぬとて、外部から強制するのが前記更正決定で、その根拠は民法第七六二条第一項だということである。これについて最高判決文理由に民法の同条は、「夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とすると定められ、この規定は夫と妻の双方に平等に適用される……」とある。
ここで(註二)同条の性格を考えて見ると、同条は、民法第四編親族の第二章婚姻の第三節夫婦財産制第二款法定財産制三ケ条の最後の条文であることから推して、夫婦財産の規定で、個人財産の規定でなく又夫婦財産処分の規定でもないと思う。
この最高判決文の理由によると、殊更らに「夫婦の一方が」を付加え「この規定は夫と妻の双方に」と対応せしめ、妻又は夫を弧立的に考え、そうして夫婦の得た財産を、個人のものだとし、夫と妻との協力も、その成果夫婦財産も認められぬ。即ち夫婦の協力を無視し、その成果夫婦財産を不問に付する。そのような人々を夫又は妻といえるだろうか。又そこに夫婦あるだろうか。相互の協力なくては夫婦の維持できぬと憲法第二四条第一項に明記されているのに。
従つてここに引用の最高判決によると、民法の同条項は夫婦財産の規定でなく、アカの他人寄合世帯の各個人の財産規定としか見えぬ。被上告人の前記更正決定は民法同条項の憲法違背の確証であり、又最高判決理由前段に示される憲法第二四条の法意にも反すると思われる。
尚民法第七六二条第一項にいう「婚姻中の自己の名」については、訴状五頁二行目……六行目及び原告準備書面(昭和三八年四月二十日)四頁二行目以下十四行目迄に拙文だが上告人の私見を記した。
最高判決文に相続、扶養請求、財産分与請求等諸権利を書かれているが、本件の夫婦財産及びその処分のことはより前提的で且根本的なことで、それらは寧ろ第二義的なことと思われる。
以上が原告準備書面(第一回)に「被告の答弁は適当でない」というたわけであり、且上告人の申立を否認された原審判決不服の経緯の概要で、猶又上告理由である。 以上
註 夫婦財産の本質については、前記(二頁七行目)の外に、昭和三八年十月七日控訴理由書三頁一一行目より一四行目参照。
<二> 民法第七六二条第一項の性格については、前記(二頁一六行目)の外に原告準備書面三頁の五、六、七行を参照。