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最高裁判所第一小法廷 昭和39年(行ツ)62号 判決 1968年4月04日

上告人

株式会社

エビハラ造花製作所

右代理人弁理士

秋本正実

右代理人弁護士

木内茂

被上告人

丸二セルロイド株式会社

右代理人弁護士

内田護文

右代理人弁理士

田中博次

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人秋本正実の上告理由第三点について。

論旨は、原判決が、甲第二号証を、審判手続に提出されていなかつたことを理由として、その成立を否定したのを違法というが、その趣旨は、原判決が原審において同号証を引用主張して審決の取消の理由とすることは許されない旨を判示したのを、失当とするにあるものと認められる。

おもうに、実用新案登録無効審判の審決に対して提起する実用新案法四七条の訴は、行政処分としての審決を違法として取消を求める訴にほかならない。もつとも、登録無効審判は、法が登録無効事由として掲げる特定の法条違反の有無についての争いを判定するのであるから、その審決の取消訴訟においても、係争の法条違反とは別個の登録無効事由を主張して争い得ない制約の存することは考えられる。しかし、係争の登録無効事由の存否についての審決の認定判断が、訴訟の結果判明したところによつて維持しがたいと認められるときは、その審決は違法のものとして取り消さるべく、このことは、一般の行政処分の取消訴訟において、処分要件を欠くことの判明した処分が違法として取り消されるのと異なるところはない。これを、とくに審判において顕出された事項で審決において認定判断されたものについての過誤のみが、右審決の取消の原因となるものと解すべき理由はないのでおる。されば、右の訴訟においては、その特定の登録無効事由の存否についての争点に関し、攻撃防禦の方法として、審判に提出されなかつた新たな主張立証を許されないものではなく、原判示のように、その審理の範囲を、審決が結論の基礎とした特定事項の判断またはその判断の過程に違法があるか否かの点に限定するのは、相当でない(最高裁判所昭和三三年(オ)第五六七号、同三五年一二月二〇日第三小法廷判決、民集一四巻一四号三一〇三頁参照)。

これを本件についてみるに、原審決は、被上告人の本件実用新案の考案要旨中とくに重要な構成要件に相当するものは、上告人提出の甲第一号証および同第三号証(いずれも訴訟における書証番号による)の実用新案公報にも記載されておらず、かつ、これらに記載されているものを単に寄せ集めても容易に得られるものではなく、これら公知刊行物の記載によつても、これを旧実用新案法一条の考案を構成しないものとすることはできない旨を判断して、上告人の請求を成り立たないとし、上告人は、原審において、前記書証のほか新たに公知刊行物と認め得べき甲第二号証明細書を提出し、本件実用新案は、これら刊行物に容易に実施し得べき程度に記載されたものまたはこれに類似するもの、あるいは甲第一号証、同第三号証の記載から、または甲第一号証、同第二号証の記載から、当業者が容易に推考実施し得べき程度のもので、旧実用新案法一条の登録要件を具備しない旨を主張したことは明らかである。このように本件においては、旧実用新案法一六条一項一号所定の登録無効事由としての同法一条違反の有無が審判手続以来争われているのであるから、原審に至つてこの点につき攻撃防禦の方法として新たな主張立証を追加することの妨げないことは、前叙のとおりといわなければならない。してみれば、上告人が甲第二号証を引用主張して審決の取消の理由とすることは許されないものとした原判示は、肯認しがたく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

されば、上告理由中その他の点に関する判断を省略し、事件についてさらに審理をつくさせるために、民訴法四〇七条一項により、原判決を破棄し本件を原審に差し戻すこととし、裁判官松田二郎の反対意見を除き裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎の反対意見は次のとおりである。

その理由は二点に帰する。

(一)(1)  旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)三条は「本法ニ於テ実用新案ノ新規ト称スルハ実用新案カ左ノ各号ノ一ニ該当スルコトナキヲ謂フ」とし、その一号は「登録出願前国内ニ於テ公然知ラレ若ハ公然用ヰラレタルモノ又ハ之ニ類似スルモノ」と規定し、その二号は「登録出願前国内ニ頒布セラレタル刊行物ニ容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ又ハ之ニ類似スルモノ」と規定している。そして、もし実用新案登録がこの規定に違反してなされたときは、新規性を欠くものとして、同法一六条、二二条により、これを無効にすることについて審判を請求することができたのであるが、前記二号に違反する実用新案登録の無効審判の請求は、同号にいう「刊行物」を特定してなすべきものであつたと解される。もし、同号の刊行物の意義を特定しないで広く一般の刊行物と解するときは、同号による無効審判と一号による無効審判との区別が明らかでなくなるであろう。そればかりでなく、実用新案登録無効の請求が一旦創設された実用新案に関する権利の剥奪を目的とするものであるからには、その審判手続において、特定の刊行物に記載されたものと対比して具体的にその新規性の有無を決定することを要すると考えられるのである。すなわち、前記法条二号の刊行物を根拠とする無効事由は刊行物の記載ごとに個別化され、それぞれ別個独立のものと解される。

(2)  右のごとく特許庁は前記二号違反を根拠として実用新案登録の無効なるか否かを具体的に特定の刊行物の記載との関係において審判すべきものであるが、問題となるのは、その審決に不服であるとして東京高等裁判所に提起した訴訟における審理の範囲である。この場合二つの考え方があり得る。一はその審理の範囲は審決の対象に限られるべきものとし、他はかかる対象に限られないとするものである。しかし、およそ特許庁における審判手続は専門的・技術的分野において学識経験ある者をして審査せしめるものである以上、その審決取消の訴訟においては、通常の訴訟の控訴審におけるごとく新たな請求原因の主張を許すべきでないと解される。もし、これを許すときは、特許庁という特殊の機関を設けた趣旨が没却されるばかりでなく、特許等の無体財産権についての専門的・技術的素養について必ずしも十分ならざる裁判官の負担を徒に増大せしめるからである。このように考えるとき、当事者はその訴訟において新たに他の刊行物を根拠とする登録無効の主張をなすべきでなく、裁判所はかかる主張について審理し得ないのは当然というべきであろう。

今本件についてみるに、原審の確定したところによれば、被上告会社は昭和三〇年一二月一三日登録出願、昭和三三年六月一二日登録にかかる第四七八、〇五三号実用新案「合成樹脂製造花」(以下本件実用新案という)の権利者であるが、上告会社は昭和三四年八月一日特許庁に対し本件実用新案が昭和一四年実用新案出願公告第七一七一号公報(以下甲公報という)並びに昭和二六年実用新案出願公告第九五八四号公報(以下乙公報という)に容易に実施することを得べき程度において記載されたもの又はこれに類似するものに該当するとしてその登録無効を請求したところ、特許庁は昭和三五年一〇月一四日その請求は成り立たない旨の審決をしたので、上告会社は被上告会社を被告として、その審決取消の訴訟を東京高等裁判所に提起したというのである。そうだとしたならば、前段で述べたところによつて明らかであるように、裁判所は本件実用新案登録の無効なるか否かを右甲公報及び乙公報の記載との関係においてのみ判断すべきは当然であるというべく、従つて東京高等裁判所が同法廷で上告会社のした新しい争点の主張すなわち、本件実用新案登録が仏国特許第一、〇九二、七一八号明細書(これは本件実用新案の出願前たる昭和三〇年八月一日特許庁資料館に受入れられ、爾来一般の閲覧に供されていたものとされる)の関係においても無効であるとの主張を排斥したのは正当である。けだし、その事実は訴訟において新たに主張されたものであり、審判手続においては全く審理の対象となつていなかつたものであるからである。

しかるに、この点に関し多数意見はいう。「特定の登録無効事由の存否についての争点に関し攻撃防禦の方法として審判に提出されなかつた新たな主張立証を許されないものではなく……その審理の範囲を審決が結論の基礎とした特定事項の判断またはその判断の過程に違法があるか否かの点に限定するのは相当でない」と。そしてこの見地に立脚して原判決を破棄すべしと主張する。しかし、多数意見を仔細に検討するにそのいう「特定の登録無効事由」の意味するところは必ずしも明らかでなく、漠然たるを免れないが、本件の事案に即してみるとき、多数意見は、前記法条の同号の無効事由たる限り、たとえその根拠とする刊行物を異にしても、それを一括して「特定の登録無効事由」と考えているものと解する外はない。私は到底そのような見解に賛成し得ない。そして、もし多数意見の見解に従うならば、東京高等裁判所における訴訟において当該実用新案の登録出願前に頒布されていた他の刊行物を根拠として登録無効の主張を新たになし得たのにかかわらず、これを行わないで敗訴した者は、爾後一切の刊行物を根拠とする登録無効の主張をもはやこれをなし得なくなるのであろう。その不当なことはいわずして明らかであろう。

(3)  なお、多数意見は、昭和三五年一二月二〇日言渡の当裁判所第三小法廷の判決(昭和三三年(オ)第五六七号、民集一四巻一四号三一〇三頁)をその根拠として援用している。しかし、この判決は、「審判における争点について審判に際し主張しなかつた新たな事実を主張することができる」というのであつて、すなわち新たな事実の主張の許容されるのは「審判における争点」についてであり、本件についていえば審判における争点は甲公報及び乙公報上の刊行物との関係についてだけである。要するに、多数意見は、審判における「争点以外の点」について新たな主張を許容するものであつて、換言すれば、一見前記の判例を踏襲するごとくであつて、しかも実質上この判例の許容する範囲を遙かに超えたものであると思われる。

(二)  既に右(一)で一言したごとく、特許庁の審判は専門的・技術的分野における学識経験者によつてなされる特殊の手続である。このことからその審決による事実認定をば裁判所が重んずべきことは当然であると考えられる。問題となるのは、いかなる程度において裁判所がこれを重んずべきかである。思うに審決に対する取消の訴訟において、裁判所は審決における法適用の適否のみならず、その事実認定についても判断するものである以上、裁判所は単に形式上から見て審決の事実認定を支持するに足る証拠の存在することを以て甘んずべきではないというべきである。しかし、審決の理由で示された証拠と事実認定とを照合して審決の事実認定をもつて合理的基礎たり得る証拠に基づくものと認め、審決の心証形式について疑問を懐かない限り、裁判所は審決の認定を肯定すべきであると考える。そしてこのような場合、裁判所は新たな証拠調をする必要はないのである。

しかるに、この点に関し、多数意見は、訴訟において審判手続に提出しなかつた新たな証拠を提出し得るものと主張し、そのいうところは東京高等裁判所が新たな立証を許さないのは違法であるとさえいうがごとくである。私はこの点についても多数意見に対し疑なきを得ない。

今叙上の点に立つて本件を見るに、上告人が原審の訴訟において新たに提出しようとした証拠が審判手続で審理の対象となつていない刊行物――訴訟において新たな刊行物を根拠とする主張の許すべからざることは既に述べたとおりである――についてのものであつたならば、原審がその提出を許さなかつたのは固より正当である。また、もし、その証拠が甲公報及び乙公報の刊行物に基づく主張にも関するところがあつたとしても、原判決によれば、原審は審理の結果、審決の事実認定――甲公報及び乙公報を根拠とする無効審判についてのもの――をば審決の基礎となつていた証拠と照合した上、これを是認したものと認むることができる。要するに、原審は審決の事実認定についての心証形成を是認しているものといえるのである。そうだとすれば、原審が上告人の申請した新たな証拠を採用せず、これを取調べなかつたことは何等違法ではないのである。

要するに、原判決には多数意見の主張するごとき違法を見ないのである。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)(岩田誠は病気につき署名押印できない)

上告代理人秋本正実の上告理由

第一点 原判決には、経験則に違反し、証拠の解釈を誤まり、採証の法則に違反した違法がある。

一、旧実用新案法第三条第二号に所謂「容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ」とは、必ずしも普通一般人の知識に基づいて容易に理解し実施し得る如く記載されていることを指すのではなく、いやしくも当業者又は当該技術者がその業務上の知識経験に基づいて容易に実施し得る程度に記載されていれば本法条に該当するものであること、疑問の余地がない程の定説である。(添附昭和二年(オ)第二〇〇号、昭和二年六月二十九日判決参照)

原判決には、原告(上告人)があげた本件実用新案の無効理由のうち、

本件実用新案は、甲第一号証に容易に実施し得べき程度において記載されたもの又はこれに類似するから、旧実用新案法第三条二号に該当する

の主張に対し、前掲の判例その他の経験則に違反し、証拠の解釈を誤つた点において違法がある。

なおその細詳な理由は追而補充する。

二、旧実用新案法第一条に所定の「新規ノ考案」とは、同法第三条各号に該当せざること勿論であるが、それだけでは足らず、第三条各号により公知の技術の単なる寄せ集め、又は単なる転用、或いは単なる材料転換など、所謂「当事者が格別考案力を要することなく実施し得べき程度のもの」は「新規ノ考案」に該当せず、実用新案登録の要件を欠くもので、このことも亦疑問の余地がない程の定説である(添附昭和三十二年(行ナ)六六号、昭和三十四年三月三日東京高裁民事六部判決、昭和三〇年(行ナ)三六号、昭和三十一年六月十九日東京高裁判決、昭和七年(オ)三一三八号昭和八年六月三〇日判決、昭和七年(オ)一九九七号昭和八年四月十三日判決、昭和二年(オ)二〇〇号、昭和二年六月二十九日判決)

原判決には、原告(上告人)があげた無効理由のうち本件実用新案は、甲第一号証と甲第三号証とを単に寄せ集めることにより容易に実施し得る程度のもので、旧実用新案法第一条に所定の「新規ノ考案」を構成しない

の主張に対し、前掲の判例その他の経験則に違反し、証拠の解釈を誤り、採証の法則に違反した違法がある。

なおその詳細な理由は追而補充する。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな判断の遺脱ないし審理不尽の違法がある

一、原告(上告人)は、造花の素材として合成樹脂を使用することは甲第三号証により公知であり、また本件実用新案と殆んど同一構造の造花は甲第一号証により公知であり、甲第一号証の造花を甲第三号証の素材で造れば本件実用新案と同一になるから、本件実用新案は甲第一号証と甲第三号証とを単に寄せ集めるだけで何等の考案力も必要とせず、旧実用新案法第一条に所定の「新規ノ考案」を構成しないと主張した。原判決には右の主張に対する具体的理由を示すことなく、ただ漫然と

「また右両公報記載の各実用新案もしくはその両者から容易に推考実施し得る程度のものではないと認めるのが相当である」(第十九頁第十二行―十四行)

と断定しただけである。

従つて原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな判断の遺脱ないし審理不尽の違法がある。

二、原判決が本件実用新案の第一義的な作用効果と認定した事項(第十六頁の十行―十五行)は、程度の差こそはあれ甲第一号証によつても達成されるものである。

そしてこの作用効果の差は、原判決が本件実用新案の考案要旨と認定した事項(第十六頁第十六行―二十行)から招来されるのではなく、花弁と軸又は萼と軸との摩擦力の大小によつて必然的に招来されるものである。

かかる重大な点を看過した原判決には、明らかに判断の遺脱ないし審理不尽の違法がある。

なおその詳細な理由は追而補充する。

第三点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある。

一、原判決においては、甲第二号証が特許庁の審判事件に提出されていなかつたことを理由として甲第二号証の成立を否定している。

しかし乍ら、昭和二十六年(オ)第七四五号判決(昭和二十八年十月十六日判決)昭和二十七年(行ナ)第三〇号判決(昭和二十八年十一月五日判決)など、従来の判決例はいづれも原判決と全く反対の立場をとつており、本件訴訟に限り甲第二号証の成立を否定する根拠は全く見当らない。

右のように、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある。

なおその詳細な理由は追而補充する。

第四点 原判決は、理由不備、理由齟齬の違法がある。

一、原判決には、本件実用新案が萼体の下部に小筒部を具備するから甲第一号証に比較して顕著な構造上並びに作用効果の相違があると述べている。

しかし乍ら、原判決において本件実用新案の作用効果中第一義的なものと認定したのは、萼体及びその萼体の小部の小筒部の存否と無関係である。

即ち、原判決において本件実用新案の作用効果中第一義的なものとして認定した事項のうち、「花弁(2)が軸(1)の上下いづれの位置に定着するばかりでなく、軸(1)に対し花弁(2)を回転させても、即ち向きを変えても、その向きを変えた位置において確実に定着することができる」点は、前記萼の構造と全々無関係である。また花弁には萼の如き小筒部が存在しないにも拘らず前記の如き作用効果を奏するということは、とりもなおさず萼の小筒部の存在が原判決において認定した作用効果と無関係であることの証拠である。

このように、原判決が本件実用新案の第一義的な作用効果であると認定した事項と考案要旨とは全く矛盾しており、明らかに理由齟齬がある。

二、第二点の一及び二に指摘した通り理由不備、理由齟齬の違法がある。

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