最高裁判所第一小法廷 昭和40年(あ)2162号 判決 1966年6月16日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人赤阪一郎の弁護人天野一夫、同岡田善一、同佐伯千仭の上告趣意は、大阪府公衆浴場法施行条例(昭和二五年一二月二二日大阪府条例八五号)が、法律に反し無効であることを前提として違憲をいうものであるが、所論の点に関する原判決の判断は相当であり、所論大阪府条例の規定が公衆浴場法、地方自治法により認められた条例制定の範囲を超えているものとは認められない。したがつて所論大阪府条例は有効であり、所論違憲の主張は、前提を欠き適法な上告理由とならない。
被告人稲葉房蔵の弁護人西畑肇の上告趣意のうち、憲法違反をいう点について。
所論公衆浴場法二条、大阪府公衆浴場法施行条例(昭和二五年一二月二二日大阪府条例八五号)および大阪府浴場審議会規則(昭和二六年二月一九日大阪府規則一八号)が憲法二二条に違反するものでないことは、当裁判所昭和二八年(あ)四七八二号同三〇年一月二六日大法廷判決(刑集九巻一号八九頁)の趣旨によつて明らかである。所論は、採ることができない。
同上告趣意のうち、その余は、単なる法令違反の主張であつて、上告適法の理由にあたらない。
よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎)
【参考】原判決の判断
所論は、昭和三一年、地方自治法および公衆浴場法の一部改正に伴い、大阪市のようないわゆる指定都市においては、同年一一月一日以降公衆浴場の営業許可に関する権限は、府県知事から市長に委譲された(地方自治法第二五二条の一九、同法施行令第一七四条の三六、同令附則((昭和三一年七月三一日政令第二五三号))第三項、公衆浴場法第七条の二)が、右権限委譲後においても、公衆浴場設置場所の配置基準等に関する条例制定権は、委譲前と同様に、府県に残された(前記施行令第一七四条の三六、公衆浴場法第二条第三項)ので、指定都市の市長は、府県が定めた配置基準に従い、公衆浴場営業許可申請に対する許否の処分をする建前であつた。そこで、大阪府においては、前記法律改正後においても、大阪府公衆浴場法施行条例(昭和二五年一二月二二日大阪府条例第八五号)第二条の規定をそのまま存置し、同条文において「公衆浴場の設置場所の配置間隔はおおむね二二五メートルを必要とする」旨原則的な配置基準を定めるとともに、同条但書においてその例外を認め、その一つとして右但書第三号において「土地の状況、人口の密度その他特殊事情により知事が必要と認めたとき」はこの限りでないと規定する。しかし、公衆浴場法第二条第三項にいう「設置の場所の配置の基準」とは、許可事務を行うものが、これに従つて許可申請に対する許否を決定しうるような客観的尺度でなければならないのに、右の大阪府条例第二条第三項は、かような客観的基準を定めることなく、許可するかどうかの決定を知事の自由裁量にゆだねたものであるから、府知事が個々の申請に対する許可事務に介入することになり、公衆浴場の営業許否に関する権限が大阪府知事から大阪市長に委譲された建前からいつて違法であり、従つて府知事の諮問機関としての本件浴場審議会委員の行為は、元来右審議会の権限に属しない事項に関してなされたものであつて、その公務員としての職務と全く無関係のものであるから、贈賄罪を構成しない。また、原判決のいう昭和三一年一〇月一九日付厚生省公衆衛生局長名義の通達に「基準事項の性格上やむを得ず府県知事の認定に委ねなければならない事項については個々の事例について可否の決定を府県知事において行つた上、指定都市の市長が許可処分を行うことになる」という一句があるが、一片の通達で地方自治法や公衆衛生法の明文を変更できないのであつて規定し尽せない場合の知事認定を市長認定と読み替える規定を置くべきであるというのである。
よつて案ずるに、なるほど、都道府県が条例において公衆浴場の設置場所の配置基準を定める場合、できる限り客観的な基準を規定し、許可事務を行なうものが右基準に従い申請に対する許可、不許可の決定ができるようにしておくことが望ましく、個々の場合について基準に適合するかどうかを知事の認定に委ねるような規定の仕方をしておくことは、右認定権者とは別個の機関である市長が許可処分を行なううえから適当でないことはいうまでもない。しかし、公衆浴場の配置基準は、既存の隣接浴場との距離(前記条例第二条本文)、申請の浴場設置場所を中心とする人口、隣接浴場の利用人口など二、三の事項ばかりでなく、その他各般の条件を考慮し、これを設定するのでなければ基準としての性格上不十分であつて、このような条件のすべてを網らして想定し、これに対応する事項について画一的な基準を定めておくことは立法技術上困難であるばかりでなく、たとえこのようにしてできる限り客観的な基準の確立につとめたとしても、個々の具体的案件に適用した場合、神社仏閣、学校の存在など特殊事情が存在して、許否の決定について具体的妥当性を欠く結果を生ずるおそれのあることは否定できない。以上の点を考慮すると、大阪府条例が、前記のように、原則的な配置間隔を定めたうえ、土地の状況、人口密度その他特殊事情がある場合にはその例外を認めることとし、詳細な規定を「公衆浴場審議会運営内規」に譲り、同内規に「一距離おおむむ二二五メートル以上のものは人口の多寡にかかわらず府限りで許可する。二、距離おおむね一七五メートル未満である場合は、審議会に諮問することなく府限りで不許可の手続をする。但し、橋梁のない河川、踏切のない鉄道等で遮断されている場合は、この限りでない。三、距離のない場合、円内人口おおむね八〇〇人未満の場合においては、審議会に諮問することなく府限り不許可の手続をする。四、おおむね距離一七五メートル以上(二二五メートル未満の場合)、円内人口八〇〇人以上である場合といえども、隣接浴場の利用人口(円内、円外)おおむね一〇〇〇人未満の場合においては、審議会に諮問することなく府限りで不許可の手続をする。―下略―」という基準を設け、距離一七五メートル以上二二五メートル未満の場合、円内人口八〇〇人以上、隣接浴場の利用人口一〇〇〇人以上の場合において、知事は、大阪府審議会議員、大阪府浴場商業協同組合代表者および利用者代表をもつて組織する大阪府公衆浴場審議会に諮問し、同審議会において、神社仏閣や学校等との距離、下水道との連絡関係等特殊事情をも勘案して、許可又は不許可相当との意見を答申し、知事は、その答申に基いて行政処分をしていたのであるが、右の権限が大阪市内に関するかぎり同市長に委譲されたのちにおいては、大阪市は、右の運営内規を取り入れて「公衆浴場営業許可事務取扱要領」を定め、市長の許可基準として、内規の一ないし四に相当する条項を設けたうえ、5として、距離おおむね一七五メートル以上、申請を中心とする利用人口八〇〇人以上、隣接浴場の利用人口一〇〇〇人以上の場合は、府条例第二条但書第三号に該当するかどうかを大阪府知事に照会のうえ処理することとし、市長あて許可申請書が提出されると、市において書類審査、実地調査を行なつたうえ関係書類を添付し「大阪府公衆浴場法施行条例第二条但書第三号の適否について」と題する照会文書を発し、同知事は、右の照会により大阪府公衆浴場審議会に諮問し、その答申に基き、同但書の要件を具備するものと認める又は認めないという趣旨の回答を発し、大阪市長は、右の回答に基き公衆浴場営業許可申請に対する許否の処分をしていたこと、および厚生省においても、昭和三一年一〇月一九日付同省衛生局長名義をもつて、関係府県知事又は市長に対して同趣旨の通達を発していることをそれぞれ認めることができる。右のように、内規の形式ではあるが、できるだけ細かく許可基準を明示し、最後に残された場合についてのみ、市長から知事に対して、基準に適合しているかどうかの判定に関する意見を求めることは、立法技術としては批判の余地があろうけれども、やむをえない措置であると考えられ、大阪府知事の解限に属する配置基準についての条例制定権の範囲を逸脱しているものとはいえないし、また、大阪府知事としては右規定に基づき基準に適合するかどうかを判断して意見を回答するだけで、許否の処分そのものは大阪市長がしていることは前記のとおりであつて、大阪府知事は大阪市長に属する公衆浴場の許否に関する権限を侵しているものではないから、所論のような違法があるということはできない。論旨はこれと異なる見解に立脚する主張であるから、採用できない。