最高裁判所第一小法廷 昭和40年(オ)1345号 判決 1970年7月16日
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人竹中一太郎の上告理由について。
記録によれば、上告人が本訴において請求原因として主張したところは、次のような事実関係であると認められる。上告人は、昭和三八年一二月三日、訴外有限会社立花重機よりブルドーザーの修理の依頼を受け、その主クラツチ、オーバーホールほか合計五一万四〇〇〇円相当の修理をして、同月一〇日これを訴外会社に引き渡したが、右ブルドーザーは被上告人の所有であり、上告人の修理により右代金相当の価値の増大をきたしたものであるから、被上告人は上告人の財産および労務により右相当の利益を受け、上告人は右相当の損失を受けたものである。もつとも、上告人は訴外会社に対し修理代金債権を有したが、同会社は修理後二カ月余にして倒産し、現在無資産であるから、回収の見込みは皆無である。右ブルドーザーは、同年一一月二〇日頃訴外会社において被上告人より賃借したものであるが、昭和三九年二月中旬より下旬にかけて被上告人がこれを訴外会社より引き揚げたうえ、同年五月、代金一七〇万円(金利を含み一九〇万円)で他に売却したもので、上告人の修理により被上告人の受けた利得は、売却代金の一部としてなお現存している。よつて、上告人は被上告人に対し、五一万四〇〇〇円およびこれに対する遅延損害金の支払を求める、というのである。
右請求原因の大要は、一審における訴状陳述以来、上告人の主張するところであつて、前記修理代金債権の回収不能により上告人に損失を生じたとする主張は、本件記録中に発見しえないところである。
しかるに、原判決の引用する一審判決事実摘示が、あたかも右回収不能により上告人に損失を生じたとするごとくいうのは、上告人の訴旨の誤解に出たものというべきである(もつとも、その記載は必ずしも明確でなく、原審口頭弁論における上告人の陳述が一審判決事実摘示のとおりなされたとしても、これにより上告人の従前の主張が改められたものとするのは相当でない)。
そこで、右のごとき上告人の本訴請求の当否につき按ずるに、原判決引用の一審判決の認定するところによれば、上告人のした修理は本件ブルドーザーの自然損耗に対するもので、被上告人はその所有者として右修理により利得を受けており、また、右修理は訴外会社の依頼によるもので、上告人は同会社に対し五一万四〇〇〇円の修理代金債権を取得したが、同会社は修理後間もなく倒産して、右債権の回収はきわめて困難な状態となつたというのである。
これによると、本件ブルドーザーの修理は、一面において、上告人にこれに要した財産および労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他面において、被上告人に右に相当する利得を生ぜしめたもので、上告人の損失と被上告人の利得との間に直接の因果関係ありとすることができるのであつて、本件において、上告人のした給付(修理)を受領した者が被上告人でなく訴外会社であることは、右の損失および利得の間に直接の因果関係を認めることの妨げとなるものではない。ただ、右の修理は訴外会社の依頼によるものであり、したがつて、上告人は訴外会社に対して修理代金債権を取得するから、右修理により被上告人の受ける利得はいちおう訴外会社の財産に由来することとなり、上告人は被上告人に対し右利得の返還請求権を有しないのを原則とする(自然損耗に対する修理の場合を含めて、その代金を訴外会社において負担する旨の特約があるときは、同会社も被上告人に対して不当利得返還請求権を有しない)が、訴外会社の無資力のため、右修理代金債権の全部または一部が無価値であるときは、その限度において、被上告人の受けた利得は上告人の財産および労務に由来したものということができ、上告人は、右修理(損失)により被上告人の受けた利得を、訴外会社に対する代金債権が無価値である限度において、不当利得として、被上告人に返還を請求することができるものと解するのが相当である(修理費用を訴外会社において負担する旨の特約が同会社と被上告人との間に存したとしても、上告人から被上告人に対する不当利得返還請求の妨げとなるものではない)。
しかるに原判決は、上告人の右の訴旨を誤解し、また右の法理の適用を誤つたもので、審理不尽、理由不備の違法を免れず、論旨は理由あるに帰し、原判決を破棄すべきであるが、本件において上告人の訴外会社に対する債権が実質的にいかなる限度で価値を有するか、原審の確定しないところであるので、この点につきさらに審理させるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。
よつて、民訴法四〇七条一項により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)