最高裁判所第一小法廷 昭和41年(あ)961号 判決 1967年12月14日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
弁護人北山六郎、同三宅岩之助の上告趣意中、判例違反をいう点は、原審はなんら所論引用の各判例と異なる判断をしていないから、判例違反の主張は理由がなく、その余の論旨は、憲法三一条違反をいう点もあるが、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、適法な上告理由にあたらない。しかし、所論は、原判決の維持した第一審判示第一の事実が預合にあたらないとし、これを預合になるとした原判決に、事実誤認、法令違反のあることを極力主張しているので、職権をもってこの点を検討する。
原判決が維持した第一審判示第一の事実を要約すると、
兵庫県豊岡市瀬戸所在の日和山観光株式会社は、同県城崎郡湯島所在の但馬銀行城崎支店を株式払込取扱銀行として、昭和三三年一〇月二、七五〇万円の増資をすることにしたが、新株の引受申込額は四六一万円にすぎなかった。そこで、右会社の取締役である被告人後藤雄輔と右銀行の支店長である被告人吉田孝司とは、通謀して、不足分の株金払込を仮装することを企て、その方法として、増資手続完了後直ちに返済する約束のもとに、右銀行支店から右会社に七七〇万円、右会社代表取締役今津文治郎個人に一、五〇〇万円をそれぞれ貸し付け、これを新株の払込金として右支店の別段預金口座に振替記帳させ、被告人後藤はこれによって被告人吉田作成名義の新株払込金二、七五〇万円を保管している旨の株式払込金保管証明書の交付を受け、もって被告人両名通謀のうえ株金の払込を仮装して、被告人後藤は預合をし、同吉田は預合に応じたものである、というのである。
そして、原審弁護人が「本件会社が本件銀行から借り受けた七七〇万円は、会社従業員が従前から会社に対しもっていた債権(預り金、借受金)の返済にあてられたもので、従業員は真実払込の意思をもってこの返済金を本件引受株式の払込金に充当したのであるから、右払込は仮装のものではない。」旨を主張したのに対し、原判決は、「右主張のような態様の払込は、もともと会社に資金があってのことでなく、わずか二日間で最初の操作前と同じ現実の資金内容に立ちかえったものであるから、資本の充実は無視されており、これはまったく形式的に帳簿上の操作をもって払込名義を仮装するものといわざるをえない。」旨の判断をして、弁護人の前記主張をしりぞけている。
思うに、形式的に帳簿上の操作をすることによって容易に払込の仮装が行われうることにかんがみると、払込が実質的になされたか否かについてはきわめて慎重に審理することを要し、帳簿上の操作に惑わされるべきでないことはもちろんであるが、しかし、株式引受人の会社に対する債権が真実に存在し、かつ会社にこれを弁済する資力がある場合には、右弁護人主張のような態様の払込方法をとったとしても、資本充実の原則に反するものではなく、株金払込仮装行為とはいえないから、商法四九一条の預合罪および応預合罪にあたらないものと解するのを相当とする。
記録を調べてみると、本件会社が本件銀行から借り受けた七七〇万円は、会社に対する従業員らの債権六三七万円と今津文治郎の債権約一〇二万五千円の各弁済にあてられ、従業員らおよび今津文治郎は、右弁済を受けた金員に会社からの貸付金を加えて本件払込金にあてる方法によりその払込の一部をなしていることが証拠上うかがわれるので、原審としては、当時従業員らおよび今津文治郎が会社に対して真実右の債権をもっていたかどうか、また会社がその弁済の資力をもっていたかどうかなどの事実を調べたうえ本件を処理すべきであったのに、これらの事実を確定することなく、本件払込金全額につき預合罪および応預合罪が成立するとして第一審判決を維持したのは、法令の解釈を誤った結果審理を尽くさなかったもので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
よって、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため同法四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すことにし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)