最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)1416号 判決 1968年1月18日
主文
原判決を破棄する。
本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人庭山四郎の上告理由書記載の上告理由について。
本訴請求は、時計類の販売を営む上告人がその所有にかかる原判決添付第一目録記載の時計類合計一四四点(以下「本件物件」という。)を上告人方に店員として雇傭されていた訴外岡崎一雄に窃取されたが、同人はこれを被上告人に売り渡し現に被上告人において占有しているとして、上告人から被上告人に対しその所有権に基づき返還を求め、あわせてその強制執行が不能となる場合の代償請求として本件物件の価格相当の損害賠償を求めるものであるところ、原判決は、要するに、本件物件は、すべて岡崎が店員として業務上占有していたものであつて、上告人の不知の間に店舗内から持ち出したものがあつたとしてもその行為は窃盗に該当せず、岡崎の被上告人に対する売渡行為は、その業務上占有にかかる本件物件を不当に廉価に売り渡したにすぎず、岡崎が本件物件を窃取したことを認めるに足りる証拠はないとして、上告人の請求を排斥したことはその判文に照らして明らかである。
しかしながら、被上告人は岡崎から本件物件を買い受けたというのであるから、刑事上岡崎に窃盗罪が成立する関係にあつたからといつて、直ちに民事上右売買の効果が否定されるものではなく、他面、岡崎が本件物件を業務上占有していたからといつて直ちに同人の被上告人に対する売却行為が有効視され、本件物件の所有権が被上告人に移転したものと解すべきでないことはいうまでもない。右売買に際し、被上告人が主張するように、岡崎は上告人を代理して本件物件を売り渡したものであるかどうかを審理し(原審の判示をもつてしては、この点をいかに解したかが明らかでない。)、代理人として売り渡したというのであれば、その行為の効力は同人の有する代理権の範囲いかんにより、あるいは表見代理の法理等の採否により決せらるべきものであり、岡崎の行為が刑事上窃盗罪に該当するかどうかによつて本訴請求の当否が決せらるべきものではない。
ところで、原判決の確定するところによれば、岡崎は、原判示のような事情で上告人経営の店舗の責任者として店舗内において時計の修理販売にあたるほか、商品を携帯して外交販売に出るにつき代金の授受、減額等の権限を与えられていたというのであるから、同人は商法四三条所定の代理権を有するものと解する余地があるが、そうであるとしても、記録に徴すると、上告人は本件物件の買主である被上告人が質商を営んでいる旨の主張をしていることも窺われるから、本件のように同一人に対し、多数回にわたり大量になされた本件物件の売却行為が客観的にみて上告人の営業に関して与えられた岡崎の代理権の範囲に属するものであるかどうかについて審理を要すべく、また、その代理権の範囲内の行為であるとしても、岡崎においてその代理権を濫用し自己の利益を図る意図に出て本件売却行為をし、被上告人においてもこれを知りうる等の事情にあつたとするならば、上告人としては岡崎の代理行為の効力を否認して本件物件の返還を求めうる筋合であるところ、原判決の確定するところによれば、岡崎は自己の小遣銭を得る目的をもつて本件物件を不当に廉価に売り渡したというのであつて、かつ、記録に徴すると上告人は、訴状において被上告人は岡崎がほしいままに本件物件を持ち出して被上告人に売却することの情を知つていた旨の主張をしていることが窺われるから、その主張の趣旨を釈明して審理を尽す余地もあるべく、さらにまた、その代理権の範囲内の行為に属しないとするならば、被上告人は、岡崎の代理権の存在を信じて買い受けた旨をも主張しているから表見代理の成否を審理しなければ、原審としては、本訴請求の当否を決しえなかつたものといわねばならない。
そうであるとすると、岡崎には本件物件について独立の占有がなかつたから窃盗罪が成立すると主張して、これを認めなかつた原判決の違法をいう論旨は、理由のないことが明らかであるが、岡崎が業務上占有していた本件物件を不当に廉価に売り渡したにすぎないとしてたやすく上告人の請求を排斥した原判決は代理権ないし売買に関する法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽ないし理由不備の違法をおかしたものというべきであるから、その余の論旨について判断を加えるまでもなく、職権によつて原判決を破棄すべきものである。そして、前示の点についてなお審理をする必要があるから、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎)