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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)556号 判決 1971年12月23日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一、二点について。

原審の確定した事実は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によれば、次のとおりである。

すなわち、被上告人は、訴外破産者北勢砂利興業株式会社(以下、「破産会社」という。)が振り出した左記(1)ないし(5)の約束手形を現に所持している。(1)金額五万九〇四一円、満期昭和三九年五月三〇日、支払地、振出地桑名市、支払場所株式会社百五銀行桑名支店、振出日同年二月四日、受取人、第一裏書人稲葉興業株式会社(以下、「訴外会社」という。)、第一被裏書人、被上告人、(2)金額六〇万六〇一七円、満期昭和三九年六月二〇日、振出日同年二月二一日、その他は右(1)の手形と同じ、(3)金額六六万七二九五円、満期昭和三九年七月三一日、振出日同年三月一七日、その他は右(1)の手形と同じ、(4)金額八三万四八五九円、満期昭和三九年八月三一日、振出日同年四月二〇日、その他は右(1)の手形と同じ、(5)金額二九万五八〇〇円、満期昭和三九年九月三〇日、振出日同年五月一九日、その他は右(1)の手形と同じ。そして、被上告人は、右約束手形五通のうち(1)ないし(4)の各手形を、それぞれその満期前に訴外会社沼田商行に裏書譲渡したが、同会社において、これらの手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたところその支払を拒絶されたので、被上告人は、これらの手形を同訴外会社から受け戻した結果、結局右五通の各手形を所持するものである。

ところで、右各手形が振り出された当時、その手形振出人たる破産会社の代表取締役として本件各手形の振出行為を担当した訴外和波久衛は、同時にその受取人たる訴外会社の代表取締役でもあつた。そして、訴外会社は、砂利の採取、販売等を営業目的とするもので、昭和三八年一二月一日設立されたが、破産会社のいわゆる子会社ともいうべきものであつて、設立に際して発行された株式数の九〇パーセント以上が破産会社によつて引き受けられ、かつ、破産会社の代表取締役をしていた和波久衛が破産会社の取締役会の意向を受けて新設の訴外会社の代表取締役にも就任していた。また、訴外会社は、自己の採取した砂利等を破産会社を含む若干の需要家に販売供給するとともに、破産会社を除くその余の需要家に対して販売した砂利等の代金を取り立てるべき権限を破産会社に授与し、一方破産会社は、かかる授権に基づいて取り立てた販売代金を精算し、さらに、破産会社がみずから買い受けた砂利代金を支払い、あるいは、訴外会社に金融の援助を与えるために、訴外会社に対して手形を振り出すという基本的取決めがなされていたので、破産会社の取締役会は、本件各手形の振出前たる昭和三八年一二月頃、和波久衛が振出人を破産会社とし、受取人を訴外会社とする約束手形を振り出すことについて一般的承認を与えていたものであるというのである。

原審は、以上の事実関係のもとにおいて、商法二六五条に定める取締役会の承認が、一般的、包括的な承認であつても、その取引により会社の利益が害されるおそれがない場合には、その承認のある取引は有効と解して差支えなく、破産会社の取締役会が本件各手形振出について与えた右の一般的承認は、特定の取引関係について与えられた承認というべきであつて、破産会社の利益に対し危険を及ぼすおそれがあるとは考えられないから、これを有効と解するのが相当であるとしている。

ところで、会社がその取締役に宛てて約束手形を振り出す行為は、原則として、商法二六五条にいわゆる取引にあたるものと解されるから(当裁判所昭和四二年(オ)第一四六四号同四六年一〇月一三日言渡大法廷判決)、右の趣旨に徴すれば、会社が自己の取締役が代表取締役を兼ねている他の会社に宛てて約束手形を振り出す行為も、原則として、商法二六五条にいわゆる取引にあたり、会社はこれにつき取締役会の承認を受けることを要するものというべきである。しかし、この場合、取締役会の承認を受けなかつたとしても、いつたんその手形が第三者に裏書譲渡されたときは、会社がその第三者に対し振出の無効を主張して手形上の責任を免れるためには、その手形の振出につき取締役会の承認を受けなかつたことのほか、当該手形は右会社からその取締役が代表取締役を兼ねている他の会社に宛てて振り出されたものであり、かつ、その振出につき取締役会の承認がなかつたことについて右の第三者が悪意であつたことを主張し、立証しなければならないと解すべきところ(前掲当裁判所大法廷判決参照)、本件記録によれば、上告人は、本件手形を訴外会社より裏書譲渡により取得した第三者たる被上告人において、本件手形の振出について破産会社の取締役会の承認がなかつたことを知つていた旨の主張をしているものではなく、また、原審の確定する事実によるも、被上告人がこれを知つていた事実はうかがわれない。

してみれば、本件各手形の振出について、破産会社取締役会のなした承認の効力について判断するまでもなく、右振出行為の無効を主張する上告人の抗弁は理由がないものというべきであり、これを排斥した原判決は、その結論において正当である。したがつて、所論は、原審の判断の結論に影響のない部分を攻撃するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条により、裁判官岩田誠、同藤林益三の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官岩田誠、同藤林益三の意見は、次のとおりである。

約束手形の振出は、商法二六五条のいわゆる取引にあたらないと解すべきであるから(当裁判所昭和四二年(オ)第一四六四号同四六年一〇月一三日言渡大法廷判決におけるわれわれの意見参照)、本件各約束手形の振出について破産会社取締役会の承認がないからその振出は無効である旨の上告人の抗弁は理由がなく、これを排斥した原判決は結論において正当であり、本件上告は棄却すべきものである。

(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一)

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