最高裁判所第一小法廷 昭和42年(あ)191号 判決 1967年8月31日
主文
原判決を破棄する。
本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
理由
弁護人武田庄吉の上告趣意は、末尾添附の同弁護人の上告趣意書記載のとおりである。
職権により調査するに、本件記録に徴すれば、本件起訴状には罪名、罰条として売春防止法違反、同法第一二条と記載し、原判決摘示のような公訴事実が記載されていたところ、第一審第五回公判期日に、検察官から罰条を売春防止法第六条第一項とし公訴事実を原判決摘示のような売春周旋の事実とした訴因、罰条変更の請求がなされ、第一審裁判所は右検察官の請求を許した事実を認めることができる。
原判決は、これに対し、第一審における検察官提出の証拠によれば、むしろ起訴状記載の公訴事実がうかがわれるとして、右の如き検察官の訴因、罰条変更請求に対しては、たとえ、それが公訴事実の同一性を害さない場合であっても、実体的真実の発見を旨とする裁判所の職責上これを許可すべき限りではなく、第一審裁判所が検察官の右訴因、罰条の変更を許したのは違法であるとして第一審判決を破棄すべきものとしているのである。
しかし、刑訴法三一二条一項は、「裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。」と規定しており、また、わが刑訴法が起訴便宜主義を採用し(刑訴法二四八条)、検察官に公訴の取消を認めている(同二五七条)ことにかんがみれば、仮に起訴状記載の訴因について有罪の判決が得られる場合であっても、第一審において検察官から、訴因、罰条の追加、撤回または変更の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限り、これを許可しなければならないものと解すべきである。
そして、原判決は、検察官の右訴因、罰条の変更請求は、起訴状記載の柴田照子および李庸子に対する管理売春の訴因を李庸子に対する売春周旋の訴因に変更しようとするものであり、公訴事実の同一性を害するものとは解していないものであること、原判決の判文上明らかである。したがって、第一審裁判所が検察官の右訴因、罰条の変更を許したことは、正当であって、何ら違法はない。しかるに、右変更を許したことを違法として第一審判決を破棄した原判決は、刑訴法三一二条の解釈を誤った違法のものであり、本件記録に存する証拠によれば起訴状記載の事実が肯認できるか否か、また、右事実が売春防止法一二条の管理売春の罪を構成するか否かは、原判決に右違法があるとする結論を左右するものではない。
よって、上告趣意に対する判断をまつまでもなく、原判決の右違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかであり、かつ、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認め、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同四一三条に則り本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
この裁判は、裁判官全員一致の意見によるものである。
(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)