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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)179号 判決 1968年1月25日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人川添賢治の上告理由、同山口春一の上告理由および同三宮重教の上告理由第一、二点について。

被上告人と訴外沢村喜次間に被上告人主張の裁判上の和解が成立するに至つた事情ならびに右和解条項に関する原審の認定は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)挙示の証拠関係に照らして肯認することができる。

そして、家屋の賃貸借契約が借家法八条にいわゆる一時使用の賃貸借といえるためには必ずしもその期間の長短だけが標準とさるべきものではなく、賃貸借の目的、動機、その他諸般の事情から、該賃貸借契約を短期間内に限り存続させる趣旨のものであることが、客観的に判断される場合であればよいとすることは当裁判所の判例とするところである(昭和三六年一〇月一〇日第三小法廷判決、民集一五巻九号二二九四頁参照)。したがつて、その契約条項に、期間満了の際の明渡文言、更新しない旨の合意その他一時賃貸借とする旨の特別な理由が特に明記されていないからといつて、その契約を一時使用のための賃貸借と解する妨げとならないことは論をまたない。原審の確定した事実関係によれば、訴外沢村喜次は当初本件係争家屋の一部を無断転借してパチンコ営業をしていたところ、被上告人からもとの占有者に対して家屋明渡請求の訴訟が提起され、同人の敗訴が確定しそうになり、その結果自己の営業の継続が危ぶまれるに至つたため、被上告人に対し示談解決方を申し入れ、折衝の結果五年に限つて右営業のため本件係争建物を賃借する旨の裁判上の和解をしたというのであつて、その動機、目的その他右和解成立の経緯および和解条項について原審の確定した諸般の事情を考慮すれば、右賃貸借契約は右期間に限つてこれを存続せしめることを目的としたものであつて、これを一時使用のための賃貸借というを妨げない。本件賃貸借期間が五年であつて、右沢村が被上告人に対し多額の損害金および敷金を支払つた等本件家屋の使用について多額の投資をしたとしても、本件家屋の位置、形状および同所における前記営業目的に照らせば、右沢村は利得の計算のうえにたつて右契約を締結しているものと解されるから、かく解することによつて、賃借人たる同人に特別の不利益を課するものとはいい難い。その他、所論が本件和解による契約が一時使用の賃貸借とはいえないことの理由として掲げる事情も、すべて右判断を左右するものとはいえない。

されば、これと同旨の見解にたち、本件家屋に関する和解契約を一時使用のための賃貸借と解した原審の判断は正当である。原判決が、「一時使用のための賃貸借であることが明らかな場合とは、契約の趣旨、契約の動機、経緯等から判断して、取引の通念上建物利用関係が、永続性を有しないと認められる場合をいう」と判示しているのも、ひつきよう前記説示の趣旨にそうものであつて、所論判例と異なる趣旨を判示したものと解することはできない。その余の所論引用の判例は、あるいは事案を異にし、あるいは何ら原審の判断と抵触するものではなく、すべて本件に適切でない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は、結局、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し採用できない。

上告代理人三宮重教の上告理由第三点について。

本件建物が上告人らの改築により消滅し、同一性のない新建物となつたとは認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし肯認することができ、原判決には何ら所論の違法はない。論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)

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