最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)585号 判決 1968年6月13日
上告人
藤原清生
代理人
石田享
中田直人
被上告人
小川清
代理人
山田嘉八
主文
原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。
右部分について本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人石田享、同中田直人の上告理由第三点について。
所論は、帰するところ本件新築にかかる建物のうち原判決添付図面ワ、カ、ヨ、ニ、ハ、ロ、ワの各点を順次結ぶ直線で囲まれた部分二坪五合(以下「甲部分」という)が、従前の建物たる主屋(以下「主屋部分」という)に附合しないとした原審の判断が、附合に関する法規の解釈、適用を誤るものである旨主張するものであるところ、原判決は、甲部分は、その基礎が主屋部分の基礎から離して設けられており、その柱は主屋部分の柱と接合されておらず、その屋根も防水の関係で主屋部分の屋根の下に差し込めてあるが構造的には両者は分離しているものであり、これに反し、新築建物のうち原判決添付図面ニ、ヨ、タ、ト、ヘ、ホ、ニの各点を順次結ぶ直線で囲まれた部分二坪(以下「乙部分」という)は、主屋部分の北方一間の線に柱を建て、この柱と主屋部分北側の柱とをたる木でつなぎ、そのたる木は、主屋部分の柱に欠き込みをして接合せしめ、床は全部たたきとして、玄関、浴室、物置に使用され、甲部分と乙部分とは、柱および屋根が構造的に接合していない事実を認定し、右乙部分は主屋部分に附合するが、甲部分は主屋部分に附合せず、ために、主屋部分の前所有者若林米太郎は、甲部分の所有権を取得せず、若林から主屋部分を買い受けた上告人も甲部分の所有権を取得せず、甲部分は、被上告人の所有に属する旨判示し、これに対する賃貸借契約の効力を否定している。
しかし、右新らたに築造された甲部分が主屋部分および従前の建物に附合する乙部分に原判示の部分において構造的に接合されていないからといつて、ただちに甲部分が主屋部分に附合していないとすることはできない。原判示によれば、甲部分と主屋部分とは屋根の部分において接着している部分もあるというのであるから、さらに甲部分と主屋部分および乙部分との接着の程度ならびに甲部分の構造、利用方法を考察し、甲部分が、従前の建物たる主屋部分に接して築造され、構造上建物としての独立性を欠き、従前の建物と一体となつて利用され、取引されるべき状態にあるならば、当該部分は従前の建物たる主屋部分に附合したものと解すべきものである。
従つて、原審としては、これらの諸点について審理、判断し甲部分の主屋部分に対する附合の有無を決すべきであるにかかわらずこれをなさず、甲部分が主屋部分および乙部分と原判示の部分において構造的に接合していない事実より、ただちに甲部分は主屋部分に附合していないものとし、右部分についての若林の所有権取得を否定し、上告人の被上告人に対する請求中、甲部分に対する請求を棄却したのは、附合に関する法規の解釈を誤り、審理不尽、理由不備の違法あるものというべきであり、この点に関する論旨は理由がある。
よつて、その余の論旨について判断するまでもなく原判決中上告人敗訴部分を破棄し、さらに上記の点について審理せしめるべく右部分について本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)
上告代理人の上告理由
第三点 原判決に影響を及ぼすことが明白な判例違反及び経験則違背の違法があるから破棄さるべきである。
一、判例違反
(1) 不動産の付合に関する大審院大正五年一一月二九日判決(民録二二輯二三三三頁)、同昭和六年四月一五日判決(法律新聞三二六号一二頁)・同昭和八年二月八日判決(民集一二巻六〇頁)などによれば、建物の賃借人が賃借建物を増改築した場合、たとえ賃貸人の承諾ある場合においてさえその増改築部分が独立の建物と同一の経済的効用を全うしえないときは付合の適用があるのみならず、本件第一審判決がその理由において引用する最高裁昭和二八年一月二三日第二小法廷判決(民集七巻一号七九頁)によれば、民法第二四二条は不動産の付合物がたとえ取引上当該不動産の別箇の所有権の対象となりうべきものであつても、権原によつて付属せしめたものでない限り、該不動産の所有権が当然付合物の上におよぶことを規定するものである、と判示している。
(2) しかるに、原判決は付属建物(主屋の建増)を甲部と乙部分とに分離したうえ甲部分は、「その基礎が主屋の基礎から離して設けられており、その柱は主屋の柱と接合されておらずその屋根も防水の関係で主屋の屋根の下にさし込めてあるが構造的には分離している」として甲部分は主屋に付合しないとなし、乙部分は、「主屋の北方一間の線に柱を建て、この柱と主屋の北側の柱とをたるきで繋ぎ、そのたるきは、主屋の柱に欠き込みをして接合せしめ、床は全部たたきとして、玄関、浴室、物置に使用されている」から主屋に付合している、(三、四丁)旨判示しているが、甲部分が独立の建物と経済的効用において同一であるか否か、また、甲部分も乙部分と同時に且つ何らの権原なくして本件主屋に建増しされたものであるにもかかわらず、取引上どうして独立性を有するとみるべきかの点についてはいささかも審理せず且つ判示するところがない。
(3) 一件記録によれば、本付付属建物は、被上告人小川において何らの権原なく行つた増築であり、また後記二で述べるとおり主屋に付合していることは明白である。
(4) よつて原判決は、前記(1)引用の判例に違反しているから破棄を免れない。
二、経験則違背
(一) 一件記録上明らかな左の諸事実に経験則を適用すれば、付属建物に甲部分と乙部分との可分性は存在せず、付属建物は一体として主屋に付属(建増)されたものであるとの結論に達せざるを得ない。
(1) 本件付属建物は、主屋に接続して同一の時期、機会に建増しされたものであること。
(2) 賃貸借契約(甲四、五号証)によれば、被上告人も付属建物が全体として本屋に付合している事実を認識していたこと。
(3) 公課上も付属建物全体が一個の建物として取扱われており(乙第一、四号証)しかも主屋に付合している事実のために独立の家屋番号をつけられていないこと(乙第一号証)
(4) 付属建物は、その当時の本件本屋の所有者である訴外若林米太郎の承諾なく、何らの権原なくして本屋に密着して付属されたものであること(一審判決)
(5) 原審鑑定人田中幸雄の鑑定の結果によつてさえも、甲部分の屋根は主屋の下にさし込んであり、且つ甲部分の出入りは主屋を通じてしかできず、その出入口は主屋そのものであることが認められる。従つて主屋が戸締りされたとき、付属建物甲部分に出入りすることはできないこと。
(6) 付属建物は主屋の使用をより充実させるためになされた建増であること。
(7) タタキ玄関を中心にいわば両翼に存する付属建物の位置を主屋と対比し、或いは主屋、付属建物全体を綜合してみれば付属建物甲部分も主屋の一部であること(特に一審鑑定人大原英一鑑定の結果)。
(二) しかるに、原判決は、甲部分と乙部分とは「構造的に区別でき、甲部分は本屋の屋根などの助けを借りながらも「構造的」に本屋と分離している、と判示するが、その「構造的」というのは原審鑑定人田中幸雄の鑑定の結果をそのまま使用しているに止まり何の経済的効用、取引上の独立性の角度も入つていないものである。経験則によれば、建物は元来動産を一定の物理法則に従つて集め組合つたものであり、従つて物理的な意味においては、どのようにでも可分なものであるといわなければならない。本件付属建物甲部分が特に乙部分と異なつた所有に属するとか、主屋と分離していると考えられないものであることは前記(一)でみたとおりである。
(三) 従つて原判決は居宅用木造建物の効用と取引の独立性に関し、著るしく経験則に違背した違法がある。