最高裁判所第一小法廷 昭和43年(行ツ)97号 判決 1972年4月20日
上告人
五味学
五味浩子
代理人
坂井尚美
被上告人
大阪税関長
相原三郎
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人坂井尚美の上告理由について。
所論は、上告人が本訴において取消を求める通告処分は取消訴訟の対象とはなりえないから本件訴は不適法である、とした原判決(その引用する第一審判決を含む。)の判断は、憲法二九条一項、三一条、三二条、七六条二項に違反するという。
関税法の規定によれば、税関職員が犯則事件の調査を終えたときは、その結果を税関長に報告し、犯則嫌疑者の居所が明らかでないとき等所定の場合には直ちに検察官に告発すべきこと(一三七条)、税関長は、犯則事件の調査により犯則の心証を得たときは、罰金に相当する金額その他の財産上の負担を通告し、情状が懲役の刑に処すべきものであるとき等所定の場合には直ちに検察官に告発すべく、犯則者が通告の旨を履行した場合には同一事件について公訴を提起されないこと(一三八条)、犯則者が通告の旨を所定の期間内に履行しないときは、税関長は検察官に告発すべきこと(一三九条)、さらに、前記各告発に際しては、領置物件または差押物件を検察官に引き継ぐべく、引き継がれたときは、当該物件は刑事訴訟法の規定により検察官によつて押収されたものとみなされること(一四〇条)等が定められている。
右の諸規定に徴すれば、関税犯則事件の調査手続は行政手続であり、通告処分は行政庁のなす行政行為ではあるが、通告処分を受けた犯則者は、通告処分の旨を履行するかどうかをその自由意思により決することができ、いかなる場合にも通告に定める納付を強制されることはないのであり、ただ、任意に履行したときは公訴は提起されず、履行しないときは、税関長の告発および検察官の公訴の提起をまつて刑事手続に移行し、通告の対象となつた犯則事実の有無等については刑事手続において争いうることとなるのである(なお、税関長の告発があつても、検察官が公訴を提起しなければ、もとより刑事責任を問われることはない。)。そして以上の諸点その他行政不服審査法四条一項七号の規定等をも勘案すれば、関税法においては、犯則者が通告処分の旨を任意履行する場合のほかは、通告処分の対象となつた犯則事案についての刑事手続において争わせ、右手続によつて最終的に決すべきものとし、通告処分については、それ自体を争わしめることなく、右処分はこれを行政事件訴訟の対象から除外することとしているものと解するのが相当である。したがつて、通告処分の取消訴訟は許されないものというべく、原判断は結局正当である。
所論は憲法三二条違反をいうが、関税法における通告処分の制度が前記のようなものとして定められており、通告処分を受けた犯則者は、履行するかどうかをその自由意思によつて決することができ、納付を強制されることはないのであるから、通告処分自体によつて、法的義務を生ずるものとはいいがたく、また、通告処分の対象となつた犯則事実の有無等については刑事手続において争うことができる以上、通告処分自体に対する不服申立の途がないからといつて、所論憲法の条規に違反するものではなく、このことは従来の判例の趣旨に徴して明らかである(最高裁判所昭和三八年(オ)第一〇八一号同三九年二月二六日大法廷判決、民集一八巻二号三五三頁参照)。さらに、所論は憲法二九条、三一条二項違反をいうが、前記のとおり、犯則者は通告処分の旨を履行するかどうかをその自由意思によつて決することができ、いかなる場合にも納付を強制されることはないのであるから、通告処分は所論財産権の侵害とは関係がなく、また、通告処分は、前記のような性質の行政行為であつて、刑罰を科するものではなく、行政機関の発する裁判でもないから、右各違憲の所論は、いずれも、その前提を欠くものというべきである。
論旨はすべて理由がなく、採用することはできない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(下田武三 岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 岸盛一)