最高裁判所第一小法廷 昭和44年(あ)1165号 判決 1969年12月04日
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差戻す。
理由
弁護人伊丹経治の上告趣意のうち判例違反を主張する点は、引用の判例は本件と事案を異にして適切でないから、所論はその前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。
しかしながら、所論にかんがみ、職権をもって調査すると、原判決が認定判示した犯罪事実は、被告人は自己の勤務する運送店の事務所の入口付近で、貨物自動車の買戻しの交渉のため訪ねて来た高橋三郎と押し問答を続けているうち、同人が突然被告人の左手の中指および薬指をつかんで逆にねじあげたので、痛さのあまりこれをふりほどこうとして右手で同人の胸の辺を一回強く突き飛ばし、同人を仰向けに倒してその後頭部をたまたま付近に駐車していた同人の自動車の車体(後部バンパー)に打ちつけさせ、よって同人に対し治療四五日間を要する頭部打撲症の傷害を負わせたものであるというものであり、同判決は、右被告人の所為はその因って生じた傷害の結果にかんがみ、防衛の程度をこえたもので、過剰防衛であるとして、被告人を有罪としている。
ところで、右高橋の行為が被告人の身体に対する急迫不正の侵害であることは、原判決も認めているところである。そして、刑法三六条一項にいう「已ムコトヲ得サルニ出テタル行為」とは、急迫不正の侵害に対する反撃行為が、自己または他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味するのであって、反撃行為が右の限度を超えず、したがって侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではないと解すべきである。本件で被告人が右高橋の侵害に対し自己の身体を防衛するためとった行動は、痛さのあまりこれをふりほどこうとして、素手で高橋の胸の辺を一回強く突いただけであり、被告人のこの動作によって、被告人の指をつかんでいた手をふりほどかれた高橋が仰向けに倒れたところに、たまたま運悪く自動車の車体があったため、高橋は思いがけぬ判示傷害を蒙ったというのである。してみれば、被告人の右行為が正当防衛行為にあたるか否かは被告人の右行為が高橋の侵害に対する防衛手段として前示限度を超えたか否かを審究すべきであるのに、たまたま生じた右傷害の結果にとらわれ、たやすく被告人の本件行為をもって、そのよって生じた傷害の結果の大きさにかんがみ防衛の程度を超えたいわゆる過剰防衛であるとした原判決は、法令の解釈適用をあやまった結果、審理不尽の違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
よって、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、更に審理をさせるため裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)