最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)1131号 判決 1970年5月21日
上告人
高宮剛
代理人
山田直記
復代理人
二上護
被上告人
井野忠一
代理人
庄司進一郎
主文
原判決中貸金一〇万円ならびにこれに対する利息および損害金の請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
その余の部分に関する本件上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人山田直記の上告理由第二点について。
原審は、上告人は、昭和二八年一〇月一七日、被上告人から自己の経営する製材業の営業資金として、一〇万円を弁済期同年一一月五日利息月三分の約で借り受けた旨、および上告人は、昭和三七年五月二九日頃、被上告人に対し右債務の支払猶予を求めた旨の事実を確定したうえ、右債務は商事債務として五年の短期消滅時効の適用を受けるものであるところ、右支払猶予を求めたことは消滅時効完成後の債務承認というべきであり、かかる債務承認は、時効による債務消滅の主張とはあい容れないものであつて、債権者としてこれにより債務者は以後もはや時効を援用しないものと考えるのが通常であるから、債務者がその後相当期間を経過した後においてその債務につき時効を援用することは信義則上許されないものと解するのが相当であると判示して、上告人の消滅時効の抗弁を排斥している。
しかしながら、債務者が消滅時効の完成後に債権者に対し当該債務を承認した場合には、時効完成の事実を知らなかつたときでも、その後その時効の援用をすることが許されないことは、裁判所の判例の示すところであるけれども(最高裁判所昭和三七年(オ)第一三一六号同四一年四月二〇日大法廷判決、民集二〇巻四号七〇二頁参照)、右は、すでに経過した時効期間について消滅時効を援用しえないというに止まり、その承認以後再び時効期間の進行することをも否定するものではない。けだし、民法一五七条が時効中断後にもあらたに時効の進行することを規定し、さらに同法一七四条ノ二が判決確定後もあらたに時効が進行することを規定していることと対比して考えれば、時効完成後であるからといつて債務の承認後は再び時効が進行しないと解することは、彼此権衡を失するものというべきであり、また、時効完成後の債務の承認がその実質においてあらたな債務の負担行為にも比すべきものであることに鑑みれば、これにより、従前に比して債務者がより不利益となり、債権者がより利益となるような解釈をすべきものとはいえないからである。
ところで、本件記録によれば、本訴の提起されたのは、昭和四二年一〇月九日であることが明らかであり、原審の確定するところによれば、前記債務の承認は昭和三七年五月二九日頃であるというのであるから、その間再び五年四月余の期間が経過していることが明らかである。そうであれば、本訴提起前さらに時効が中断された等特段の事情のないかぎり、前記債務は再び五年の消滅時効によつて消滅しているものといわなければならない。したがつて、この点についてなんら判示することなく、漫然と、時効完成後に債務を承認したことにより、以後時効を援用することは信義則上許されないとした原判決は、法令の解釈適用を誤つたものというべく、この誤りは原判決の結論に影響すること明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決中右請求に関する部分は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、右部分については、さらに審理を尽す必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。しかしながら、その余の請求に関する部分については、原判決に特段の違法は認められないから、その余の本件上告は棄却を免れない。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官長部謹吾は海外出張中につき、本件評議に関与しない。(大隅健一郎 入江俊郎 松田二郎 岩田誠)