最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)508号 判決 1971年7月01日
中島愛子こと
上告人
朝苗益子
代理人
峰島徳太郎
被上告人
松家米松
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人峰島徳太郎の上告理由第一ないし第三について。
家屋賃借人の賃借家屋の敷地利用が、民法六一六条、五九四条一項所定の使用収益権の範囲をこえるかどうか、また同法四〇〇条所定の保管義務に反するかどうかは、主として家屋賃借人に対する関係において考察すべきものであって、家屋賃貸人が敷地の所有者でない場合においても、原判示のように借地人の敷地所有者に対する保管義務違反になるかどうかを標準としてのみ決せられるべきものでないことは、論旨の指摘するとおりである。
しかしながら、原審が適法に確定した事実によれば、上告人が原判決添付目録第一(二)の家屋につき賃貸人たる地位を承継した昭和二五年九月当時、すでに、被上告人は、右家屋の敷地の所有者であつた訴外太田重雄の黙示の承諾をえて右敷地の一部に約三坪の居宅兼物置を築造し、右賃借家屋の壁の一部を抜き、渡り廊下を設けて、これと右居宅兼物置とを接続させていたのであり、同目録第二の作業場は、昭和三七年九月頃右居宅兼物置を撤去した跡にそれと面積、位置をほぼ同じくして新築されたものであつて、賃借家屋を毀損することなく容易に撤去ができる木造トタン葺板壁の簡単な構造の建物にすぎないばかりでなく、右作業場の建設に当つては、原判示のように右賃借家屋にさしたる損傷を与えたものではなく、また右作業場は、被上告人の家業である旗、幕の製造等のために使用されているにすぎず、賃借家屋や隣地に対して特段の障害や危険を与えるものでもないというのである。右事実関係のもとにおいては、作業場の建設が所論のように上告人側の制止にもかかわらずなされたものであるとしても、その建設を必要とした被上告人の原判示の事情を考慮するときは、被上告人の作業場の設置をもつて家屋賃借人として賃借家屋およびその敷地の使用収益権の範囲を逸脱し、その保管義務に反するものということはできない。また作業場が同目録第一の家屋に附合するに至ったかどうかは、本件においては、右判断を左右するものではない。論旨引用の各判例は、いずれも、本件と事案を異にし、本件に適切でない。
原判示中には右と見解を異にする部分があるが、原判決の結論に影響を及ぼすべき違法はなく、上告人の所論の請求を排斥すべきものとした原審の判断は結局相当であり、論旨は理由なきに帰する。論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実を前提とするか、または独自の見解に基づき原判決を攻撃するに帰し、採用することができない。
同第四および第五ならびに上告人の上告理由について。
所論の事実関係に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができ、右認定判断の過程に所論の違法は存しない。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいては、本件解約申入につき正当の事由があるとは認められないとした原審の判断は、正当として首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はひつき原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するか、独自の見解に基づき原判決を攻撃するものであつて、採用することができない。
よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(藤林益三 大隅健一郎 下田武三 岸盛一)