最高裁判所第一小法廷 昭和45年(あ)882号 決定 1970年10月08日
本籍および住居
愛知県碧海郡知立町大字知立字本町七番八番合併地
会社社長
深谷市郎
明治三七年六月一〇日生
右の者に対する所得税法違反事件について、昭和四五年三月三〇日名古屋高等裁判所の言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人高木英男、同乾てい子、同伊藤敏男の上告趣意は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三)
昭和四五年(あ)第八八二号
被告人 深谷市郎
弁護人高木英男、同乾てい子、同伊藤敏男の上告趣意(昭和四五年六月五日付)
本件上告の趣意は、原判決及び第一審判決の量刑が重すぎて、著しく正義に反すると認められるから、刑事訴訟法第四一一条第二号に基づき、原判決を破棄して、罰金を削除するか、少なくともそれに執行猶予を付していただきたい。
以下、その理由を陳述する。
一、動機について
被告人は、昭和二八年ころから、豚市商店の総勘定元帳の整理、決算関係書類の作成、所得税の確定申告書の作成等の事務を武税務事務所にまかせきつていた。
武税務事務所から、昭和四〇年度の利益が多額にのぼることを聞かされたとき、偶然に犯意が生じたのである。
「自分の家庭は複雑だ。朝早くから、夜遅くまで普通の人の三倍も四倍も働いて、やつと得た所得である。老後の面倒をみてくれる子供に、できるだけ財産を作つておいてやりたい。」と被告人は考えた。
即ち、被告人の犯行の動機は、子供に財産を残してやりたい、という老境に達した人間がもつ、ごく自然な気持に基づいていたのである。
本件犯行は、右に述べたごとく、単なる私利私慾に基づいていたものではない、という点を十分考慮していただきたい。
二、犯行の手段
被告人は従来からずつと税務関係の書類作成を、武税務事務所にまかせていた。従つて、武税務事務所は、被告人が経営する豚市商店の経理内容を熟知していた。
本件不正申告は、武税務事務所の協力指導がなければ、絶対にできなかつたものと思われる。
経理知識にとぼしい被告人の力だけでは、とうていできることではないからである。
会計帳簿の操作を武税務事務所ですべて行なつた。
たしかに、被告人は、税金を少なくしてほしい、と依頼した。しかし、被告人にこの誤つた考えを誘発させないように指導するのが税務事務所の役割ではなかろうか。
三、犯行後の善後措置
被告人は、本件犯行について、深く反省し、昭和四二年度の確定申告に際しては、昭和四〇年度、同四一年度の隠していた利益をまとめて申告した。即ち、自首したようなものである。
そして、将来再びこのようなことをしないように制度を確立するために、それまでいわゆるドンブリ勘定的にやつていたのを、法人組織にして、経理をガラスばりにして、再び迷惑をかけることのないようにと誓つている。
四、二重処罰の疑いについて
罰金刑を併科することは、被告人に対しては、事実上の、二重処罰である。
被告人は、既に追加税金及び、加算税、重加算税をすべて完納している。
この種犯罪に対して、罰金刑を併科する趣旨は、逋脱犯人に対して、脱税による利益を享受させないこと、にあると思われる。
被告人は、そのような利益をすべてはき出しているのである。
被告人の行為を非難するには、体刑だけで十分である。
なぜならば、被告人は、重加算税を支払うことによつて、罰金刑相当の刑罰を、すでに受けているからである。
憲法では、二重処罰を禁止している。
しかし、重加算税を完納して深く反省している被告人に、罰金刑をも併科することは、国家が、どのような弁解をしようとも、事実上の二重処罰であることにかわりはない。
原判決は、本件犯行が「その犯情が甚だ悪質だ」という。
本当にそうならば、懲役の実刑を科して、刑務所に送り、国家の手で矯正教育をすればよい。体刑に執行猶予を付した第一審判決が「まことに相当」であるというのなら、犯情がそれほど悪質でないことを自ら認めたことになるのではなかろうか。
以上の次第であるから、罰金刑を併科することは、何らの合理的理由もない。まして、罰金刑につき、実刑を科することは、二重処罰の疑いさえあるのである。
従つて、刑事訴訟法第四一一条第二号に基づき、冒頭記載のような判決をしていただきたい。
以上