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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(あ)1766号 判決 1973年9月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人二反田真一の上告趣意は、憲法一三条違反をいう点もあるが、実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権によって調査すると、原判決は、後記のとおり、刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れないものである。

原裁判所は、被告人の控訴に基づき、刑の量定が不当に重いとの理由で第一審判決を破棄したものであるが、自判にあたり、本件公訴事実の関係につき、(1)愛媛県西条市神拝甲四二七番地先の本件事故現場は、車道幅員約一〇・〇五メートルの南北直線道路と、歩車道の区別のない全幅員約四・八メートルの東西直線道路とがほぼ直角に交わる見とおしの悪い交差点であること、(2)被告人は、普通貨物自動車を運転して右南北道路左側を毎時約六〇キロメートルの速度で北進中であったこと、(3)被告人は、右交差点の四隅に設置された信号機が、昭和四四年九月一四日午後七時一五分頃の本件事故当時いずれも黄色の灯火の点滅を表示していたので、毎時約五五キロメートルに減速して本件交差点手前にさしかかったところ、東西道路東側から右交差点を横断しようとして進出した石川守行運転の自動二輪車が被告人車の通過するのを待つため交差点内東寄りを最徐行しているのを認めたので、そのまま本件交差点を直進しようとしたこと、(4)そこへ、右石川車の後方から本件事故の相手方である岡田喬運転の自動二輪車が交差点入口に姿を現わし、右石川車を追い越して西進しようとするのを認めたが、その時被告人との間隔は既に約二三メートルに迫っていたこと、(5)被告人は、これを認めるや、ただちに左転把して急制動の措置を講じたが及ばず、右岡田車と衝突したものであること、等の事実を認定したうえ、罪となるべき事実として第一審判決の認定をそのまま維持し、被告人には、「交差点にさしかかった際、対面する信号機が黄色の灯火の点滅を表示し『注意進行』の信号であったから、自動車運転者としては、右信号に従い、左右に通ずる道路からの交通を慮りあらかじめ速度を充分に落して前方左右を注意警戒し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに拘らず、被告人はこれを怠り充分減速せず時速約五五粁の速度で進行した過失」があった旨判断して、被告人に対し業務上過失致死罪の成立を認めたものである。

ところで、道路交通法施行令(昭和四六年政令第三四八号による改正前のもの。)二条一項所定の黄色の灯火の点滅信号による規制の意味は、当該信号設置場所における道路の広狭、優先関係、見とおしの良否、車両または歩行者の往来状態等の諸般の事情に応じて、当該場所を進行する自動車運転者に対し、道路交通の安全と円滑を図る見地から課せられる交通法令上の各種義務および運転業務上の注意義務をはたすにつき、いっそうの留意を喚起するにあるものと解すべきである。したがって、本件において被告人に原判示の過失責任を問いうるのは、黄色の灯火の点滅信号が表示されていたという事実のほかに、本件交差点における諸般の事情に基づいて原判示にいうところの減速等の措置の必要性が肯認される場合でなければならない。

そこで、右の見地から本件交差点における当時の具体的な道路事情、交通状況について検討すると、まず、交差する各道路にいずれも黄色の灯火の点滅信号が表示されている本件交差点は、道路交通法(昭和四五年法律第八六号による改正前のもの。以下同じ。)三六条二項、三項にいう「交通整理の行なわれていない交差点」にあたるものと解すべきところ、原認定によれば、本件交差点は左右の見とおしがきかず、街灯もなく、付近の民家のあかりも及んでいない暗い場所であり、そこへ東側道路から進入してくる車両のありうることも予測できたというのであるから、そのかぎりでは、原判示のような注意義務を発生させるべき積極的要因がまったくなかったものということはできない。

しかし、他方において、本件交差点における交通法令上の規制の関係をみると、車道幅員約一〇・〇五メートルの南北道路が全幅員約四・八メートルの東西道路に比してはるかに広いものであることは、本件交差点における見とおしの良し悪しと場所の明暗にかかわりなく、両道路を進行する車両の運転者にとって容易に識別可能な状況にあったと認められるから、被告人車の進行した南北道路は、また、道路交通法の前記条項にいう「明らかに幅員の広いもの」にあたるものであり、したがって、狭路を西進してきた本件事故の相手方岡田喬の側においては、同法三六条二項、三項、四二条により、本件交差点入口において徐行し、かつ、まさに交差点に入ろうとしていた被告人車の進行を妨げてはならない義務を負う一方、被告人としては本件交差点手前において徐行すべき同法四二条の義務を免れるという相互規制の関係にあったものであり、なお、記録中の原審検証調書によれば、当時本件交差点においてこの相互規制がほとんど例外なく遵守されていたという一般的事実を窮知することができ(現に原判決の認定によれば、本件事故当時本件交差点を横断しようとした石川守行運転の自動二輪車は、被告人車の通過を待つため交差点内東寄りを最徐行していたこと前記のとおりである。)、それ以上に特別に、南北道路を北進して本件交差点に差しかかる一般の運転者または被告人をして、右岡田喬車のような無謀運転車両が突如本件交差点へ進入してくることを具体的に予測させるような事情はなかったことも明らかである。

以上の各点を総合してみれば、本件の具体的状況においては、被告人が毎時約五五キロメートルの速度を維持したまま交差点を通過することにより惹起される交通上の具体的な危険性は、ほとんどなかったものといわなければならない。したがって、このような場合、被告人に対し黄色の灯火の点滅信号によって徐行または相当の減速の措置をとることまでは要求されるものではないと解されるから、被告人の側に交通上の具体的な危険を発生させる交通法規の違反はなかったというべきであるし、また刑法的評価においても、被告人が、みずからは交通法規にしたがったうえで、前記のような無謀運転車両がその進路を妨害して突如あらわれることはないであろうとの期待のもとに自車を進行させたことは、相当として許されるべきであり、あえて、いつでも停止避譲できる程度に徐行もしくは減速して交差点入口に接近すべき業務上の注意義務を負うものではなかったと解するのが相当である。

そうすると、本件において被告人に原判示の業務上の過失責任があるとした原判決は、法令の解釈を誤りひいて事実を誤認し、被告事件が罪とならないのにこれを有罪としたものであって、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわざるをえない。

よって、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、なお、ただちに判決をすることができるものと認め、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸 盛一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫)

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