最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)126号 判決 1972年3月23日
上告人
倉重光男
代理人
元村和安
被上告人
有限会社古賀組
外四名
主文
上告人の被上告人有限会社古賀組、同本田美照、同今村浩士および同村上倉雄に対する請求のうち「金五三七万九五〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の連帯支払請求」に関する部分につき、原判決を破棄し、右部分を福岡高等裁判所に差し戻す。
右被上告人ら四名に対するその余の上告および被上告人有限会社東亜建設に対する上告を棄却する。
前項の上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人元村和安の上告理由第一、二点について
原審の認定した事実によれば、上告人は、昭和四二年五月八日被上告人有限会社東亜建設との間において、同被上告人が、工事代金二九〇〇万円、その三割は前払、残金は出来高払の約で、上告人の注文した本件建物新築および改築工事を請け負うことを骨子とする本件請負契約を締結し、同日被上告人有限会社古賀組、同本田美照、同今村浩士、同村上倉雄は、上告人に対し、被上告人有限会社東亜建設が右請負契約に基づき負担する債務につき、連帯保証をしたところ、上告人は被上告人有限会社東亜建設に対し、右工事代金の前払いとして同年八月七日までに金九三七万九五〇〇円を支払つたが、同被上告人は、同月中旬に至り資金難から工事の続行が困難な状態になつたため、同月二四日上告人との間において本件請負契約を合意の上解除すると共に、同日までの本件工事の既済部分の出来高を金四〇〇万円と評価し、前記前払金額から右評価額を控除した額を上告人に支払う旨を約したというのである。
ところで、請負契約が注文主と請負人との間において合意解除され、その際請負人が注文主に対し既に受領した前払金を返還することを約したとしても、請負人の保証人が、右債務につきその責に任ずべきものではない。けだし、そうでないとすれば、保証人の関知しない合意解除の当事者の意思によつて、保証人に過大な責任を負担させる結果になるおそれがあり、必ずしも保証人の意思にそうものではないからである。しかしながら、工事代金の前払を受ける請負人のための保証は、特段の事情の存しないかぎり、請負人の債務不履行に基づき請負契約が解除権の行使によつて解除された結果請負人の負担することあるべき前払金返還義務についても、少なくとも請負契約上前払すべきものと定められた金額の限度においては、保証する趣旨でなされるものと解しえられるのであるから(最高裁昭和三八年(オ)第一二九四号昭和四〇年六月三〇日大法廷判決民集一九巻四号一一四三頁参照)、請負契約が合意解除され、その際請負人が注文主に対し、請負契約上前払すべきものと定められた金額の範囲内において、前払金返還債務を負担することを約した場合においても右合意解除が請負人の債務不履行に基づくものであり、かつ、右約定の債務が実質的にみて解除権の行使による解除によつて負担すべき請負人の前払金返還債務より重いものではないと認められるときは、請負人の保証人は、特段の事情の存しないかぎり、右約定の債務についても、その責に任ずべきものと解するのを相当とする。けだし、このような場合においては、保証人の責任が過大に失することがなく、また保証人の通常の意思に反するものでもないからである。
本件についてこれをみるに、本件合意解除は請負人である被上告人有限会社東亜建設の債務不履行に基づくものというべきであり、また請負契約上工事代金の三割である八七〇万円は前払されることが定められているのであるから、本件工事の既済工事部分の出来高についての評価額が、適正なものであるとするならば、請負人が本件約定により注文主に対し負担するに至つた前払金五三七万九五〇〇円の返還債務は、実質的にみて、請負人の債務不履行に基づく解除権の行使により請負人の負担すべき前払金返還債務の範囲内のものと認めることができ、したがつて請負人の保証人である同被上告人を除くその余の被上告人らにおいてその責に任ずべきはずのものである。上告人の原審における主張は、必ずしも明確ではないが、上告人は原審において本件合意解除が被上告人有限会社東亜建設の債務不履行に基づくものであり、同被上告人を除くその余の被上告人らが被上告人有限会社東亜建設の負担する前示前払金返還債務につき保証人としてその責に任ずべきである旨の主張をしているのであるから、原審はよろしく釈明権を行使して、上告人が前示の趣旨において前記前払金返還債務をもつて右保証債務の範囲に属するものと主張するか否かを明らかにすべきであつたというべきである。原審がこの点につき思いを致すことなく、たやすく、上告人の被上告人有限会社古賀組、同本田美照、同今村浩士、同村上倉雄に対する本訴請求のうち、前示前払金返還債務に関する保証債務金五三七万九五〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求する部分を棄却すべきものとしたことには、釈明権不行使ひいては審理不尽の違法があり、論旨は、この限度において理由があるが、これをこえる部分については理由がないといわなければならない。
なお、論旨は、原判決中被上告人有限会社東亜建設に関する部分の違法をいうものではないから、同被上告人に対する上告は棄却を免れない。
よつて、主文第一項掲記の部分につき原判決を破棄し、前示の点につき更に審理を尽くさせるため、右部分を福岡高等裁判所に差し戻すこととするが、被上告人有限会社古賀組、同本田美照、同今村浩士、同村上倉雄に対するその余の上告および同有限会社東亜建設に対する上告は、いずれもこれを棄却することとし、民訴法四〇七条、三九六条、三九四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(藤林益三 岩田誠 大隅健一郎 下田武三)