最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)209号 判決 1972年2月10日
上告人
合資会社 旅館安心荘
右代表者
斉藤シズエ
右代理人
荒木鼎
被上告人
熊本市鉄工業協同組合
右代表者
三岡則次
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人荒木鼎の上告理由第一点二について。
法人の代表者が法人を代表して手形を振り出す場合には、手形に法人のためにする旨を表示して代表者自ら署名しなければならないが、手形上の表示から、その手形の振出が法人のためにされたものか、代表者個人のためにされたものか判定しがたい場合においても、手形の文言証券たる性質上、そのいずれであるかを手形外の証拠によつて決することは許されない。そして、手形の記載のみでは、その記載が法人のためにする旨の表示であるとも、また、代表者個人のためにする表示であるとも解しうる場合の生ずることを免れないが、このような場合には、手形取引の安全を保護するために、手形所持人は、法人および代表者個人のいずれに対しても手形金の請求をすることができ、請求を受けた者は、その振出が真実いずれの趣旨でなされたかを知つていた直接の相手方に対しては、その旨の人的抗弁を主張しうるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原判決(その引用する一審判決を含む。以下同じ。)の確定する事実関係によれば、本件手形の振出人欄には、ゴム印の押捺によつて、「熊本市草葉町4―7、合資会社安心荘、斉藤シズエ」と表示され、「斉藤シズエ」の名下に斉藤と刻した印章が押捺されていて、「安心荘」の部分が他の部分に比較してやや大きく顕出されているというのであるが、右の表示をもつては、本件手形の振出人は上告人であるとも斉藤シズエ個人であるとも解釈できるものといわざるをえない。そして、本件手形の所持人である被上告人は、上告人を振出人として本訴請求をしているのであるから、上告人が本件手形の振出人としての責任を負うものといわなければならず、これと同趣旨の原判決の判断は正当である。したがつて、論旨は採用することができない。
同一について。
本件手形は東洋鉄工株式会社の代表者である山辺善衛個人に対して振り出したものとは認められない旨の原審の認定、東洋鉄工株式会社が被上告人に本件手形を裏書したものである旨の原審の認定および本件手形が「見せ手形」であるとは認められない旨の原審の認定は、いずれもその証拠関係に徴して首肯することができ、原判決に所論の違法は認められない。したがつて、論旨は採用することができない。
同三について。
論旨は、違憲をいうが、実質は認定非難ないし単なる法令違反をいうにすぎず、しかも、原判決にはこれらの違法は認められない。したがつて、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(下田武三 岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 岸盛一)