大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)410号 判決 1972年7月20日

上告人

国府宮工業株式会社

右代表者

小伊豆哲夫

右訴訟代理人

野島達雄

大道寺徹也

被上告人

犬飼正男

右訴訟代理人

林武雄

水谷博昭

主文

上告人の本訴請求中主位的請求に関する部分につき原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

右部分につき上告人の訴を却下する。

予備的請求に関する部分につき本件上告を却下する。

訴訟の総費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人野島達雄、同大道寺哲也の上告理由は、別紙のとおりである。

職権をもつて上告人の被上告人に対する主位的請求に関する訴の適否についてみるに、その請求の趣旨は、「(第一審判決添付)別紙第一目録表示の意匠は第二一六、六七一号登録意匠の権利範囲に属しないことを確認する。」というのであつて、右訴が被上告人の意匠権にもとづく差止請求権不存在確認の訴ではなく、右登録意匠の権利範囲の消極的確認を目的とするいわゆる権利範囲確認の訴であることは、本件記録にあらわれた上告人の主張に徴し明らかである。そして、右訴の利益として上告人が主張するところの要旨は、「被上告人は、上告人に対し、上告人が本訴において確認を求めている意匠が被上告人の右登録意匠の範囲に属するとして、製造販売の中止を求め、これを理由なしとして拒絶する上告人との間で紛争を生じている。」というのである。

しかし、意匠権者と第三者との間で、第三者が実施しまたは実施しようとしている意匠が意匠権を侵害するかどうかについて紛争を生じている場合において、その紛争が登録意匠(およびこれに類似する意匠)の範囲の争いに起因しているときでも、その紛争を解決するためには、意匠権にもとづく差止もしくは損害賠償の請求またはこれらの請求権の不存在確認の訴を提起する必要があり、かつ、それで足りるのであつて、このほかに意匠権のいわゆる権利範囲確認の訴を認めることはできず、またこれを認める必要もないのである。その理由は、つぎのとおりである。

すなわち、右訴は権利範囲確認とはいうものの、その目的とするところは、ある意匠が美的印象の点から判断して登録意匠(およびこれに類似する意匠)の範囲に入るか否かということであるから、その判断は法律上の判断ではなく事実上の判断であり、判断の対象は、権利または法律関係ではないといわなければならない。このことは、登録意匠およびこれに類似する意匠の範囲の判定権限が行政官庁である特許庁に与えられている(意匠法二五条)がその判定の結果について不服申立の途がひらかれていないことからもうかがえるところである。したがつて、右訴は権利または法律関係の確認を目的としないものとして不適法といわなければならない。のみならず、右訴が本件のように第三者が実施しまたは実施しようとしている意匠についてその意匠が意匠権を侵害するか否かの紛争を解決する方法として適切有効といえるかどうかについてみるに、このような紛争が存する場合には、権利者側からすれば第三者の侵害(またはそのおそれ)の排除が必要であり、また第三者からすればその実施を妨害されないことが必要であるが、いわゆる権利範囲確認の訴によつては、ある意匠が登録意匠(およびこれに類似する意匠)の範囲に入るか否かを確定するだけであるから、右の紛争解決目的を果すうえにおいて適切有効とはいいがたく、その目的達成のためにさらに差止請求権の存否を問題としなければならないのである。

したがつて、上告人の主位的請求に関する訴は、不適法として却下すべきであるから、右請求について本案の判断をした第一審判決は失当であり、これを是認した原判決は、本件上告理由に対する判断をするまでもなく、破棄を免れず、第一審判決中主位的請求に関する部分を取り消し、同部分につき訴を却下することとする。

なお、上告人は、原判決のうち、上告人の予備的請求に関する部分については、上告の理由を記載した書面を提出しないから、同部分に関する上告を却下することとする。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三九九条の三、三九九条、三九八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 岩田誠 大隅健一郎 下田武三 岸盛一)

上告代理人野島達雄、同大道寺徹也の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の違背がある。

一、意匠法による意匠は審美的なものである。それは意匠法第二条第一項に規定せられるとおり「視覚を通じて美感を起させるもの」であつて「美感」とは意匠に係る物品がこれをみるものに特殊の審美感すなわち趣味感を与えることである。従つてこの「美」の観念からいうと工業上利用する意匠に対して美学上の美の観念を適用することは意匠法本来の趣旨に反することである。この意味で産業機械類においては意匠的考案として価値あるものと判断せられるためにはむしろ実用的形状よりはなれて意匠的考案がなされた場合でなければならない。実用的価値ある形状は通例、機械がそれを機械として使用する上において必要欠くべからざる形状におかれたときに生ずるものであつて、それは物品の実用的価値を主眼として形状が決定せられるのでそこには何ら意匠的趣味感を意図して形状が決定せられるものはない。産業機械類の意匠を検討するに当り、要部の決定に際しては実用的価値から決定された機械本来として当然備えねばならない要素を捨象し、実用目的から離れた装飾的意匠が施された部分はどれかを見極め、それがどこかを決定した後になされなければならない。原判決は意匠法が保護の対象とする意匠的考案は何かという点について解釈を誤り、右の検討を加えておらない。

二 意匠法第三条は創作された意匠に新規性を要求している。このことは意匠としての保護を受けるためには従来の意匠と比較し、意匠の進歩がなければならないものであって、その進歩が認められることによつて意匠権が与えられることを意味する。従つて或る意匠の要部を決定するに当つては、その意匠の形状のどの部分が在来の意匠と異つておりどのような進歩がその異つた部分に存するかを決めなければならない。その意味において要部の決定には意匠のもつ意匠的背景がまず検討されなければならないものである。公知公用部分、慣用的部分は意匠要部の検討に当つてはこれを捨象し類否判断に当つてはその部分は排除せねばならない。原判決はこの点に関する法の解釈を誤つたものである。

三、以上記載のことは判例上も意匠の同一性の判断には意匠全体を通覧してなされなければならないものではあるが、時には意匠の構成において容易に考案し得る特別顕著性なき部分の有無又は当該意匠に係る物品について一般に慣用される部分の有無はその物品全体としての観察においても特別の意匠的趣味感を起こさせる要素とはならない場合が多いから原則としてこれら特別顕著性なき部分の有無、及び慣用される部分の有無はこれを参酌すべきではない(大審院昭和七年(オ)第二一二号昭和八年二月二七日判決等)とされ、亦両意匠の類否判断に関係のあるのは意匠として美観に寄与する点のみであつてそれ以外の作用効果に関する機構は多く顧慮する必要がないことはいうまでもない(東高昭和三五年(行ナ)第六二号同三七年六月二六日判決)とせられ又意匠を施すべき部分が物品によつて一定の場所に限定されるような物品に関する意匠の類否判断は緻密な感情によるべきである(特許庁昭和三一年審判第三二七号同三二年一一月二八日審判)ので、類否判断に当つては物品全体の対比的観察を原則とするとしても物品によつては要部観察すなわち看者の最も注意を惹く部分の対比をもつて判定をなさなければならないものとせられているのである。原判決は要部決定に当り法の解釈を誤つたものである。

四、本件事案において既述の如く被上告人の有する意匠権の物品と上告人の製作する物品は共に舞輪と通称される産業機械であつてその使用せられるは専ら工場内の織物機の部品として装着せられるものである。物品の胴部中央を貫徹するシャフトを織機の軸受に乗せ綛になつた糸を回転しながら一定の速度で巻きとらせるために使用せられる。従つて産業機械として使用せられるため右目的による形状は極めて制限された形態を採る。即ちスポーク部分は中心である軸から同一の長さをもつて放射線状に張らねばならないし、各スポークの間隔は同一とせられスポークには綛糸を受ける部分が設けられねばならない。軸と軸止めは存在しなければならないし、胴には舞輪の安定と舞輪の急速なる停止の必要性のため分銅を釣るす溝を中央に設けねばならない。スポークの数は材質によりそれが竹であれば、六本、針金であれば八本が最適とされ針金の場合加工の容易さから弾力を持たせるため中心に対しやや斜めに胴に附着せられることとなる。あらゆる舞輪は以上の形態を常套的意匠として具有するものであり甲第一六号証の一第一四図Bに記載せられている如くそれは昭和七年以来公知公用せられた慣用意匠であり同時にそれはこの物品が産業機械としての作用効果に関する必須の機構である。これらの形状の一を欠いても本物品は舞輪として成立しない。

五、本件事案において意匠の類否判断をなすに当りまず意匠を施し得る場所は右物品の何処である、形状における意匠を施す上において物品の性質から来る制限を考慮に入れるととり得る形状の限度はどの程度であるかを考えるとその類否判断は単に全体を眺めて大雑把に全体の趣味感をもつてなされてはならないものと考えねばならず亦常套的、慣用的部分がどの部分であり意匠として特徴的なる部分即ち意匠の支配的要素要部とされるのはどの部分かを考え緻密なる感情をもつて要部の対比がなされなければならないものである。本件物品の意匠的環境は鑑定人牛木理一の鑑定書添付の参考資料により明らかである。

六、この見地から本件両意匠を対比するとき、意匠を施し得る場所はスポーク部分と胴部の外板部分となる。上告人の意匠はスポークの綛糸受け部に波形を設けスポーク中央部にU字形の凹を設け胴部外板に装飾を施したものである。この点について意匠の類否判断が加えられなければならない。

原判決は破棄せられなければならない。

以上

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