最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)90号 判決 1974年11月14日
上告人
両国企業株式会社
右代表者清算人
陳春子
上告人
両国興業株式会社
右代表者
田島一郎こと
陳克譲
外二名
右両名訴訟代理人
安藤章
曾根信一
被上告人
趙純
右訴訟代理人
武岡嘉一
被上告人
株式会社第一相互銀行
右代表者
館内四郎
右訴訟代理人
平田政蔵
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人曾根信一の上告理由第二点、第四点及び第五点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。それゆえ、論旨は採用することができない。
同第一点について。
会社に数人の代表取締役があり、共同代表の定めがある場合には、代表取締役は共同して代表権を行使することを要し、一部の代表取締役によつてされた代表行為は、原則として無効であり、また代表取締役が他の代表取締役に代表権の行使を委任することも許されないものと解すべきである。
しかし、共同代表の定めは、共同代表取締役間の相互牽制によつて代表権行使の適正化をはかり、会社の利益を保護しようとするものであるから、会社の利益が害されるおそれのないようなときにまで、代表取締役がすべての代表行為を共同してすることを要し、他の代表取締役に代表権の行使を委任してはならないものとまで解する必要はない。そして、代表取締役らの間で特定の事項についての意思が合致した場合、代表取締役がこれを外部に表示することだけを他の代表取締役に委任し、受任した者において会社を代表し意思表示をしても、格別会社の利益を害することはないから、右のような委任及びこれに基づく代表取締役の代表行為は、共同代表の定めに反しないものというべきである。
これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによると、上告人両国企業株式会社の代表取締役は田島一郎、須藤孝子、三好明の三名であり、共同代表の定めがあつたが、本件(1)の土地及び(2)の建物(一審判決添付第一目録(1)、(2)の物件)に関する売買契約の締結については、右代表取締役全員の意思が合致し、かつ三好が右売買契約の意思表示をすることを田島に委任したので、同人及び須藤において会社を代表して右契約を締結したというのであるから、これを共同代表の定めに反する無効な行為ということはできない。
以上のとおりであり、右と同旨の原審の判断は正当であつて、論旨は採用することができない。
同第三点について。
原判決によると、上告人両国興業株式会社の代表取締役は田島一郎、須藤孝子、近藤信子の三名であり、共同代表の定めがあつたが、本件(3)の建物(一審判決添付第一目録(3)の物件)に関する売買契約は、田島と須藤において同社を代表して締結し、近藤は、これに関与せず、かつ右契約の締結を田島らに委任したこともなかつたというのであるから、田島らの右契約の締結は、共同代表の定めに反するものといわなければならない。
しかしながら、原審の適法に確定したところによると、右上告人会社は、田島が自己の財産の保全及び運用をはかるために設立したものであり、専ら同人によつてその業務が運営されており、須藤及び近藤は、いずれも田島と内縁関係にある者であつて、これらの者は共同代表取締役とはなつていたが、現実に実質的な共同代表は行われておらず、共同代表の定めは有名無実であつたのであり、被上告人趙は、右売買契約を締結するにあたり、近藤の意思をたしかめるため田島に近藤を連れてくるよう求めたところ、田島から、近藤は肺結核のため来られないが同人は自分の内妻であるから間違いはない旨云われたので、近藤の合意もあると信じて契約を締結したのであり、その後本訴提起にいたる約五年の間、右上告人会社は共同代表の定めに反し右契約が無効である等と主張したことはなかつたというのであつて、右事実関係に照らすと、被上告人趙が右契約の締結に近藤の合意があると信じたとしてもやむを得ないものであり、一方右上告人会社は、その主宰者である田島が近藤について前記のように述べ、被上告人趙を信用させて契約を締結しながら、その後長期間なんら契約の瑕疵を主張しなかつたのに、共同代表の定めに反していることを奇貨として右契約の無効を主張しているものというべきであつて、右のような主張は、信義則に反し、とうてい許されないものといわなければならない。
以上のとおりであるから、右と同旨の原審の判断は正当である。また、上告人両国企業株式会社も信義則上本件(1)の土地及び(2)の建物に関する売買契約の無効を主張することができないことは右と同様であり、これと同旨の原審の判断も正当である。論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)
上告代理人曾根信一の上告理由
第一点 原判決には、共同代表取締役の一員が他の共同代表取締役に対する権限の委任について誤まつた解釈により結論を出した違法がある。
(一) 原判決別紙第一目録記載(1)の土地および(2)の建物(映画館)が上告人両国企業株式会社(以下上告人両国企業という。)の、また同(3)の建物(遊技場)が上告人両国興業株式会社(以下上告人両国興業という。)の各所有に属していたことならびに右(1)の土地および(2)(3)の各建物につき原判決別紙目録記載(イ)ないし(ノ)の各登記がなされていることは、当事者間に争いがなく、右各登記のうち(イ)は(1)の土地についての上告人両国企業から被上告人趙純への所有権移転の登記、(ホ)は(3)の建物についての上告人両国興業から被上告人趙純への所有権移転の登記、(ル)は(2)の建物についての被上告人趙純のための所有権保存の登記であることは原判決認定のとおりである(原判決一六丁表から裏)。
上告人らは、右(1)の土地についての(イ)、(3)の建物についての(ホ)の各所有権移転の登記及び(2)の建物についての(ル)の所有権保存の登記のそれぞれの原因をなす上告人らと被上告人趙純との各譲渡契約は、上告人ら各会社が定めている共同代表の定めに違背して締結されたものであつて、いずれもその効力を生じないと主張した。
(二) これに対して、原判決は次のように判示して右各譲渡契約は共同代表の定めに違背しないと判断した。
(1) まず、右各譲渡契約が締結されたころ、上告人両国企業においては代表取締役田島一郎、同須藤孝子および同三好明の三名が共同して会社を代表する旨、また上告人両国興業においては代表取締役田島一郎、同須藤孝子および近藤信子の三名が共同して会社を代表する旨それぞれ定められていたことは、当事者間に争いがないとし、
(2) 次いで、上告人両会社の共同代表取締役の一人であつた田島一郎が前記(1)の土地上に建築を計画していた映画館建設の資金調達を被上告人株式会社第一相互銀行(以下被上告銀行という。)と取引のあつた中銀商工協同組合の代表理事であつた被上告人趙純を仲介として被上告銀行から受けようとして被上告人趙純と交渉を重ねたこと、その結果、田島一郎と被上告人趙純との間において、上告人両国企業が(1)の土地および(2)の建物を代金合計金一、四六二万円で、また上告人両国興業が(3)の建物を代金二五八万円でそれぞれ被上告人趙純に売り渡し、いずれも一年以内に買戻すことができる旨の特約を付することの話合いが成立した(原判決一七丁裏から一九丁表)と認定し、
(3) そして、上告人両会社の共同代表取役締の一人であつた須藤孝子は、以上の交渉の際にはほとんど常に田島一郎に伴われて同席し、その交渉を了承していたこと、さらに、上告人両国企業の共同代表取締役の一人である三好明は、売買契約の締結には直接関与しなかつたが、被上告人趙純に対して、(1)の土地および(2)の建物の売買について「田島一郎のすることに一切異議がないからよろしくお願いする。」と述べたと説示して、結局上告人両国企業の関係においては、右売買契約は、共同代表取締役三名全員の合致した意思に基づき田島一郎および須藤孝子各本人ならびに三好明を代理する田島一郎が会社を代表して締結したものと認めるのが相当であると結論し、
(4) 一人の共同代表取締役が他の共同代表取締役の意見に全面的に同調することも当然ありうることであつて、他の共同代表取締役が会社のためにしようとしている特定の法律行為について、これに反対して牽制しようとする意思がなく、他の共同代表取締役のするところに同調してよいと考える共同代表取締役が他の共同代表取締役に自己の代表権の行使を委任しても、これを委任せずに自ら共同代表権を行使した場合と別異の結果となるとは考えられず、会社の利益を保護するため右の委任およびこれに基づく法律行為を共同代表の定めに違背する無効なものとしなければならない理由はないと判示した(原判決二二丁表から裏)。
なお、原判決は、上告人両国興業の関係においては、共同代表取締役近藤信子の代表行為は欠けていたと判断したが、上告人両国興業は(上告人両国企業も含めて)被上告人趙純に対して、共同代表の定めに反していたとして契約の無効を主張することは信義則上許されないと判示した。原判決の右信義則の適用に関する判断が違法であることについては後記第三点に詳論したとおりである。
(三) 共同代表取締役の一員が、他の共同代表取締役に対し、自己の有する代表権または共同代表権の行使を一般的包括的に委任することは許されない。この点は定説であつて異論をみない。
しかし、個別的な委任、すなわち特定の行為についてもその行使を委ねることをうるか否かについては、説が分れているが、消極に解するのが多数説(否定説)である(竹田省・商法総則二二八頁、大隅健一郎・商法総則(法律学全集)一五七頁、大森忠夫・商法総則一九二頁、西原寛一・日本商法論一巻三六二頁、石井照久・新版商法―(一)九四頁、田中誠二・最新会社法論上三七五頁、野津務・「代表取締役」(田中耕太郎編株式会社法講座第三巻)一〇九六頁、大隅健一郎―山口幸五郎・「取締役会および代表取締役」綜合判例研究叢書商法(4)一二五頁)。
判例としては、
昭和三三年一月二四日の東京高等裁判所の判決(土地所有権移転登記手続請求に関する事案であるが、本件上告人両国企業がこの事件の一方の当事者である――民集第九巻一号七〇頁)がある。
判旨は、共同代表取締役の一員が会社内部の事務執行を独裁し、対外的にはその一員が会社を代表し、他の共同代表取締役はその者の事務補助者にすぎないかの観ある事情のもとにあつても、「株式会社において共同代表の定めのある場合には代表取締役全員が共同してのみ代表機関を構成するのであつて、いわば会社代表権が数人に含有されているものであり、商法がかかる制度を認めているのは、これにより代表権の行使の慎重を期するとともに、代表取締役相互の牽制によつて代表権の濫用を防止せんとするものであるから、共同代表取締役が他の共同代表取締役に対し自己の有する代表権の行使を委任することはもとより、特定の行為を委任して代理させることは共同代表の制度の目的と本質に反し法の認めざるところと解するのが相当である。」というものである。
前記多数説の説くところもおおむね右と同様であつて、これを要約すれば、共同代表の制度は、これによつて代表権の行使の慎重を期すると共に、代表取締役の相互牽制によつて代表権の濫用を防止しようとするものであるから、共同代表取締役がそのなかの一人に特定行為を委任することは、単独代表となつて共同代代表が外部第三者に対する共同代表たる本質が失われると同時に代表権の誤用濫用を防止しようとする制度の趣旨に反することになるので、これを認めるべきではないというのがその考え方の骨子である。
ところが、原判決は、右と異なる見解に立ち、共同代表取締役三好明が本件譲渡契約の締結について、その代表権の行使を他の共同代表取締役田島一郎に委任することは適法であると判断した。
原判決のこの判示は、明らかに右判例通説に反し、独断であつて、共同代表に関する誤まつた解釈によるものであつて違法である。
(四) 次に、さらに一歩進めて、原判決の前記判示が右通説と異なる見解(肯定説)の下においては是認されるものであるか否かについて検討してみたい。
肯定説によると、共同代表取締役全員が特定事項の委任を通して、その行為につき意思の一致をしているときは、形式的にその執行が共同代表取締役の一員によつてなされても、共同代表取締役の制度の本質に違反しない。したがつて、このような特定事項についての個別的委任による代表権の単独行使は許されるものと解すべきであるというのである(小町谷操三・商法講義(一)四三頁、田中耕太郎・商法総則概論二八二頁、判例評論一〇三号所載「共同代表制度の趣旨」山崎悠基)。
判例としては、昭和四二年一月三〇日東京高等裁判所判決(判例時報四七六号五二頁)がある。
特定事項について個別的委任が許されるという考え方の根拠は、特定事項について共同代表取締役全員の意思の合致があれば、その委任をした共同代表取締役も他の共同代表取締役を通じて自らの意思に基づく代表行為をしているというべきであるから、特定事項についての個別的委任による代表権の単独行使を許しても代表権の慎重は保たれ、独断専行による権限の濫用はなく、共同代表制度の趣旨に背反するところはないという点にある。
ところで、原判決は、前記のように、上告人両国企業の共同代表取締役三好明は、本件土地建物の売買について、被上告人趙純に対して「田島一郎のすることに一切異議がないからよろしくお願いする。」と述べたと認定し、この事実認定を軸として結局右売買契約は、共同代表取締役三名全員の合致した意思に基づき、田島一郎および須藤孝子各本人ならびに三好明を代理する田島一郎が会社を代表して締結したものと認めるのが相当であると判示したのである。しかしながら、右三好明の委任表明についての事実認定における原判決の証拠の採用のしかたは、後記第二点において述べるとおり証拠法則に違背し違法であつて、その事実認定の当否については検討を加える必要があるが、それはしばらくおき、一体原判決の右事実認定によつて本件売買契約の締結について共同代表者間に意思の合致があり、その合致した意思に基づいて三好明から田島一郎に右特定事項の委任があつたと断定することができるかどうかは甚だ疑問であり慎重な検討が必要である。
原判決の右認定事実に添う、本件でただ一つの証拠と認められる被上告人趙純の供述のうち、原判決の採用した第一審及び原審第一回分の中から当該供述部分(後記第二点において摘記した箇所をご参照願いたい。)を前後比照して精査してみると、三好明の委任に関するその供述の内容は全体として委任事項についての具体性が足りず、また特定性を欠き、その供述の合理的意味内容は、本件の売買についての委任というよりはむしろ会社財産全体の処分とか運営、利用といつた全般的事項に関して田島一郎に包括的に委任をしている趣旨に近かいことがうかがわれるのである。このような証拠資料の検討を経たうえで原判決の認定した「田島一郎のすることに一切異議がないからよろしくお願いする。」という委任の表明方法について考えてみると、特定事項の委任というにしては、きわめて具体性を欠き、またその範囲が明確でないばかりでなく委任の趣旨の特定が十分でない。すなわち、この原判決の事実認定では、とうてい共同代表者間の売買についての意思の合致という事実の認定があつたとはいいがたい。少くとも三好明について、同人が予め売買の構想を理解し、売買条件の輪廓程度は了知してこれに賛成していたという事実が認められなければ、特定事項の委任があつたとはいえないというべきであろう。
この点、原判決の判示は飛躍しておりかつ独断的である。
要するに、原判決の前記判断は、通説の立場からはもとより、特定事項の委任は許されるとする見解からみても違法であり、破棄すべきものと思料する。
第二点 <略>
第三点 原判決には、信義誠実の原則の適用について、審理不尽理由不備の違法がある。
(一) 原判決は、上告人両国企業の関係では、三好明の田島一郎に対する本件売買契約締結の委任を適法としつつ、一方上告人両国興業の関係では、(3)の建物(遊技場)の売買については上告人両国興業の共同代表取締役近藤信子の代表行為は欠けていたと判示(原判決二三丁裏)したが、上告人らは、いずれも、被上告人趙純に対して共同代表の定めに反していたとして契約の無効を主張することは信義則に照らしてとうてい許しがたいと判示し、上告人らの主張を斥けた(原判決二九丁裏)。
(二) 原判決は、右信義則の適用にあたつて、まず、上告人ら両会社の設立の趣旨、設立以来の役員構成の変遷経過、共同代表制の採用、事業目的等について説示した後、昭和二九年一一月一一日には上告人両国企業の共同代表取締役は、田島一郎、須藤孝子、三好明の三名となり、また上告人両国興業の共同代表取締役は、田島一郎、須藤孝子、近藤信子の三名となつたこと、そして右三好明は当時数え年二一才の大学生で会社経営の知識も経験もなく、また右近藤信子は昭和二九年一一月頃は肺結核で病床にあり実際に会社業務に携わることは期待できない状況にあつたこと、上告人各会社の各共同代表取締役の印章は、一括して田島一郎の事務室の机の中に収納され、同人が鍵を保管し、かつ自由に使用できる状態にあり、実際にも自由に使用していたこと、さらに、田島一郎は共同代表の定めに従つて会社の業務執行を行なうという状態ではなく、単独で会社の業務執行を主宰していく態度であつたこと等の諸事実を認定したうえで(原判決二四丁裏から二七丁裏)、この認定事実に立つて、
(1) 上告人各会社は事実上田島一郎の支配下にあり、本件各売買契約締結のころには、田島一郎及び同人と内縁関係等特殊な身分関係にある者のみが共同代表取締役に就任していること。
(2) 上告人各会社は、もつぱら田島一郎によつて主宰され、結局共同代表の定めがあつても実際には有名無実であつたこと。
(3) そのうえ、本件売買契約の締結にあたり、被上告人趙純は、顔をみせない三好明は事前に来訪を得て同人の意思を確認し、また近藤信子については田島一郎から肺結核で来られないが内妻で間違いない旨の釈明を得てこれを信用したこと。
(4) 右売買契約締結のときから昭和三四年一一月一九日本訴提起までの約五年間に、上告人らから被上告人に対して、右契約が共同代表の定めに反し無効である旨の主張がなされた形跡がないこと。
等の諸事情を併せ考慮した旨判示している(原判決二七丁裏から二九丁表)。
(三) ところで、具体的事案にあたつて信義誠実の内容を定めるときには、画一的基準による形式的判断ではなく、当事者双方の利害を比較衡量する実質的な判断でなければならない。この判断は、あくまで相対的なものである。したがつて、信義誠実の観念は、絶対的な判断を基本とするいわゆる正義の観念とは一致しない。信義則の判断、適用についてのこのような考え方は定説である。
原判決の信義則の適用における判断は、一見して明らかなとおり、もつぱら上告人両会社側一方だけの事情の検討に終始するものであつて、当事者双方の利害の比較衡量という判断の肝心な要素を欠除するもので不当であり違法である。
原判決は、信義則の判断において当然被上告人趙純側に存する次のような事情をも斟酌考慮すべきであつた。
(1) 被上告人趙純は、原判決の認定した事実によれば、本件売買代金一、七二〇万円のうち金一、一八〇万円を支払つただけで、その余の残額金五四〇万円(代金額の三二パーセントに相当する。)を支払わず、しかし本訴において右残代金債権は時効によつて消滅したというような抗弁を提出した(この抗弁は、原判決によつて「時機に遅れた攻撃防禦方法」と判示されている。)。
(2) のみならず、甲四五証(覚書、趙純は本証の成立を否認しているが、記載内容、作成時期等から判断して明らかに同人の作成した文書と認められる。)によれば、本件売買によつて本件土地建物の所有名義を取得した被上告人趙純は、これらの土地建物を代金三、〇〇〇万円で左記のような構想の新会社に譲渡することとし、当時田島一郎と協議を続けていた映画劇場の経営について、
(イ) 新たに両国映画株式会社を設立し、その代表取締役に趙純が就任する。
(ロ) 同会社の役員構成は、趙純側が三分の二、田島一郎側が三分の一の割合とする。
(ハ) 右映画会社の収益金から優先的に被上告銀行に対する債務(すなわち本件買戻条件付売買によつて上告人らの収受した売買代金相当額)を弁済する。
(ニ) 右被上告銀行に対する借入金の返済が完了した後趙純は右新会社の発行済株式総数の六分の一を無償で田島一郎に譲渡する。
等の事項を田島一郎に申し入れその同意を求めていた事実が認められる。
(3) してみると、被上告人趙純は、本件売買によつて取得した本件土地建物が右甲四五号証が作成された昭和三一年当時金三、〇〇〇万円を下らない(実際は、昭和二九年一一月当時(1)の土地だけで最低約四、〇〇〇万円と評価されていた。)と趙純みずから認識していた事実が明らかであり、
(4) したがつて、本件譲渡契約が買戻特約付きであるにせよ売買の実体を備えているものであるとすれば、被上告人趙純は、これにより莫大な利益をあげていたのである。
(5) のみなならず、昭和三三年秋頃までは、まがりなりにも上告人らと協調して映画館の経営を共同してきた趙純は、それ以後映画館経営の実権を自己の手におさめて、上告人らの勢力を映画館経営の面から排除した(甲三七号証)ので、上告人らとしては已むをえざる権利の防禦という趣旨でその翌年本訴提起に踏切つたのである。
(四) これらの事実関係を前記上告人各会社側の事情と比較衡量して考慮検討してみると、原判決が前記上告人らについて認定したような事実があるとしても、なお上告人らに対して信義則の原則上本件契約の無効を主張しえないと判定することは余りに苛酷であり、とうてい信義則の正しい判断とはいいがたい。よつて原判決は破棄すべきものである。<以下略>